囚人服の少年 -2-

 いつもの様に、業務連絡を携帯に送信する。

 件名は“討伐用意”。送る情報はいつも必要最低限だ。

 あくまで業務連絡なので、余計な文言を入れたところで意味もないと思うのだが、この連絡を受け取る人物は、温もりに欠けるという、およそ必要とは思えぬ理由でクレームをつけてくる。業務連絡をなんと心得ているのか。

 だが、俺はあいつのことは気に入っている。九十九信介という珍妙な名前の持ち主で、性格も個性的だ。もう大人だというのに、九十九はどこか少年の面影が強く残っている。そのせいで、年上のはずなのだがかなりフランクに接してしまうのだ。

 メールを打ち、送信完了。

 さて、あいつを迎えに行かねば。

 車に乗り込み、お気に入りの曲をかけ出発する。

 これでもかというほど今日は天気がよく、また暑い。

 季節は初夏。冬はとびきり寒い地域なのに、夏もしっかり暑い。避暑地に近い地域のはずだが、お構いなしで暑い。

 エアコンは苦手なので、窓を開け、風を受けながら車を走らせる。

 九十九の家につき、玄関のチャイムを鳴らす。

 暑さのせいか、目はどんよりしていて覇気がない。本人曰く、夏は弱いとの事だが、夏バテとは情けない。

 九十九を乗せ、車を出す。

 相変わらず、日差しが暑い。助手席で、暑い暑いと九十九がうるさい。

「ところでだ、松。さっきの業務連絡の件だけどさ」

 討伐の件か?何かミスでもあったのか。

「珍しく、追記があったけど、今回の仕事はいつもと何か違うのか?詳細は集合時説明とはあるが、なんだよ、“用心されたし”って。大事な説明を勿体ぶるか普通」

 そうだ。今回はいつもとは少々違う状況のようだ。

 そもそも、俺達がしている仕事は、真っ当でもなければ常識的な仕事の認識から大きく外れる。

 簡単に言ってしまえば、化物退治の部類に入る。

 全くお笑い草としか言いようがない。化物退治など。

 だが、誰かがやらなければ確実に実社会に被害が出る上、混乱と混沌を撒き散らすのは確実だ。

 その化物は魑魅魍魎、妖怪、悪魔、未確認生物、宇宙人などのオカルトチックなものでもなければ、遺伝子操作された危険動物、ゾンビ、超能力者などのSF的な部類でもない。

 俺たちが命がけで退治する化物は、現実とは別の世界に在るモノ。人間の思念の残滓。あるいは精神の澱みから生れ落ちた廃棄物のようなモノ。

 俺たちは「クランケ」と呼んでいる存在だ。

「九十九、俺たちが普段、討伐しているクランケについてどれだけ知ってる?」

 クランケねー。

 九十九は半ば呆けた様に答える。まだ、暑さにやられているようだ。

「クランケは、人間の心のゴミや垢と呼べるもの、あるいは他の感情の残滓が集まった存在で、色んな種類の感情や思念が実体化した存在。外見は人間の素体みたいな姿をしている化物のことだろ」

 九十九は続ける。

「体の大きいやつ、小さいやつ、太いやつ、細いやつ、個体差が大きい。体はぶよぶよとしたゴム状の体のせいか、動きも基本的に緩慢。特に、実体化して間もないクランケは、頭部と思しき部位に目だの鼻だの見受けられず、凹凸すら無い、のっぺらぼう状態だ。自我や意識の存在は確認できないが、人間が周囲にいれば積極的に攻撃を加えようとする習性がある。これは個体差が大きいが、基本的にクランケの身体能力は通常の人間を遥かに凌ぐので、並の人間はクランケに襲われたらひとたまりもないだろうな。抵抗すら出来ないだろう」

 まっ、俺たちの相手にはならんがな。九十九はため息を漏らす。

 第一段階であれば、俺たちの敵ではない。真っ向からぶつかったとて脅威ではないが、放置すれば死人がでかねない。だから、誰かがクランケを始末しなければならない。

 九十九はクランケと、世界に関する基本的な知識はしっかり身に付いているようだ。しかし、追記しなければならないことがある。それは、先ほど説明されたクランケは成長の第一段階にあるクランケである、という点だ。

