Gの目撃者「楢崎五織の初仕事」


 一条探偵事務所の三人は事務所から徒歩圏内にあるファミレスで昼食を摂ることにした。


 店内に入ると、少しお昼時とズレたことが幸いし直ぐに陽の当たる道路側のボックス席に通された。

 永嗣はデミグラスハンバーグを、琴葉と五織はそれぞれオニオンのペペロンチーノと三百グラムのビーフステーキを注文し三人分のドリンクバーをオーダーの際に追加した。


 汲んできたドリンクで舌を湿らせながら三人は談笑する。


「じゃあ楢崎さんの就職を祝って、かんぱ〜い」


 琴葉の音頭で三人はガラスコップをコツンと合わせる。

 中になみなみ注がれている色とりどりの液体に円を描く波紋が心地よく広がる。

 どうやら五織の歓迎会も兼ねているようだ。

(あなたたちのせいで)遅くなりましたが、と五織は改めて二人に自己紹介を始める。


「改めまして、楢崎五織といいます。明り採りの魔女の紹介でこちらでお世話になることになりました。枝野さんとは同級生なのでどうぞよろしくお願いします」


 一週間かけて魔女と必死に特訓した挨拶の台本を辛うじてそらんじる。

 細い円筒状のコップを大きく傾けながら永嗣はメロンソーダを美味そうに飲み干し、ぷは〜っ、と息をつく。


「ああ、よろしくな。魔女から大まかな事情は聞いてる。カロレッタや八段にケンカ売ったらしいな。本当に大した度胸だわ」


「いや……別にケンカを売ったわけじゃなかったんだけど……はは……」


 永嗣の言い方にやや勘違いがあるとは思いつつも五織は話題を変えてスルーすることにした。


「ところで、二人は一体どんな魔術を専門にしているの?」


 うまく切り替わった話題に琴葉が優雅にアップルティーを飲みながら答える。


「私は魔術師ではありませんよ」


 思いも寄らない返答に五織は切れ長の瞳を丸くして驚く。


「そうだったの……さっきの事務所での一件を見てから枝野さんも魔術師なのかと思ってたわ」


「んん〜?さっきの一件とは何のことですかねえ?」


 瞬時に琴葉の目に何かおぼろげなものが浮かんだ気がした。

 五織は口角を不自然に引きつらせながら懸命に笑顔を取り繕う。

 いつも学校で見る母親のような優しい眼差しに戻ってから琴葉が続ける。


「ちなみに兄さんは錬金術師アルケミストなんですよ。まあウチはそんなに名のある家系じゃないので凄腕って訳じゃありませんが、身内びいきなしでもそこそこできる方だと思いますよ」


「それで、こっちからも再度確認なんだが……楢崎、お前のここでの目的はなんだ」


 大きなあくびを生み出しながらの永嗣の問いに、五織は姿勢を正してキッパリと答える。


「一条さんを師匠として研修会に入ることよ。そしてその中でのし上がって私は楢崎を再興するの」


 五織の壮大な目標に二人は驚くか、はたまたヤジを飛ばすかと思われた。

 しかし二人は顔を見合わせて首を傾げ合うだけだった。

 思ったより薄い反応に五織はどことなく違和感と焦燥感をもった。


「おい琴葉、ちょっとズレてないか?」


「ええ、微妙にズレてますね兄さん」


 ひそひそ声でコンタクトを取り、まあいいやと永嗣は開き直ったように口を開く。


「じゃあ楢崎には当初の予定通り弟子入り認定試験を受けてもらう。内容はーー琴葉」


 はい、と琴葉が高校の制鞄から一枚のクリアファイルを取り出し、五織に渡す。

 五織は慎重に受け取ったクリアファイルの中身をそっと覗き見る。


「こっ……これは」


 中に入っていた依頼書とはーー




 古瀬動物園から猫百匹が大脱走! 一ヶ月以内に全部集めて連れてきてね♡




 というなんともふざけたものだった。


 震えだす手を抑えながら、静かに依頼書をクリアファイルにしまった五織は自分の傍にそれを置くと兄妹に激昂する。


「これは一体なんのつもりよ! わたしはこの探偵事務所が魔術に関わる事件だけを扱っていると聞いてきたのに、これじゃそこらの探偵と変わらないじゃない」


 五織が勢いよくテーブルを叩いた衝撃でドリンクが波を立てて零れ出る。

 そんな五織を宥めようともせず永嗣はメンドくさそうに抗議に応じる。


「いやぁ、猫百匹も飼ってるとかふつうにおかしくね? ほら何時ぞやのアメリカみたいに黒魔術に使われてるかも知れないしさぁ」


「茶化さないで!」


 憤りの収まらない五織の元にようやく完成した料理が運ばれてくる。

 しかし、せっかくの食事も今は五織の喉を通りそうになかった。

 目の前でムダに美味そうにハンバーグを頬張る永嗣は憎たらしく口を開く。


「まあ、依頼達成率百パーセントで失敗が許されないうちに弟子入りする勇気なんてありませんって言うんだったら、別ですけどねぇ?」


「グッ……むぅっ〜〜〜〜っ……ムキィッ…………」


 正直なところ自分に選択権はないことを五織は悟っていた。

 しかし、このまま舐められたままでいることは彼女のプライドが許さなかった。

 五織はこの依頼が最初で最後の事件になったとしても後悔はしないという覚悟の下、二人に言い放つ。


「……分ったわ。この事件依頼はわたしが受ける。でも二人とも、その代わりにちょっと今夜付き合いなさいよ……」


 二人の返事を待つことなく、五織は自分に運ばれてきた分厚い肉塊を貪るように食べ始めた。


 この後、五織が平らげたステーキの枚数が永嗣の丸々と太っていた財布を皿洗いが必要なほど、完膚無きまで滅亡させたいたことは彼女にとっても意図していない形での仕返しとなっていた。


「俺の解決報酬がっ、解決報酬がぁっ…………」


 泣き喚きながら店長に引きずられていく永嗣の目は大粒の涙でいっぱいだった。


「あいつ……次に事務所で会ったら絶対にクビにしてやる……」


 そんなやかましい兄の姿を遠目に見ながら、万札がギッシリと詰まった財布を開き自分の分だけ代金を支払って帰路に着く薄情な妹がいたことを彼は知る由もなかった。

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