Gの目撃者「伝聞と目撃」
襲いかかっている女からは明確な意思は感じられず、まるで自身の死地を彷徨う亡霊かはたまた人為的に蘇生されたゾンビのような不気味さがあった。
「…………」
しかし、亡霊は五織の思っていた通りには動かなかった。
まるで盲目かのように、泣き叫ぶ女性に襲いかかることはなく彼女のすがり付く電柱に向けて鈍速で直進しているのだ。
そこまでの光景をたっぷり目に焼き付けると、ようやく事態を把握した五織は恐怖にうずくまって動かなくなってしまった女性に駆け寄る。
亡霊はそれにも反応することなく電柱をすり抜け、さらにその奥にある民家の壁の中へと消えていった。
「大丈夫? 怪我とかしてない?」
五織は女性の背中をさすりながら、いつよりも優しい声音で彼女の心を落ち着かせる。
「ひぃーーっ、ひぉーーっ、ふぅーーっ」
あまりにも突然に訪れた恐怖に乱れた呼吸はなかなか治らない。
そこから数分もしないうちにそこらじゅう切り傷と擦り傷だらけになった永嗣と、見る影もなく引き裂かれたトレンチコートを腕にかけた琴葉が五織に追いついた。
永嗣が銃をポケットから引き抜き、構えを取る。
「テメェ、さっきはよくも三途の川を見せてくれたな⁈ 今度はこっちの……」
その言葉が終わり切る前に、五織は鬱陶しいとばかりに口を挟む。
「うるさい。悲鳴に驚いて自分の術式を止めたのは誰よ? それに、今はそんなことであなたと争うつもりはないわ」
五織は察せ、と永嗣の瞳と腕の中ですすり泣く女性の横顔とを交互に見遣る。
先に事態に気がついたのは言うまでもなく、琴葉の方だった。
「そちらの女性が先ほどの悲鳴の主ですか?」
五織は女性の背を優しく叩き、呼吸を促しながら首肯する。
悲鳴? と首を九十度に傾げていた永嗣に琴葉が呆れた様子で説明をしている。
丑三つ時を回り、肌を突き刺すような冷風が通りを駆け抜ける。
女性が平生を取り戻すまでには、永嗣も含めた全員が状況を理解し終えた。
理解するまでに相当の時間を有した永嗣であったが、そこからの回転はいつもの馬鹿らしさを疑う、手慣れたものだった。
「なるほど……じゃあ御堂さんの情報は今回も正確だったわけだ」
「そうですね。あれを『ゾンビのよう』と形容した佐倉さんは実物を見たわけではなさそうですね」
琴葉が永嗣の確認に同意する。
「ちょっと待ちなさいよ。その『御堂さん』って一体誰?」
言ってなかったっけか、と永嗣はめんどくさそうに説明する。
「俺たちが良くしてもらっている古瀬署の刑事さんだよ。まあその代わりに毎回依頼料から一定額持って行きやがるけどな」
不服そうに毒づく永嗣に、琴葉が情報を付け加える。
「それに、佐倉さんの持ってきた事件の担当刑事さんでもあります。とは言っても古瀬署はそんなに大きくないですから殆どの事件を担当・統括されているんですけどね」
そう言うと琴葉は五織と反対側の女性の横に回り、ようやく落ち着きを取り戻し始めた彼女に事務的な質問を始める。
「こんばんは。私は一条探偵事務所に所属しております枝野琴葉というものです。もし良ければ先ほどの幽霊についてお話をお聞かせいただきたいのですが」
女性は言葉を発する代わりに大きくかぶりを振った。
それには明らかな否定のーー拒絶の意味が感じ取られた。
「私は何も知らない。あなたたちに喋ることはない。思い出させないでくれ」と。頑なものであった。
はぁ、と嘆息をついた五織が女性の肩の下に自分の肩を入れ立ち上がらせる。
「バカねえ、さっき通りで突然アレに遭遇した人が何か情報を持っているわけないでしょ?」
バカという言葉に身を硬くした琴葉を尻目に五織は女性を包み込むような温和さで話しかける。
「怖かったですね。頼りないかもしれないけど、私が家まで送ってあげるわ」
女性は初めて安堵したような表情をし、声を出した。
「ありがとうございます。一人でいるのは心細いので、私の方こそどうぞ宜しくお願い致します」
アスファルトで黒く汚れたレースのスカートを風になびかせながら、五織に支えられて女性は自宅に戻った。
その背を兄妹はぼんやりと見つめる。
「なあ、琴葉。俺魔女からあいつは性格で他の魔術師たちから弟子入りを断られたって聞いてるんだけど」
「ええ、兄さん。私たちのどちらよりも早くあの女性と打ち解けてましたね」
再び二人の間に流れる沈黙。
二人とも薄々感じてはいたが、口にしなかったことを背後から来た第三者が具現化する。
「お前たち……五織よりも性格ひねくれてるんじゃないのか?」
そこには膝を折り、地面に突っぷす二人を見て高笑いする明り採りの魔女の姿があった。
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