第3話 強く輝くはかない星
「失礼しまーす…」
小声で言いながら少しだけ開けた扉から顔だけ中に突っ込む。すると中にはキャンプ用のランプが一つついていて、木製のテーブルの上に置かれていた。
部室の中はそこまで広くはなく、実家住みの俺の部屋よりも少し広いくらいだろうか。
部屋にはコーヒーの香りが漂っている。きっと、テーブルの上のマグカップからだろう。
部屋の一番奥の壁には大きな窓があり、そこに合わせて本格的な天体望遠鏡がセットされていた。望遠鏡の白い本体は、外からの光を受けてさらに青白く光っていた。
俺は一歩、中に踏み込む。すると―
「あれ、新入部員さんかな?珍しいね。」
一人の男性がいた。落ち着いているが、低すぎない優しい声で彼は言った。
彼は窓の近くに立っていて微妙に逆光のようになっており、暗くて顔がよく見えない。
俺は驚いて、その場で立ち止まる。
「あ、いえ。その、灯りがついているのが外から見えたのですが、物音がしないので誰かが消し忘れたのかと思って…」
「ああ、ごめんね。僕一人でやってるから静かなんだよね。まあ、せっかくだし良かったら見ていかない?」
「え。」
「星。見ない?」
「あ、はい。」
俺は何とはなしに部屋に入る。彼もこちらに近づいてきて手を俺に向かって手を差し伸べる。
俺は近づいてきた自分よりも少し背の高いその人を見上げて目を見開いた。
「―高瀬…さん?」
「うん?僕のこと知ってるの?…ごめんね、話したことあったっけ?…でも僕、あまり大学の人とは話すことがないから話した人は割と覚えてるはずなんだけどな。」
そう言いながら困り顔で首をかしげている人物こそ、あの謎多き「高瀬」本人である。
今日はいつもの格好に加えて、スマートなシルバーフレームのメガネをかけている。メガネをかけるイケメンほどずるいものはないと思う…
「いえ、お話ししたことはないです。授業が一緒で、たまたま友達に名前を聞いたんです。今日、火曜2限の心理学とってますよね?」
「うん。そうなんだ。」
「ああ、俺まだ名乗ってませんでしたよね。経済学部2年の広川宙です。」
「ふぅん…さあ、どうぞ。」
「ここは天文学部とかですか?」
「まあそんな感じ。」
自然に手を出されてエスコートされたので俺も自然に手を重ねてしまった。こちらにあまり興味はなさそうなのに、自然に手を引いてくれる王子様のような彼に促され、俺は望遠鏡の前に立った。
「今日はアルタイルを見ていたんだ。ここは街中で明るいからあまり見えないけどね。覗いてごらん。」
そう言われて覗いてみると、そこには大きな星が一つあった。自分が普段生活している校舎から見ているとは思えないくらい強く輝いていた。
「きれい。」
溜息のような声が出た。
「そうでしょ。いわゆる彦星ってやつだね。」
「ああ、彦星のことだったんですね。アルタイルって名前は聞いたことあります。確か小中学校のときに理科の教科書に載っていたような。」
「そうそう。有名な星だからね。…星っていいよね。海に移っている月と同じ感じで、何だかはかなげに感じる。僕は冬に見える星団が好きなんだ。星団はきれいに透き通った人の瞳にも似てるかな。」
なんだかさ高瀬さんが話しているのは新鮮だ。
「はあ…こんなきれいな星初めて見ました。」
「そう。よかった。」
その時やっと彼の心が少しこちらを向いたような気がした。
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