第12話 思いの先

 俺は夕方、天文部の部室の扉の前に立った。時計を見るとまだ5時。まだ明るいのでもちろんランプはついていない。

 扉を引くと、鍵は開いていた。中を見ると高瀬さんの姿はなかったが、鍵が開いているという事はすぐに戻って来るだろう。


「中で待ってるか。」


 部室の中では、奥の窓のふちについたカーテンラックにハンガーで白いシャツが干してあり、開いた窓から入る風になびいていた。俺は窓の近くにある木製のテーブルの端に腰を掛けて頬に風を感じた。


 三島さんは高瀬さんに好意を持っているという話だったが、高瀬さんは彼女と話したことはあるんだろうか。三島さんが高瀬さんと深く話したことが無いのだとしたら、どこが好きなのだろう。やっぱり顔なのだろうか。確かに顔は男の俺から見てもかっこいいが、顔だけで好きになった人にそんなにこだわるものなのか。まあ、あの保険医の話もあまり信用できないけど…。大体、なんであの保険医はあんなに詳しいことまでしっているのだろう。


(あああ!もう、考えれば考えるほどぐちゃぐちゃになる!!)


 もう考えることも嫌になり、開いた窓から外、空を見てみた。空は今日も青く広がり、夏の午後を包み込む。この前見た時よりは、大分雲が多いだろうか。


 空を見ていると、考え事もばかばかしくなってくる。


「何が起こっても流れ続ける―」



 ふと窓から見える中庭を見下ろすと、ベンチに人が座っていた。高瀬さんだ。先ほど俺が貸したサマーカーディガンを着ている。


「高瀬さーん!」


 俺が呼びかけると、高瀬さんは背もたれに預けていた体を起こして振り返る。手を振ってみると、彼も軽く手をあげた。俺は「今降りていきます」とジェスチャーで伝えて中庭へと急いだ。

 廊下を速足で進みながら、一言目に高瀬さんにかける言葉を考えた。


(おかげんいかがですか?とか…でも別に怪我はなかったしな…)


廊下にはスニーカーのゴムがこすれる音だけが響いていた。




 俺は中庭に出て高瀬さんの座る、一番見晴らしの良さそうなベンチに近づく。そういえば、いつかもこのベンチにいたよな。


「高瀬さん、ここにいたんですね。」


 俺は声をかけながらベンチのすぐ手前の階段を降りる。


「あ、うん。部室の鍵開いてた?暑いから部室で待ってても良かったのに……?!!!」


 言い終わった高瀬さんが、俺の背後を見て目を見開いた。


「宙くん、後ろ!!!」


 高瀬さんの声は大きくなり、表情も穏やかではなくなった。


「え。」


 後ろを振り返る前に背中の真ん中に衝撃が加わり、体が宙に浮く。俺の顔にまだ降りきっていない分の段が迫ってきた。


(あれ?俺、つい昨日もこんな風になった気が…また転ぶのかな…?)


 俺は衝撃に備えて瞬時に目をつむった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る