第4話 空を見る海

 高瀬さんは普段からやわらかい表情をしている。けれどそれは感情を持ったものではない。しかしこの時、望遠鏡から顔を上げてみた高瀬さんの表情は感情のこもったもののように思えた。


「僕にも見せて。」


「あ、はい。」


 そう言って俺は場所を譲った。

―その時、望遠鏡を覗くのに邪魔なのか、高瀬さんがその長い前髪を手で少し上げて押さえた。前髪の下には初めてはっきりと見る彼の瞳があった。


「あの」


 高瀬さんはきれいな指で髪を押さえたまま、こちらを向いた。


 俺は何も考えることが出来ずに高瀬さんの目を見ていた。深い海のような瞳だ。青いわけではないけれど、深くて引き込まれそうだ。


「あ。」


「ん、何?もっと見たかった?」


「いえ、その、目を初めて見たなって。いつもは髪で陰になっていて見えないので。」


「…ふふ。君、面白いね。」


 高瀬さんはくすっと笑った。


「宙君…だっけ?素敵な名前だね。」


「あ、ありがとうございます。」


 なんだ。この人、普通に笑うじゃん。



 



 俺は家路につき、最寄駅から家までの道を歩いていた。人通りはほとんどなく、今見える範囲で人はいない。

 

 あの後、高瀬さんは望遠鏡を覗きこんだまま張り付いたように離れなかったので、話も途切れ、暇になった俺は先に学校を出てきたのだ。


「本当にきれいだったな。」


 都会の空でも力いっぱい輝く星々。見ていると、そちら側へと吸い込まれそうになる。


 あの瞳もそうだった。


 初めて見た彼の瞳は、今日目にした何よりも俺の記憶に残っている。神秘さえ感じる深い海のような目。望遠鏡があったから見えなかったが、星を見ている高瀬さんの目はまた少し違うのだろうか。

 星を見る彼には普段表に出さない感情がみえるようで、いつもの何者も寄せ付けない美麗さとは違った魅力を感じた。


「ホシ。星か…確かにきれいだったよな。」


 そんなことをつぶやいて我に返った俺は、初夏の少し涼しい夜道を進んだ。



―深い海の瞳は空の輝きを映す

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