第17話 空に包まれて

 俺は重たい雲に押しつぶされそうな気持を何とか、押しのけて部室にたどり着く。

 扉に手をかけると、鍵は開いていた。俺は一気に扉を開く。



 高瀬さんは中にいた。


「…宙くん、こんにちは。何か僕に用かな。」


 高瀬さんは俺と目を合わせない。


「昨日、あの後大丈夫でしたか?…今日、学校のどこにもいないから心配してたんですよ。」


 俺はストレートに聞いた。それ以外に思いつかなかった。本当に高瀬さんが心配だったから―


 高瀬さんは困ったように微笑む。


「あ、えっと、その、昨日はごめんね。僕のせいで迷惑かけて…。宙くんに怪我がなくて本当に良かったよ。」


 そして、ふと悲しそうな微笑みに変わった。


「―あのさ、僕のせいで危ない目に合わせちゃったし、これからもそういうことがあるかもしれない。だからもう僕とは話したりしない方がいい。もうここへも来ない方が―」


「何を言っているんですか…。」


 俺は声が震えた。意味が分からない。胸がちくちくして、それがだんだんと怒りに変わっていく。


「どうしてそんなこと言うんですか?!!俺は大丈夫だし、昨日のことだって高瀬さんのせいじゃないじゃないですか!!」


「でも―」


「でもじゃないです。話は全部聞きました。三島さんが勝手にやったことでしょ?俺が…俺が高瀬さんと一緒にいたらいけない理由がわかりません。」


「…全部って?」


「保険医の先生から聞きました。いとこなんでしょう?」


「康史さんか…全部聞いたの?」


 康史は保険医のことだろうか。


「全部っていうか、三島さんの兼を一通り…告白されて断ってたこととか。」


「そう…」


 そう言った時、高瀬さんがほっとしたような顔をした気がした。


「僕はもともと、人とかかわるのが得意じゃないんだ。それが原因で昨日みたいに迷惑をかけてしまうこともある…」


「そんなの大丈夫です。結局、俺は怪我しなかったし、高瀬さんのせいじゃ―」


「僕のせいだよ!」


 そう言って高瀬さんは、その整った顔を歪めた。


「…僕が原因で起こってしまった事に間違いはないし、また今後も何かあるかもしれない。……いなくなるのは怖いんだ!そうなったら僕はまた―」


 高瀬さんは下を向いて肩を震わせた。俺は思わず高瀬さんに近寄って肩をさする。


「宙くん、僕の話聞いてた?だから―」


「関係ないです!俺はいなくなったりしません。高瀬さんが側にいてもいいって言うなら、俺は絶対に側にいます。…どっか行けって言われても、いるかもしれませんけどね。」


 俺が冗談めかして言うと、高瀬さんが顔をあげた。瞳からは大粒の涙がこぼれて、いつもよりもさらに輝いていて深い。


「ほんとに?」


「はい、本当です。」


(なんか子どもに言い聞かせてるみたい。)


 俺はまだ泣いている高瀬さんの頭に手をのせて髪をなでた。


「だから、泣かないでください。俺は側にいますから、約束です。」


「やくそく……わかった。取り乱しゃって、ごめんね。」


 そう言って俺に抱きついた。


「ありがとう。」


 高瀬さんは優しい声で言って、まだ少し流れている涙を俺の肩に落とす。


(あー、もう。気が済むならいくらでも肩を濡らしてください!)


 俺はほっとして顔が緩む。やはりこの人は温かい、今は俺が包まなきゃいけないのに、またこの人に包まれてしまっている。




 今は気持ちだけでも、俺が包んでいられたらいいのにな。

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