Gの目撃者「魔女の願いは二つ」
「で……何しにきたんだよ」
のっそりと力なく起き上がり、永嗣は魔女に事情を問う。
「何ってそりゃあ愛弟子の初出勤を見守りに来たに決まっているじゃないか」
当たり前だろう、と魔女はこともなげに言う。
よく見ると魔女の着ている墨を塗りたくったように黒いワンピースの裾は湿った土や下草の香りがする。
それを見逃さなかった永嗣は魔女に詰問する。
「おい魔女、お前いつからあいつをつけてたんだよ」
「つけてるなんて、失礼だなあ」
魔女は衣服と対照的に闇夜に映える白髪を弄ぶ。
「まあ……もちろん、あいつの家の最寄りの公園に三日前からスタンばってたけど? 」
「お前、俺と仕事変わらない? 」
呆れて笑顔の引きつる永嗣の失言に
「に い さ ん ? 」
と琴葉が見た者を無間の牢獄に閉じ込めるような闇を、それとは対照に優しく開かれた瞳にたたえ永嗣の腕を女子高生とは思えない握力で掴む。
「いだだだだだだだだーーッ⁉︎」
「何縁起でもないこと言ってるんですか? 兄さん以外の人間に一条家伝統の探偵時事務所の所長が務まるわけないでしょう? それ以前に兄さん程度の人間が古瀬の研修会で頭目なんて務められるとお思いなんですか? え? 無理無理無理無理絶対に無理です。死にます。死んじゃいます。兄さんあまりの仕事量の多さに死んじゃいますよ。それに兄さんは…………」
とめどなく溢れ出す琴葉の呪詛に一旦人としての機能を一通り失った永嗣。
終いには「ギャアアアーーッーー腕があああああああ」と断末魔の悲鳴を上げながら再び地面に倒れ伏してしまった。
それを見て魔女は夜の雰囲気に似つかわしくない甲高い声で腹を抱えて笑い転げる。
「あっはっはっは〜〜ヒィーー、お腹痛い。お前ら本当に仲良いな」
「妹の独裁政治ですけどねッ⁉︎」
他人の惨事は蜜の味とばかりに横隔膜がネジ切れるほど爆笑している魔女に、永嗣は悲痛なツッコミを入れる。
先の戦闘でも見せなかった涙を濁った瞳にキラつかせながら、永嗣は本題に入る。
「さて魔女さんよ。そろそろ教えてくれてもいいだろう」
「おいおい、ちょっと前まで『
悪戯っぽい笑いを整った顔に出したかと思うと、今度は袖を目に当て泣き真似をする魔女。
しかし、そんなボケに琴葉すらも助け舟を出してくれないことを悟ると、急に古瀬の頭領……明り採りの魔女としての見る者を震えさせるような鋭い双眸を兄妹に向けた。
それを
「まあいいや。お前たちに伝えたいことは二つ」
魔女はレースの手袋をはめた右手で「二」を表すピースサインを作ってみせる。
「一つは、言わなくてもだと思うが五織のことをよろしく頼む。今日だけでもお前らに相当な無礼を働いているのは承知している。
それでも、あの子はあの子なりに頑張っているんだ。もし、今すぐ五織をクビにすることがないのならばあと一週間は何があってもお前の元に置いてやってくれ」
頼む、と柄にもなく二人に深く頭を下げる魔女。
その姿を形容するならば「真摯」という言葉こそがピタリと当てはまるだろう。
「わかったよ。まあ、なんだ。今日のことは俺にも(なんか知らんけど)原因があったらしいからな。昼間言ってた『帰ったらクビにする』は取り消しだ」
照れくさそうに泥に汚れた頬を掻きながら永嗣は返答する。
その言葉に安心したのか、魔女は一つ深呼吸をしてから顔を上げる。
「二つ目だ。私は今から東京にある魔譚連盟の日本支部に用事があって出向かねばならない。暫く留守にすることになるから、くれぐれも用心してくれ」
「ああ、頭の片隅にでも置いとくよ」
今度は軽く流した永嗣はこちらからも質問だ、と切り出す。
「おい魔女、楢崎が素行であの三人の弟子を降ろされたってのは確かなんだな?」
魔女はきょとんとした様子で首を傾げてみせる。
彼女がすると、この仕草は妖艶にも見える。
「確かに報告書にはそう書いてあったが」
「そう……か。なら、いいんだ。向こうのお土産楽しみにしてるぜ」
永嗣は話は終わりだ、とばかりに身を翻す。
「魔女さん、大丈夫ですよ。兄さんは人との約束は必ず守る人です」
それでは私も失礼します。
そんな一言が聞こえてきそうな深く優雅なお辞儀をし、琴葉も小走りに帰路につく兄の背中を追う。
次に琴葉が背後を振り返ったときには、もう既に魔女の姿は見えなくなっていた。
唐突に永嗣が切り出す。
「琴葉、楢崎に連絡してくれ。追加でバイト代やるから一回事務所に戻って来いってな」
琴葉は不思議と自分の顔が上気したのを感じ、直ぐに五織にメールを送った。
文面は、こうだ。
「楢崎さん、兄がどうしても貴女に会いたいと申しているので一度事務所までご帰還下さいませんか?」
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