恩人M「再集結する探偵」


 楢崎五織が一条探偵事務所に戻ってきたのはもう朝日が昇り始めた明朝のことだった。


「……」


 五織は事務所に戻ってきてから十分間、こうして来客用のソファに座って黙りこくっている。

 借りて来た猫のような彼女は、矢張り喋りさえしなければ異性をを惹きつける魅力を十分すぎるほどに備えていた。

 月並みな比喩になってしまうが、その姿はまるでヒトの魂を宿した生きた人形のようだった。


「おいおいお前どうしちゃったんだよ。そんなに黙り込んじまって」


 流石に業を煮やした永嗣がチャチャを入れる。


「うるさい! 誰のせいで気まずくなってると思ってんのよ」


 口調の強さとは裏腹に五織はなかなか永嗣と目を合わせようとしない。


 しかし、永嗣が他人の些細な態度の変化にまで気が回るはずもない。相変わらずつっけんどんな返答をする。


「はぁ? なんだお前、もしかしてまださっきの続きがしたいのか? あいにく俺の方がもうボロボロなんで勘弁してくれませんかねぇ⁉︎」


 身体中にできた切り傷の痛みがぶり返すのを感じながら永嗣は悲痛な叫びを上げる。


 これには五織も何かおかしい……噛み合っていないと感じたのか、キョトンと首を傾げる。


 しかし、それには先ほどの魔女のような妖艶さはカケラもなく、むしろ子供っぽいあどけなさがにじみ出ていた。


「そっちこそ何言ってんの? いきなりあんな意味不明なメールを送っといて……その態度はないでしょ」


「うふふふっ……」


 琴葉が人数分のお茶を汲みながら、応接間の隣にある給湯室で一人意味深な笑いを漏らしていた。


 そんな妹の裏工作を知る由もない永嗣の首をかしげるだけの反応に、何か色々と冷めてしまったのか誰かの思惑に反し、割と直ぐに五織は本来の冷静さを取り戻すことになった。


「もういいわ……この話はなかったことにしましょう。それで、あのメールの内容以外でも何か私に用事があるの?」


 ないなら帰るわよ、と五織はいつにも増してどこか不機嫌そうだった。


「ん、ああ用事ならあるぞ」


 奥の執務机に座っていた永嗣は、近くに置いてあった簡易な椅子を持ってきて五織の正面にどかりと座る。


「楢崎、お前さっき幽霊に襲われてた女性を家まで送って行ったよな」


「ええ、そうよ。役に立たないベテランに変わって新米の私が果穂かほさんを家まで送って行ったのよ? 感謝なさい」


 矢張りどこか傲慢な態度の五織にこめかみに青筋が浮かぶのを抑えつつ、永嗣は話を再開する。


「名前を教えてもらってるってことはそこそこ果穂……さんとは話したんだよな?」


「当然じゃない。あまり詳しくこの仕事のことは知らないけど、最低限の何をしたらいいのかくらいはわかるわ」


 無い胸を偉そうに反らしながら、五織は自身の功績を持ち上げる。


「それで……だ。楢崎、お前の得たその情報探偵事務所全体で共有したいと思うんだが……どうかな」


 そんな提案は予測していたとばかりに五織は瞬時に永嗣の発言にカウンターを入れる。


「待った。わたしだけが一方的に情報を出すのはフェアーじゃないわね」


「……何が言いたい」


 五織はソファから立ち上がり、物理的に永嗣を見下す目線を手に入れ条件を突きつける。


「あなた、佐倉さんの事件の担当の御堂刑事に話を聞きに行っていたわよね」


 首肯のみで返事をする永嗣。


 五織は華奢な身体を思い切り前に倒し、永嗣の目の前に自分の顔を持っていき今度は目線を合わせる。


「わたしにもその情報を提供なさい。その内容によっちゃ話してやらないでも無いわ」


「……」


 正直、この条件は永嗣にとって不満だらけの条件だったがここは一つ気を強く持って五織の下手に出ることにした。


「わかったよ。じゃあまず俺から話す。その話の内容次第でお前もお前の得た情報を話してくれ」


「いい返事ね。交渉成立ってことで」


 五織は今日一番の笑顔で永嗣の眼前から離れると、元いたソファに再び身体を預ける。


「それじゃ、洗いざらい吐いてもらおうかしら。御堂刑事との間で何を話したのか」


「……なんでちょっと取り調べっぽくなってるんだよ⁉︎」


「だって、この方が雰囲気でるじゃない」


 無邪気に笑う五織に不安を隠せないまま、永嗣は昼間五織がいなくなってからのことを話し始めた。

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