Gの目撃者「世界の指揮者」
二人の間の張り詰める空気は弛緩することなく、五織の心が大気にも伝わったかのような木々のざわめきが場を包み込む。
先に動きを見せたのは五織だった。
間合い的には未だ小太刀の間合いに入っていない永嗣に向けて挑発とも取れるような徒らな横薙ぎの素振りをして見せる。
本当にその動きが無駄だったかーーもちろん否、である。
途端、永嗣の足下を旋風が強襲。
脅しのように永嗣を直撃はしなかった旋風は不可視の斬撃と化し、忌まわしき火災から二年の歳月を感じさせる伸びた雑草を刈り取る。
巻き上る土煙に身を潜めさらに身体を後退させた永嗣の頬に冷や汗が伝う。
ーー楢崎五織は、強敵だ。
その一撃のみで、永嗣の直感がそう警告していた。
しかし、戦慄で縮こまる永嗣に休んでる暇など少しも無かった。
ジャブとばかりに放った斬撃と共に走り寄っていた五織は土煙を突き破ると、姿勢を崩し銃口が下を向いてしまっている永嗣に小太刀での強烈な一突きをお見舞いする。
「ひぃーーッ」
風を切る刃を耳に掠め、永嗣は息を上がらせながらもなんとか姿勢を起こす。
鮮血で妖しく光る小太刀を横目に永嗣は反撃する隙もなく、なんとか小太刀の間合いの外に逃げ果せる。
ほんの数度のやりとりで疲弊しきっていた永嗣に比べ、五織の目は未だ血の気に溢れていた。
突きで崩れた体勢を立て直すと、五織はほくそ笑みながら永嗣を挑発する。
「あら、逃げてばかりで全然反撃して来ないのね。それとも本当に手を抜いてくれているのかしら?」
「おーっほっほ」なんていうお嬢様の高笑いが聞こえてきそうな台詞を吐きながら五織は矢張り余裕綽々といった様子だ。
「う、うるせえな。手ェ抜いてやってんだから、殺す気でかかって来な」
心なしか先ほどよりも鋭い目つきで五織を睨み返しながら永嗣は毒づく。
五織の感情が逆立ったのを肌で感じ取ると、今度は永嗣が手を招き、さらに彼女を挑発する。
五織はそれを強がりと取ったのか、小太刀の間合いの外から真っ直ぐに永嗣を見据え、初撃では唱えなかった呪文を唱え始める。
「『五大四大・有象無象・森羅万象は
悠然とした構えを保つ五織の囁きに、騒めいていた風草が静まり返る。
まるでーー五織の紡ぐ言葉に世界が耳を傾けているような光景であった。
静寂に満たされた世界に、彼女は更なる命令を歌うように突きつける。
「『
掲げられた指揮棒に、世界は今か今かと沸き立つ。
彼らが各々の得物を構えたのを確認すると、五織は最後の一節に乗り出す。
「『樫の賢者の名の下に、その
瞬間、突風が彼女を包む。
永嗣は一人、別世界に取り残された気分になっていた。
「こりゃ……世界全部が敵に回ったな……」
より一層気を引き締めた永嗣に五織は容赦なく『世界』を振るう。
「『我が指揮に応えよ。操世術・
彼女の
五織の掲げる右手の上に出現したのは高密度の竜巻。
「さあ、あそこにいる馬鹿を斬り刻みなさい」
無言で振り下ろされた小太刀に従い、旋風は永嗣に向かってその猛威を振るう。
「クッ……」
先ほどと違い一直線に向かってきた無形の刃を永嗣はなんとか身を捻ってかわす。
直後、激震。
さっきまで永嗣が立っていた地面がめくれ上がる。
「まだまだ、『
五織の背後にさらに幾重もの小さな竜巻が出現。
小太刀の動きに従い、右に左に縦横無尽に永嗣を追いかける。
学習したのか、今度は銃口を構え膝を地面に突き立てて永嗣は迎え撃つ。
「流石に同じ手は何回も喰らわないぜ」
不敵な笑みを浮かべて、竜巻の一つがぶつかる前に永嗣は詠唱を始める。
「指揮者だかなんだか知らねえが、くらえ『リジェ……』」
しかし永嗣の詠唱に被せるように、二人の耳には女性の絶叫が響いた。
「キャアアああああああああああーーーーッ」
「「え……」」
時刻は既に丑三つ時を超え、とうに出歩く一般人はいなくなっているはずなのだが。
尋常じゃないほど響く叫びに近くの家でも明かりが灯り、住人が顔を出す。
対抗術式を用意していた様子の永嗣であったが、詠唱の不完成によりもちろんそれが発動するワケもなく、全方位からの極薄の斬撃に永嗣は吹き飛ばされる。
「ぎゃああああああーーッ」
追加で起こった新たな悲鳴にさらに顔を出す住人は増える。
「命拾いしたわね……これ以上はムリだわ」
研修会の掲げる「魔術が公共に露見することの防止」に従い、五織は小太刀を袋にしまう。
落下してくる永嗣を無視し、門を開け悲鳴のあった方向へと五織は走る。
敷地の外で二人の魔術戦を見守っていた琴葉は、一瞥もくれることなく走り去る五織と入れ替わるようにして門をくぐり、地面に小さなクレーターを作った永嗣の元に駆け寄る。
「兄さん、お疲れ様でした」
「ああクソ、あいつ本気で殺しに来てただろ」
ビリビリに引きちぎられた鼠色のトレンチコートを背に敷き、永嗣が愚痴る。
そんな兄を琴葉は精緻な美術品でも見るかのような優しい眼差しで包み込み、肩を貸して起こしてやった。
その一方で悲鳴の発生元に到着していた五織は自分の目を疑う光景を目撃していた。
「なによ、これは……」
腰を抜かし、言葉にならない叫びを放つちつつ、すがるように電柱に抱きつく女性を襲っていたのはなんと昼間佐倉が持って来ていた事件資料にある顔。
被害者の一人だった。
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