第13話 荒れる海と

 俺の体は転ぶ前に何かの力で止められた。


(うん?何かあったかい。)


 恐る恐る目をあけると、高瀬さんが俺を抱きとめていた。


(ああ、良かった。今回は転ばずにすんだのか。)



 高瀬さんの顔を見上げると、彼の視線は階段の上にあった。


「何で突き飛ばすんだ!この子は関係ないだろ!」


 高瀬さんは階段の上の人物に、静かながら重みのある声で言った。


「……。」


 相手は口を開かない。


「宙くん、大丈夫?」


 高瀬さんに聞かれて自分が支えられたままだと気が付き、あわてて自分の足で立った。


「は、はい。」


 階段の方を振り返って見やると、そこには三島さんが立っていた。肩を細かく震わせ、目は涙で潤んでいる。


「…何で」


「え。」


 三島さんは俺を見ている。


「何で?何であなたは海斗くんと普通に話しているの?」


「…話って?…え?」


(海斗くん…は高瀬さんのことだよな。)


 確かに俺は高瀬さんと話はするけど、高瀬さんだって相手から話しかけられたりしたら、ある程度は話す人だと思うのだが。


「海斗くんは、話しかけて答えてくれていてもいつも上の空!それは知ってた。私だってちゃんと話したことはない。私と付き合ってくれないのも、何でって思ったけどちゃんと話せるようになるまではしょうがないかなって思ってた。デートに誘って、その時にこっちを向かせればいいと思ってたし、とにかく誘ってた。…それでも無理だったのに…」


 一方的に言われて驚いだが、よっぽど高瀬さんが好きなんだな。

 なるほど。保険医が言っていた通り、自分に自信があるうえ相手の気持ちまでは考えないらしい。


「えっと、俺もたまたま仲良くなっただけで、そんな、えーっと…それにしても今朝コーヒーをかけたのはちょっとやりすぎかなと…」


「それもわかってる!!」


 俺が今朝のコーヒーの話を出すとさらに興奮させてしまったのか、声が大きくなった。


「今朝、コーヒーをかけたのは少しやりすぎたかなって思って反省して謝りに来たの。なのにあなたと海斗くん…あんなに仲良さそうに!」


「ちょ、ちょっと待ってください。俺、ただの後輩でそんな三島さんがやきもちを妬くような者じゃ…」


「どういう関係かじゃなくて、海斗くんのそばにいるのがずるいって言ってるの!」


「ちょっと三島さん。」


 ずっと黙っていた高瀬さんが口を開いた。


「俺が原因で嫌な気持ちになったのは謝る。けど、宙くんは何も悪くない。階段から突き落とすなんて、このくらいの段差でも十分危ないよ。」


 俺が背中を押されたのは3段目。昨日もそのくらいから落ちたっけ。

 高瀬さんを見上げると、いつもと全然違う険しい表情だ。


(怒ってる…?)


 声も低くて重い。


「高瀬さん、俺は大丈夫なので。」


「大丈夫じゃないでしょ。危なかったんだよ。全然良くない。」


 俺に向けられた顔もいつものやわらかい表情ではない。


「もう一度言うけど、君とはデートしない。付き合うのも無理だ。君が嫌いとかではなくて、今は興味がないんだ。…ごめんね。」


 三島さんはもう一度目を見開き、すぐに視線を落とした。


「…わかった。納得はまだできないけど、今回はいろいろやりすぎたわ。」


 そして彼女は振り返って数歩いったところで、思い出したように止まる。


「ごめんなさい。」


 小さな声で言い逃げるようにしてその場を去った。

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