残されたB「アストラル・プロジェクション」
さらにスイスイと時間は流れ、義織企画の夜間調査開始まで十分といった頃。琴葉と五織ーー潜入組の二人は定期報告をするため外で待っていた永嗣と一時合流していた。
「すみません、兄さん。私がついていながら岡 果穂さんには……彼女が知るべきではない情報まで与えてしまいました」
永嗣と再開すると同時に琴葉は自分のしたことを正直に打ち明け、永嗣に陳謝したのだった。
急な謝罪に初めは当惑していた永嗣だったが次第に事情を理解したのか難しい表情になっていき、
「琴葉、それが一体そういうことを意味するかは分かっているな」
いつもの
「はい。十分承知しています」
首を垂れたまま暗く、絞り出すようにして吐き出した声で答える。
永嗣からどんな叱責がとぶのかを恐れ微かに肩を震わしているよう、だが……
「じゃあいいや。知られちゃったもんは仕方ねえよな。どうせ俺、人の記憶いじったりすることできねぇし? でもまあ、今後は気をつけろよ琴ha……」
永嗣はいつの間にかいつもの軽い態度に戻っていた。
わりとよく目にする永嗣の態度の変わりように毎度のように頭を回す五織とその目下で猫のように俊敏に永嗣に飛びかかるかがんだような姿勢のそれ。
しかも、彼の言葉が終わるところを予期していたこのようなタイミングで。
「ありがとうございます兄さん! この琴葉、その言葉一生忘れません』
三人はこれまた狭い路地裏で密会していたので低姿勢からの胸への飛び込みをくらった永嗣はなす
ドン。
鈍い音が永嗣の脳内に響き……それがさらに痛みを増幅させるのだった。
「くぅっぅうぅぅぅぅう……痛えッ……尋常じゃないくらい妹からの愛が痛えッ」
「また二人で……何バカやってんのよ」
それはともかく、と話題を変える五織。
「さっき琴葉が岡さんに言ってたなんかこう……
「どういうことってのは?」
「何で目的の有無だけで昨日会ったのが幽霊か生霊かなんて見分けがつくのよ」
「ああ、それは私の勝手に考えた憶測理論です。魔術師じゃない彼女ならそんな話も信じてくれるかなーと」
永嗣は壁から起き上がっているにも関わらず、未だに彼の腰に巻きついている琴葉。
その顔はいつになくニマニマしていて、とても一学校で凛々しく生徒会長を務めているとは思えないほどに喜色満面であった。
そんな様子の琴葉に対し、五織は、
「はぁ? じゃあ本当は被害者たちが本当に生きているのかは分からないってこと」
「いや、それは大丈夫だ。被害者の塾生は生きてる」
イヤイヤ、と肘を軸に中心角九十度の半円を描くようにして腕を振る永嗣。
ごく一般的なジェスチャーのはずなのだが、彼がするとどこか悪意めいたものを感じるほど神経が逆撫でされるのを五織は感じていた。
永嗣は自身の発言に論証責任を感じ取ったのか、どこか仕方なさそうに説明をしてみせる。
「大前提。このビルが建つ前はここは教会だったんだ。そんな聖なる場所で悪霊発生させるとかマジで頭のネジ飛びでるほどむずいことを魔術師がするわけがない。それに街に出現したゴーストが出会った人間を襲っていない時点でそれは怨恨を晴らすためだけに現世に舞い戻ってきた幽霊ーー悪霊とは大きく違う。悪霊の類ならば怨みを晴らす相手の前のみに現れてチャチャっと怨み晴らして帰っていくからな」
「なるほどね……確かに言う通りだわ」
どこか悔しそうに、むぅ〜っと眉を寄せる五織。
さらに永嗣の腕の下では「流石です」と琴葉が顔を兄貴の腹部にギューっと押し付けていた。反省の色は……なさそうだ。
しかし、まだ完全に納得はしきっていないのか五織は次なる疑問点を永嗣に投げかける。
「で、でも……もしあなたの言う通りあれが生霊つまり幽体離脱体だったとして、敵の魔術師に他人をずっと幽体離脱させることってできるの?」
「フッ、楢崎のお嬢様もまだまだだな」
「うるさい、説明できるんだったらさっさとしろ!」
キザっぽく乾燥した前髪を跳ね上げると永嗣は気持ち悪いくらい自信満々に説明しはじめた。
「
瞬間、撃風の一撃が永嗣の足下を叩き斬る。
正面を見るとお嬢様が愛用の特製小太刀を片手に微笑んでいた。
「よろしくて?」
「はい、真面目にやります」
数歩後ずさりしてから、永嗣は今度こそ真剣大真面目に解説をはじめる。
「えーとだからな、その星気体投射ってのは普段は人間に重なって存在している『アストラル体』っていうなんだ、こう、タマシイ的なやつを意図的に人体から引き剥がして肉体があっては到達できない、より高次の世界に飛んだり、現実世界のあらゆる法則を無視できるアストラル体になることで遠方の状況を確認するための術なんだ。これが本人の意思に関係なく起きるのがいわゆる『幽体離脱』だ。まあそれも昔の話で現代にこれを使ってそんなことしようなんていうリスキーなやつは一部の物好きにしかいねえはずなんだけどな」
「どういうことよ、リスキーって」
すかさず五織が質問する。
「この術、アストラル体と肉体を繋ぐ『シルバーコード』っていう……いわゆる命の命綱みたいなやつにスッゲエ負担がかかる術でな。シルバーコードがボロボロになると人格の分裂症状が起こったり、最悪これが切れたりしたら死ぬ類の術なんだ。そもそもアストラル体を肉体から引き剥がしている時点で仮死状態みたいなもんだからな。便利な術がたくさん考案されている現代ではリスクが効果に見合わないってロクに使うやつもいなくなったわけ」
「そんな……それじゃ被害者たちは……」
「ああ、失踪して数ヶ月……そろそろ限界だろうな。でもそのアストラル体を見たのは昨日の今日だ。まだ死んでねえってのは本当だぜ」
「……助け出すんだったら早い方が良いってことね」
五織が自身の拳を固く握りしめるのを永嗣は見逃さなかった。
「おいおい、あんまり気負いすぎるなよ。なんかヤベェことがあったら俺に連絡しろ。流石にずっとここにいたら(また)怪しまれるから一旦事務所に戻るけど、全開で飛んでくる」
「はいはい、わたしに負けたヘボ探偵が何言ってんのよ。大丈夫よわたしと琴葉でバッチリ犯人をとっ捕まえて、すぐにわたしのことを弟子として認めさせてやるんだから」
そんな軽口を叩くと、「琴葉、やるわよ」と相方について来るように促し五織はビルの中へと戻っていく。
「本当に大丈夫か? 足下すくわれなきゃいいが……」
「あら兄さん、心配ですか」
「うるせえ。琴葉、あいつのこと頼んだぞ」
最愛の妹を腰から引き剥がすと大きな欠伸を周囲に振りまきながら、永嗣もとっくに日が暮れた空の下、一条探偵事務所まで戻っていった。
そんな頼りなくて……でもどこか頼もしい兄の背中を見据えながら琴葉は小さく宣言する。
「はい、兄さん。任されました」
もう遠くなった永嗣には聞こえていなかったはずだが、自分の声に反応して彼の歩みが一瞬止まったように感じ嬉しくなる琴葉だった。
夜の闇はなおも深くなり続け、夕方は騒がしかったビル群もついには沈黙してしまった。
二人の本番は、これから。
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