Gの目撃者「たった一つの意地の張り方」


 その日の深夜、琴葉が五織から受け取ったメールに従い兄妹は二人揃って古瀬の一等地にある旧楢崎邸に足を運んでいた。

 一等地ともなれば周囲で未だ出歩いている者はほとんどおらず、むしろもっと小ぢんまりとした家屋が密集する郊外の方がこの時間に限れば明るく華やかな印象を感じる。


 結局昼食の後で五織が一条探偵事務所に帰ることはなく、永嗣としては五織のメールに従うことすらすっぽかしてしまおうかとも考えていたがそれは琴葉に諌められた。


 かつては古瀬最大の豪邸がそびえていた楢崎邸跡には、今でもその荘厳さが感じ取れる青銅の門だけがポツンと取り残されていた。

 二年前の火災の爪痕だろう。ところどころ融解しているそれを力任せに開けると、そこには庭付きの高層ビル一本が建つのに申し分ないほど広大な草原が悠然と広がっていた。


 冷たい秋風になびく草本の中央に五織はただじっと立っていた。

 その服装は昼間と何も変わっておらず帰宅していないことがうかがい知れた。


「よお。お前のいう通りに来てやったぜ。要件はなんだよ」


 眠たげに目をこすりながら放たれた質問に五織は静かな怒気を孕ませ、返答する。


「あなた、昼間わたしに弟子入りする勇気がないと言ったわね」


 永嗣は片手を顎に添え、考えるような仕草をして戯ける。


「あれ、そんなこと言ったっけか? まあいいや。それがどうしたんだよ」


 永嗣は隣の琴葉が袖を引っ張り制止するのも聞かず、相変わらず人を食ったような態度で応じる。

 その態度に五織の堪忍袋の緒が切れたのは火を見るよりも明らかだった。


 五織は永嗣の問いに応えることなく足元の膝まで伸びた雑草の中から小豆色の細長い巾着袋を取り出し、その中に収められていた木製の小太刀を抜き放つ。


「あなたも知っているでしょうけど、楢崎は古いドルイドの家系でね自然との親和性が高いの。この邸も焼かれる前は小さな植物園や昆虫館があったのよ」


 地獄の河川から発せられる冷気のように聴く者を凍てつかせる声音で過去の邸を語る。五織はそのまま敷地の端で言いようのない存在感を発する巨木の切り株に腰を下ろす。


「中でも極め付きがここにあったオークの大木でね。楢崎の当主になった者はこの木が何千年とかけて吸収してきた上質な魔力の篭った杖を先代の当主から授かるのよ」


 大人が大の字になるよりも大きな切り株を優しく撫でながら、五織はもう片手に握られた小太刀を寂しそうに見下ろす。


「この小太刀は私の父が失踪した年に母からもらったプレゼントなの。この伝統のオークから作られた最後の一本の魔術師の杖。これが……この杖のに込められた力こそがわたしが弟子入りする覚悟よ」


 そう言うと五織は緩りと立ち上がり、ボーッと突っ立っている永嗣にその切っ先を向ける。

 あまりの威圧感からか、木製の小太刀に薄っすらと筋を入れる木目は真剣の刃に揺れる波紋のように見えた。

 流石の永嗣もこれには殺気を感じたのか、ゴクリと息を飲むと琴葉を自分の背後に庇いジリジリと門の方へ後退する。

 真剣そのものの顔つきで二人ににじり寄りながら五織は言葉を発する。


「枝野さんは魔術師じゃないからそちらの門から観戦してるといいわ。でも一条永嗣、あなたにはここでわたしと戦ってもらう」


 五織の冷酷な目つきと言葉に完全に気圧されてしまっている妹を追いやり、なんとか門の外に押し出した永嗣は改めて五織に向き直る。


「まあ待てよ。俺は探偵で荒事は得意じゃない。ここは探偵事務所の一員らしく推理対決に切り替えて……はくれないか」


 これ以上煽るのはよろしくないとようやく理解したのか、永嗣は鼠色のトレンチコートの内ポケットから二本の薄い直方体の板を出し、それを交差するように組み合わせる。

 トリガーが付いたほうの直方体の突起部分がもう一方のはめ込み穴に丁度収まる。

 そのまま二つの交点の真上についているダイアルを回しカチッと固定すると、そこには一丁の白銀の拳銃が完成していた。


 その光景を正面から見ていた五織は鼻で笑う。


「あら、その拳銃銃口が四角形じゃない。そんなんじゃ銃弾が真っ直ぐに飛ばないわよ」


 それとも、ハンデのつもりなのかしら? と嘲る五織に永嗣は余裕のない笑顔で笑い返しながら、こちらも少し気が立った様子で生返事をする。


自作オリジナルなんだよ、ほっとけ」


 二人の間の張り詰める空気は弛緩することなく、そのまま寂しい闇夜に浮かぶ意地とプライドの押し付け合いが始まった。

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