 ここ十年ほど、出現したクランケは全て第一段階のクランケのみで、第二段階以上のクランケは確認されていない。

 つまり九十九は、実戦経験はあるものの、それは第一段階のクランケのみで、まだ第二段階以上のクランケとは遭遇すらしていない。

「なるほど、俺はようやく二段階以上の個体とやり合うわけか」

 面倒くせぇなと、額から流れる汗を拭いながらぼやいている。

「おそらくな。」

 今回の仕事はいつもと様子が違うのは間違いない。久しぶりに第二段階以上が出現した可能性が高い。ならば、いつものように、招集無しに直行直帰で仕事をさせることが躊躇われたのであろう。その為の招集だと、俺は予想している。

 もし、第二段階以上のクランケの討伐ということであれば、古参の俺でも戦闘経験は浅く、決して舐めてかかれる相手ではない。

 クランケは第二段階以上から一気に厄介の度合いが増す。

 クランケも存在を維持する為に養分、つまり感情や想念といった物を必要とするのだが、未知の方法でこれを吸収し、成長する。するとのっぺらぼうだった頭部に、目や口が生え、時には支離滅裂な言葉も発し、自我の萌芽を思わせる。そして体つきもより人間に近づき、戦闘力も高くなっていく。非常に攻撃的で、ひとたび得物を見つけたならば、執拗かつ容赦なく攻撃を加えてくるのだ。これが、クランケの第二段階。

 さらに厄介なのが、第三段階。ここまでくると、外見はほぼ人間と見分けがつかなくなる。それどころか、どうやって手に入れたか分からないが、服や装飾品を身に付けた出で立ちになる。おまけに、流暢に人語を駆使するようになる。おまけに、第三段階に入ったクランケは、特殊な能力を持つ事だ。能力の発現の種類は多岐に渡り、脅威の度合いもピンキリである。

 だが、特筆すべきは、クランケの性格の個体差が顕著に見られるはじめることだろう。性格も今まで養分にした感情によって大きな個体差が見られるが、敵愾心を持つもの、融和を求めるものと、差異がより際立つ様になる。知能も人間と同等、あるいはそれ以上の個体も発生することがある。

 現に、クランケに関する情報の多くは、第三段階に到達した極一部の友好的なクランケからもたらされた情報だ。

 彼らも元は、人間の心の澱みから産まれた存在。しかし、第三段階までの成長過程で養分とした思念によっては、非常に友好的な関係すら築けるのだ。

 俺は続けて質問を九十九に投げかける。これは良い機会だ。九十九がどこまで学んでいるか確認したくなった。

「では、クランケの生息場所は説明できるか?」

「なんだ、口頭試験てか?」

 このくそ暑いのに勘弁してくれよと、見るからにうんざりした態度だ。 九十九は座席のシートに深くもたれながら答え続ける。

「世界には大別して二つの世界がある。現界と幽界。クランケは、幽界の住人だ。現界は、現実世界のことであり、物質世界とも呼ばれ、物理や化学の法則が支配する世界で、要は、俺たちが普段日常生活を送っている世界の事だ。対して、幽界は想念の世界とも呼ばれ、物質ではなく精神が支配する世界だ。間違いないよな」

 そう、世界は単一ではなく、複数あるのだ。

 本来、現界と幽界はコインの表と裏のように一体であるが、この二つの世界は隔たれ、交わることはない。従って、この二つの世界を行き来することは通常不可能なのだ。

 しかし、十五年前に起きた事件のせいで、この二つの世界の境界が極めて曖昧なものになり、時に世界が重なり合う現象が頻発し始めた。この現象は、逢魔時と呼ばれクランケが現界に現れ、実社会に様々な被害をもたらし始め、多くは、傷害や殺人が発生し、現在に至るまでに相当な犠牲者が出ている。だから、俺たちはクランケを討伐し、被害が出ないよう未然に防いでいるのだ。

 思いを巡らせていたら、集合地点に近づいてきた。

 場所は、湖畔沿いにある、一見すると年季が入ったロッジだ。そのロッジの近くに人影が見える。先に誰か着いているようだ。

 長い黒髪、ポニーテールの女。いつもの討伐メンバーの一人だ。

 車を停め、応と挨拶しながらロッジへ向かう。

 

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