恩人M「恩師と思い出とヘボ探偵」
穏やかな朝日をもたらした太陽が丁度天頂を通過する。そんな定義で本当に正午なんてものを感じていたのだから旧人の知恵もバカにならないな。
そんな風に中身のない思考にふける永嗣。
朝っぱらから連行された警備員室を昼食どきのゴタゴタを利用し辛くもカフェ
コンクリートまで逃げ延びてきたのだ。
数少ない店員のうちの一人、
「一条の若旦那、昼間っからサボりですかい?」
「うっせえな。こちとら朝から警察沙汰になりかけて精神的に参ってるんだよ」
「うっわホントにしょっちゅう何やらかしてるんですか」
丁度地元の女性会社員が押し寄せる前で店内は開店前かと思うくらいガランとしている。
カウンターの奥でカフェコンクリートのマスター、西園寺
「まあでも俺の仕事の本番はこれからだしな。よし、取り敢えず昼間はお前の言う通りサボらしてもらうとするわ」
大きく口を開けて肉厚のカツサンドを頬張る。サクッと衣が砕ける音の後に新鮮なキャベツのシャキシャキとした食感が閑散とした店内に波紋を作る。
「しっかしあいつら本当に大丈夫なのか? わざわざこんな写真送りつけてきあがって……」
空いている片手でスマホのメッセージアプリを開く永嗣。
そこには古瀬高校の屋上で五織と琴葉が一緒に昼食を摂っている写真が添付されていた。
「おっ、この娘マジでおたくでバイトしてるんすね。前一度来た時に手ェ出そうとしたら枝野琴葉に叱られましてねぇ……」
「いやお前も何してんだよ……てかやめといた方がいいぞ、あの女は。この二日間ずっとうるさいし初日から噛み付いてくるし……」
永嗣が龍一相手にこの二日間の愚痴を言っているその頃。
古瀬高校では。
ーーーー
「別にいいのに、一人で食事を摂ることくらい慣れてるわ」
「そんなこと言わずに。それにここなら気にならないでしょう?」
普段は閉鎖されている屋上で二人だけが……二人仲良くお弁当を広げていた。
「まったく、どういう権力の使い方したら屋上の鍵なんて渡してもらえるのよ」
「え? ここの鍵は私の私物ですよ」
「と、言うと……」
「ええ、普段なら教頭あたりを拷も……説得して色々便宜を図ってもらうんですけど、ここの鍵は安全上どうしても渡せないと言われましたので仕方なく自作致しました」
ほら、とスカートのポケットから鍵を取り出し根元に彫られた「Kotoka 」の文字を堂々と五織に見せつける。
「あんたがそうなのってお兄さんの前だけじゃなかったのね……」
「ええ、そうですよ。私はいつも平常運転です!」
胸を張って何かを誇る琴葉。
自作の鶏そぼろ弁当はもう半分ほど食べられていた。
「ねえねえ、今度は五織ちゃんのこと聞かせてくださいよ」
「わ、わたしのこと?」
コクコクと首肯をする琴葉。
「お嬢様時代は一体どんな優雅な暮らしを送っていたのかとか、知り合いにこんな人いますとか、何でもいいですよ」
「そうねーー」
うーんと考え込む五織。気の置けない間柄の人間と喋るのは久方ぶりというのも助けて会話を連続させるのに少々ラグが発生してしまう。
「じゃあお望み通りわたしの昔話をするけど、いい?」
「もちろんですよ五織ちゃん。是非お聞かせください」
目をキラキラさせて顔を近づけてくる琴葉。
その迫力に軽く気圧されながら五織は続ける。
「小さかった頃、魔女がわたしの家庭教師をしてくれていたのは知ってるわよね? その後魔女が家庭教師を辞めてから……丁度わたしが小学校上がる頃にね今も思い出に残る先生がいたの」
「へえ、二人目の師匠って訳ですか」
「そう……ね。恩師と言っても過言じゃないと思うわ。マイケル=クロロビッチ先生……お父さんがいなくなるまでずっと私を育ててくれた先生よ」
五織は思い出を脳内で再生するかのように雲一つない秋晴れの空を見上げる。
「火事の後結局一度も連絡が取れなくてどうしているのかは分かんないんだけどね」
どこか寂しそうで今にも泣き崩れてしまいそうな儚い笑顔を琴葉に向ける。
「五織ちゃんがそこまで言うんですからよほど良い先生だったんですね」
琴葉もまるで我が事のように感慨に浸ってみせる。
「ええ、だから三人目の師匠……になるかもしれないあなたのお兄さんには頑張ってもらわなきゃいけないんだけどね」
売店で買ったオレンジジュースを飲み干しつつ五織は少し鋭い目つきを取り戻す。
これには琴葉も困った様子で
「そ、そうですね、兄さんにも頑張ってもらわないといけませんね」
と苦笑いする他なかった。
「そうよ、あのヘボ探偵今日も朝一で恥ずかしいことして……こっちの身に身にもなってほしいわ」
ーーーー
「ヴェックションッーーんああ、誰か噂してんのか?」
同時刻、恨み返しのように愚痴返しを喰らっている永嗣の姿がコンクリートにはあった。
「「あいつはちゃんとやってるのか(やってるのかしら)?」」
そんな二人の声が幾度となく響く平和な正午であった。
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