囚人服の少年 -3-

 この世には、メールの未読件数が三桁を越える者がいるらしい。それも、迷惑メールでもなく、だ。

 純粋に友達からそれだけ連絡が来ることなどあり得るのだろうか?いわゆるリア充に属する人間ならば可能なのだろうか?子供の頃は、友達百人できるかな、なんて無邪気に思ったこともあったけど、大人になった今となっては、ただの一度も鳴らない携帯電話を持ち、唯一鳴る時は、こうして仕事の連絡がある時ぐらいだ。

 久しぶりの招集命令。いつ以来だろうか。久しく携帯も鳴っていなければ、仕事ですら鳴らなかったのに。

 恋人との逢瀬でもないのに、予定より早く集合場所に着いてしまい、正直手持ち無沙汰だ。

 私は、集合場所の湖畔沿いのロッジで佇み、湖を眺める。

 いつ見ても、大きな湖。夜になれば湖の対岸に連なる温泉街やホテルの美しい夜景が望めるこの場所は、中々の立地で私は気に入っている。自然が大好きで、ネオンの光りより星空の灯りに心ときめくのだが、このロッジから眺める夜景は、街のネオンも中々良いなと思わせてくれる。

 そんなこのロッジは私達が使う活動拠点の一つだ。見てくれは別荘に偽装していて、湖畔沿いの景色に程よく馴染んでいる。そんな一見すると素敵な場所なのだが、しばらく足が遠のいていた。単に招集が久しくかからずという理由ではない。クランケが棲む幽界と私達の住む現界が重なり合う現象、逢魔時が発生するようになってからは、拠点を使う理由が無くなった、というのが一番の理由だ。

 逢魔時が発生するまでは、現界と幽界は交わる事はなく、二つの世界は完全に隔絶され、往来は不可能だった。したがって、クランケが現界に現れる事もなかった。

 だが、私達はクランケの存在を“知っていた”し、寧ろ昔は我々が幽界へ赴き、様々な活動をしていたのだ。

 そう、私達の活動は「人間」が始めた事ではない。それは、世界を往来する術を持つ者の意向を受けてのことだ。

 現界と幽界。更に実はもう一つの世界がある。その世界は二つの世界の狭間に存在する世界、二つの世界を繋ぎとめ、架け橋としての役割を担っている。

 その狭間の世界に住む「花姫」と呼ばれる、花の名を冠した少女に招かれ、私達は集まり、幽界へと渡っていた。

 花姫曰く、世界は花姫と共に在り続け、花姫が咲き誇れば世界は繁栄し、花姫が滅べば、共に世界も滅びる。まさに世界存立の鍵となる存在。しかし、全知全能の唯一神というわけではないらしい。彼女は世界の開闢以来存在している最古の命とも呼べる存在だが、世界の創造者ではないのだそうだ。

 気付いた時には産まれていて、その時から自分の役目と存在理由は知っていたが、現界と幽界についての詳細な知識までは持ち合わせていなかった。

 そんな訳で、二つの世界について知るために、人間を招くことで現界について知り、また招いた人間を選別し、謎の多い幽界に派遣していた、ということらしい。

 そうした活動によって花姫が知り得た幽界についての情報の一つに、未知のエネルギーが挙げられる。

 幽界は想念の世界とも呼ばれ、物理法則が支配する現界と隔絶されたもう一つの世界。次元が異なるため、二つの世界の往来は物理的に不可能だが、唯一、幽界で発生している未知のエネルギーが、二つの世界の次元の壁を越え循環していた。それはまるで水が姿を変え、世界中を巡かのように、絶えず二つの世界を循環していた。

 この未知の力は奇跡や恩寵、あるいは単に運などと仲間内で呼ばれていたが、私は個人的に天恵と呼んでいる。異なる世界を循環し続けている天恵は、心に描いたものを実現する特性があり、それは単にイメージの物質化といった分かりやすいものばかりではなく、望めば行きたい場所に瞬時に移動することができたりと、奇跡や魔法のような力を持つ。それ故、幽界は想念の世界と呼ばれるのだ。

 だが、天恵は現界へと流れ込むと世界の法則が異なるために、幽界ほど特性を顕著に表す事はないが、稀に奇跡的な出来事や現象、運やインスピレーションなどの形で現界に恩恵をもたらすことがある。まさに天恵とは、言い得て妙ではないだろうか、などと自画自賛してみる。

 話を戻そう。

 天恵にはもう一つ大きな特徴を持つ。

 それは人の想いを磁石の様に引きつけるのだ。

 現界で人間の想念を寄せ集めた状態で幽界に戻ると、寄り集まった想念が天恵によりクランケへと姿を変えるのだ。これがクランケ発生の理由だ。クランケの多くが凶暴性を見せることを鑑みるに、現界の住人の荒み具合が見て取れる。なんと哀しい事だろうか。しかし、中には友好的なクランケもいるのだから、人間に希望が持てないわけではないだろう。

 これは私の私見だが、天恵はその力の使い方次第で、奇跡の力にもなれば悪夢のような狂気の力にも成り得ると思っている。

 だから花姫は、天恵について知り、天恵を有効に扱えるようにするための方法を探す為に私達を派遣しているのだろう。

 そして、次元の壁を越えるためには、一旦狭間の世界へ行かなければならない。つまりこの拠点は、その狭間の世界に通じる道を開いた施設なのだ。

 今では無用の長物でもあるが、時より花姫に茶呑み相手として招かれる意外は、ほとんど拠点に行く事は無くなった。

 時計に目をやる。

 物思いに耽っていたら、集合時間まであとわずかとなっていた。

 車が敷地に入ってくる音が聞こえる。どうやら他のメンツも到着したようだ。

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