第5話 天界人なんて認めない
【天界 天竜庵】
ここは天界と呼ばれる下界とは少し違った場所。
近代的な建物が立ち並び銀色の景色が広がる天上の世界。
下界と違う点はその遥か上空に場所があることだけなのだが、人々は畏怖の意味も込めて彼らを神と崇めた。
だが、その実態は他の人々と変わらない。
だが大きく違う点が一つ。
この場所が魂の終着点となっている事だろう。
そんな場所だからこそ魂の案内人としての宿命を課せられたのがここに住む天界人なのだ。
そしてそれを仕事として扱っている事もまたこの地では既に当たり前となっている。
そんな天界にも夜はやってくる。
人々が仕事の疲れを押し込めてそれぞれの家に帰宅していく中、煌くネオン街に足を運ぶ者も数多い。
ネオン街の中でもそれぞれに向かう先は決まっているものだ。
彼女達が向かったのはそんな行きつけの居心地のいい居酒屋であった。
「それでは、エロ爺の追放に乾杯!!」
「「「乾杯!!」」」
高らかな声につられてグラスのぶつかり合う音が響き渡る。
ここはそんな日頃の疲れを癒すアルコールが提供される憩いの場。
乾杯の音頭を取ったのは長い赤いロングストレートの髪、きりっとした瞳に化粧が映える。 黒いスーツ姿がいかにも仕事のできる大人の女性に見える。
そんな彼女の名はマリア=トリアステル=フーバーといい、豪快に手に持ったエールという淡い黄色の天界の発泡酒に口をつけ、ごくりと喉越しよく流し込む。
「っあぁああ!! キンキンに冷えてやがるッ!!」
口元を拭い、嬉しそうに言い放つマリアは言ってやったという顔である。
そんな姿を同じくグラスを持った職場の仲間は唖然とした顔で見ている。
「マ、マリアさん? その掛け声なんですか?」
おずおずと声を掛けたのは会社に入社して間もない新人、藍色の髪のショートカットの内巻きボブ、整った可愛らしい顔立ちは庇護欲をそそられることだろう。
そんな彼女の名は、ステラ=スウェータル=ハイソン。
小さめの身長に似合わない程の巨乳を揺らし、上司であるマリアを下から覗き込むように見上げる。
「今下界でアルコールを飲んだ時に流行っている言葉よ」
どや顔でマリアは小さい胸を張る。
スレンダーな彼女はこういったポーズをとるのは珍しいのだが、今はアルコールもはいっているせいかやけに上機嫌だ。
「初めて聞いたんですけど……」
ちびりちびりとエールに口をつけてジト目でマリアを見るのは、入社三年目になる女性社員。 金色のポニーテール姿が良く似合い、普段であれば笑顔が社内一可愛いと噂もされる。
そんな彼女の名は、メル=ノストル=ティシャン。
「メルは知らなくても無理はないわ。 今担当してる人が日本出身でね、その人がビールというお酒を飲む際に口癖のように言っていた言葉らしいのよ」
「それ、流行ってるって言いませんよ」
「ええっ!? だってこれを言うとアルコールが何倍も美味しくなるって……」
「騙されてますよマリアさん」
「そんなっ!? エルミナも同じ日本担当だったわよね? そっちはどう……」
「あっ、店員さん? 今日このクーポンを使いたいのですけれど、どれぐらい割引になるかしら?」
マリアの話を華麗にスルーし、店員に声を掛ける令嬢のようなドレス姿の女性。
ピンク色の巻き髪、整った顔はまさにお嬢様と呼ばれるに値するこの女性の名は、エルミナ=プルストリア=エル。
今も綺麗な鞄の中からいくつものクーポン券を取り出し、店員と交渉中だ。
この四人はいずれも同じ株式会社エフェクトの女性社員である。
そして彼女達が集うこの居酒屋の名は、天竜庵。
和風の木材を使用した風情あるこの居酒屋は会社とも提携しており、比較的安く利用できる点から決まって何かあった際はここに飲みに来るのが彼女達の日課になっている。
「ううっ…… ステラぁ…… エルミナが話を聞いてくれないよう」
「マリアさん…… もう酔ってるんですか? 交渉が終わればエルミナさんも相手してくれますよ」
「うん。 それにしてもよくやってくれたわステラ。 念願だったあのエロ爺を追放できたのはステラのおかげよ」
嬉しそうな笑顔でマリアはステラに微笑む。
女性ながらその笑顔に思わずステラははにかんでしまう。
「そんなことないですよ。 私はただ言われた通りにしただけです」
エロ爺と呼ばれるフェデリア=リエステール=オーファンは彼女達に日頃からセクハラまがいの事を堂々としていたのだ。
メルは頼んでいた焼き鳥を串から外しながら話し始める。
「ステラが来てからあからさまに変わったよね。 あのエロ爺はかっこつけようとやりもしない仕事をステラが見ている前ではしているふりをしてたしねぇ」
「そうそう。 整理してるとかいって逆にごちゃごちゃにしていたからねぇ、だからカルテの取り間違いが起こったわけだし」
「でもまさかカルテにお茶を零すなんて思いもしなかったですわ」
先程まで交渉をしていたエルミナが会話に混ざると、マリアはすぐに尋ねる。
「あ、エルミナ。 クーポンは使えた?」
「問題なしですわ。 これで五パーセントオフですわ」
「さすがクーポンの女王エルミナね。 いったいどこからそんなにクーポンを集めてくるのかしら」
「乙女の秘密ですわ」
エルミナは口元に人差し指を添えてウインクする。
「それにしてもお茶はまずいですよねぇ、うちのカルテ水厳禁なのに」
「あのカルテが元で下界の人の人生が狂うとは思わなかったのかしら……」
「でも、結果こうして念願だった追放もできたことだし、しばらくは平和に過ごせそうね。 扉も壊したし、社長にも報告済み、今日はとことん飲むわよ! おにいさーんエールもう一杯追加でー!」
天界はいくつもの下界に繋がる扉を所持している。
会社としてその下界への扉を管理し、彷徨う魂を導くのが天界人の役目である。
いくつもある下界の中にも、処理不可能な下界は存在し、そういった下界は扉を破壊し、干渉を断ち切るのだ。
そうして数ある処理不可能な下界の中選ばれたのが、崩壊都市【ラフタル】であったのだ。
「でもやっぱりあの少年には悪い事をしました……」
ステラは飲んでいたお酒をことりとテーブルに置き俯く。
「エロ爺を押し付けた事? ステラは気にしなくていいわよ。 世の中には犠牲という言葉があってね、たまたまそれがあの少年だっただけ。 むしろあの少年ならなんとかしてくれるんじゃない?」
「そうでしょうか……」
「そういうと思ってほら、映像媒体繋げておいたから」
マリアは鞄から会社で使っているような薄型の機械を取り出し、起動させていく。
「私もちょっと後味が悪いからね、本来なら壊した扉の下界へは干渉はできないんだけど、特別よ」
「ありがとうございます! マリアさん大好き!!」
「ちょ、ちょっと! 恥ずかしいじゃない」
まるで姉のようにマリアに抱き着くステラ。
それをほほえましそうに見るメルとエルミナは、その光景を肴にアルコールを飲むのであった。
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