恩人M「第四の被害者」


 ーー遡ること十数時間前ーー


 ファミレスでの強制臨時バイトをなんとか終了させた永嗣は、その足で古瀬の中心街に堂々とした構えを取る古瀬警察署に向かった。


 昼食に出る前に知り合いの刑事に時間を空けるように連絡しておいたのだ。


「ヤベェ、完ッ全に遅刻だ……こりゃまたいびられるぞ……」


 永嗣の不安は的中した。


 焦げ茶色の煉瓦造りの建物の自動ドアをくぐり抜ける。


 陰鬱な永嗣を怪訝な顔で出迎えたのはこの道数十年という貫禄が表情からにじみ出ている五十代の男だった。


「……お〜いエイジ、一体お前は何時間俺を待たせるつもりだ?」


 男の瞳が永嗣を捉えた瞬間、ふっと目元の力が抜け先ほどの貫禄は何処へやら。近所の気のいいおじさんのように相好を崩す。


「すんません、御堂さん。ちょっと野暮用が出来ちまいまして……」


「なんだぁ?女でもたぶらかしてたのか? にくいねぇ」


 年に合わない軽口を叩く男ーー御堂 刻歌こっかーーは緩い動きで回れ右をし、入り口向かって正面にある鈍色のエレベーターに乗り込む。


 永嗣もそれに倣い、少し遅れて隅に同乗した。


 ベテラン刑事、御堂 刻歌。


 彼と一条家との付き合いはそれこそ、御堂の刑事歴と同じくらい長いものとなる。


 全て話せば長くなるので掻い摘んで話をすると、二代前の一条探偵事務所の所長がとある不可思議な事件に巻き込まれていた御堂少年を恐るべき魔術師の手から救い出したことが全ての始まりであった。


 これをきっかけに御堂少年は先先代の所長に憧れて一条探偵事務所に就職することを願い出たが断られ、諦められなかった彼は人を守る仕事ーー刑事を志すようになった。


 その後は探偵の権限では入手できない情報や警察の最新の捜査状況を一条探偵事務所に提供することで、影ながら仕事の手助けをしていたのだ。


 そんな職権乱用と思われることをしている御堂だが今では、小規模組織である古瀬署でほとんど全ての事件を一手に引き受けるほどの大物となっている。


 腐っても一条家の一員である永嗣にも良くしてくれているが、彼の担当である事件の場合は解決の手柄を譲ることになっている。


 これは御堂が署内で生き残るための生命線であり、それなりのリスクを負う代わりの褒賞でもあるのだ。


 チン、と呼び鈴のような音を鳴らしエレベーターが古瀬署の最上階である三階に到着する。


 そのまま二人は迷いのない足取りで誰も使っていない防音性の会議室の一つに入り、その扉にガシャリとロックをかける。


「さて、エイジ。今日は義織よしおり企画の生徒連続失踪事件についてだったな」


「ああ、そうだ。依頼人の佐倉の情報だけではどうにも動くことができなくてな」


 永嗣はあらかじめ会議室に準備されていた佐倉の用意した事件資料のコピーを摘みながら溜め息を吐く。


「そうだな。アバウトな事件発生時刻にイニシャルだけの事件被害者、それに所属学校までもがイニシャルだけときた。これじゃあ仕事にならねえな」


 御堂も呆れたようにうすら笑う。


「これ準備したやつ塾講師の知り合いの学校教師なんだろ? 個人情報やなんやのしがらみでこうなってんのは分かるが……酷いもんだ」


 永嗣はうんうんと頷き、完全な同意を示す。


「それで、御堂さん。まともな事件資料って準備できてますか?」


「当たり前よ! お前が遅れてくるもんだから当初の計画の二倍の出来の良さだぜ」


 ガッハッハと剛毅に笑いながら、御堂は議長席に置いていた自分の鞄の中から佐倉の用意したものの三倍は分厚い、紐どめされた資料を永嗣に放り投げた。


 その予想だにしない重量に重心が崩れ、前につんのめりそうになる永嗣。


 一旦手近にあった長机に置いて真剣な面持ちで中身を改める。


「これは……比べ物にならないくらい上等だな」



 被害者

 赤城 邦枝(17) 市立高浜高等学校の二年生


 井上 貴子(16) 私立武田学園の一年生


 宇崎 義男(16) 県立栗林高等学校の一年生



 失踪場所と時間帯(上から順)

 義織企画からの帰り道夜11時ごろに塾講師に目撃されたのを最後に消息不明。


 同塾に行くために部活を早めに切り上げたのを後輩が目撃。以降消息不明。


 同塾に向かわせた母親のスマートフォンのGPSから彼の居場所が消失。以下同様に消息不明。



 そこまで目を通したところで御堂が永嗣の肩を強く叩く。


「お前もそうしてりゃあ、俺の憧れた探偵に近いものを感じるんだけどなあ」


「そりゃ悪うございました」


 その後、全ての資料に一通り目を通した永嗣は御堂の用意した書類を小脇に抱えて帰途に着いた。



 ーー現在に戻るーー


「以上が俺の持ってる情報だ」


 永嗣は例の分厚い紙束を五織に手渡し、話を区切る。


「へーぇ、なるほどね」


 資料に次々と目を通し、やがて数分のうちに全て読み終えてしまう。


 紙面に向かい合うときの難しい顔から一転、晴れやかな笑顔で永嗣の濁った瞳を覗き込む。


「ねえあなた、まだ他にも資料隠してるでしょ」


「え、えーーっ? な、何のことだかワタシニハサッパリ……」


 この時の永嗣は嘘をつくのが、誤魔化すのが、隠し通すのがとても下手であった。


「いいから早く出しなさい。この資料の途中の一ページが破られてることにわたしが気が付かないとでも思った?」


 グッ……と永嗣の形勢はさらに悪くなる。


「ホラホラ、あなたが全ての情報を開示しない限り優秀な私がゲットした情報なんていつまで経っても教えてあげないわよ〜?」


「ああクソッ…………チッ……ほらよ」


 永嗣が嫌々差し出したのはズボンのポケットでグシャグシャに丸められていた、五織が指摘した通り破られた資料の一部だった。


「最初からそうしてれば良かったのよ。どれどれ……」


 スラスラと目を通していた五織だったが、その視線はある一点で釘付けになって止まった。



 第四の被害者予想……枝野琴葉。

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