恩人M「下手な作戦もある」
翌日、五織は登校前に一条探偵事務所に立ち寄ることにした。
昨夜の一件以降、二人の様子が気が気でなかったのだ。
「はぁーーっ、出勤二日目にしてこんなに思いつめられるとか……そもそも、わたしって結局弟子にしてもらえるんだろうか……」
帰宅してからほとんど一睡もできていない彼女の目元には濃い隈ができており、彼女の不安さを物語っていた。
事務所に着くとため息混じりに木製の重い戸を開ける。
「おはようございまーーす」
元気のない五織の挨拶に一条兄妹の自宅となっている二階から琴葉が降りてきて丁寧な所作で挨拶を返す。
「おはようございます、楢崎さん。昨夜は取り乱してしまい申し訳ありませんでした」
どこか照れ臭そうな様子の彼女に五織も心なしか口元が緩む。
「いいのよ、誰だって感傷的になることくらいあるわ」
「ありがとうございます。兄もあの後はぐっすり眠られまして今朝目覚めたときにはコロリといつもの様子に戻ってらっしゃいました」
「そう、なら良かったんだけど……」
「おーい琴葉、俺のネクタイってどこにあるのか知ってるか?」
階段の上から眠たげな永嗣の声がする。五織にとって彼がこんなにも早く仕事の準備をしているとは驚きだった。
琴葉を探して永嗣が一階へと降りてくる。
相変わらず昨日出会ったときのようなだらしない格好なんだろうと思っていた五織であったが、階段から覗いた彼の姿は目を疑うものだった。
呆然と立ち尽くす五織に決まり悪そうに永嗣が突っかかる。
「おいなんだよ。他人を奇妙な物体見るときみたいな目で見やがって。警察に訴えるぞ」
「そんな理由で警察に訴えられてたまるもんか! だいたい何よその格好は⁉︎ どこよ? どこの闇ルートから手に入れたのよ? 」
ああコレか、と胸に校章の入った紺色のジャケットを開けてみせる永嗣。
彼が身に纏っていたのは公立古瀬高等学校の男子生徒の制服だった。
「昨日あの後琴葉に頼んでクローゼットにあった古いジャケットを
「枝野さん……やっぱアンタ魔術師なんじゃないの……」
「ふふっ……さぁ、どうでしょう?」
嬉しそうに不敵な笑みを浮かべる琴葉は悪戯な小悪魔のようだった。
「で? そんな格好で今日は何するつもりなのよ? 」
「はぁ? そんなの聞かなくても決まってんだろ? なあ、琴葉」
「ええ、兄さんらしいとても大胆な作戦かと思います」
ーーーーーーーー
時と場所が変わり、古瀬高校生徒通用門にて。
「おい、はーなーせ! 俺はここの生徒だぞ」
「嘘つけ、こんな酒臭い高校生がいてたまるか。ちょっと警備員室まで来てもらおうか」
「ぎゃああああああああーーッ、タスケテマイシスター」
昇降口から遠目に事態の収拾を見守る五織と琴葉。
最早言うまでもないと思うが、琴葉の安否を心配した永嗣が高校に乗り込んで日がな一日琴葉の密着警護を敢行しようとしたのだ。
無論即座に警備員に捕まり現在に至る訳なのだが。
「あなたっていつもこんなおふざけに付き合ってあげてるの?」
あまりに馬鹿らしい作戦に頭を抱える五織。
「ええ、兄さんのお望みとあらば私は何でも致しますよ?」
「アンタも大概いってるわね……」
綺麗に手入れされた革靴と室内用の上靴を交換し、教室へと進む。
並んで歩く琴葉に五織が投げやりに言う。
「まあ、今日はあなたのお兄さんの代わりに……私があなたの周りを見張るわ。だから……」
「あらあら、それはありがたいですね。じゃあ今日一日宜しくお願いしますね五織ちゃん」
「いおっ……まあいいわ。そっちこそお兄さんみたいに下手打ったらフォローしきれないからね琴葉」
二人は順番に同じ教室に入る。
学校で初めてできたーーまだ未知数の友人の背中を追いかけることがこんなにも嬉しいことだと五織は初めて知るのだった。
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