Gの目撃者「白昼の依頼人」


 それからほどなくして五織が永嗣に自分の処遇を聞く前に一条探偵事務所に来客があった。

 丁度正午を過ぎたあたりで五織は少々空腹を感じていたが、しばらく我慢することにした。


「失礼、アポを取っていた佐倉という者だが」


「あら、お待ちしていました。どうぞこちらに」


 と、琴葉がカチリとスイッチを切り替えて応接間入って右手にある来賓用の赤いソファにこの佐倉という少しやつれた小作りの男を通す。


 永嗣も妹に倣い佐倉と透明なガラス張りのテーブルを挟んで対面するように近場にあった三脚を持ち寄り、気だるそうに腰を下ろす。


「どうぞ」と琴葉が茶を出したのを合図に、佐倉はそれに手をつけることなく本題に入る。


「初めまして、佐倉 一史かずふみという者だ。近隣の中学で教鞭を執っている」


「この探偵事務所の所長をしている一条永嗣だ。それで、ご用件は」


「ああ」と佐倉はお硬い印象を受ける黒い通勤鞄から透明なクリアファイルを取り出し、中に入った紙資料をテーブルに広げる。


「電話口でもお嬢さんに少しお話し致しましたが、改めて一から説明させて頂こう」


(俺は琴葉から何も聞いてないんだけどな……) 

 そんな素振りはおくびにも出さず佐倉の申し出に永嗣は首肯で応える。

 そこにはさっきまでのチャラさはどこにもなく、彼の若さから鑑みると五織には相当優秀な探偵に

 一つ咳払いをして佐倉は依頼のあらましを語り始める。


「コホン。私は教師という職業柄学習塾と提携を取って勉学についての討論会をすることがあるんだが、つい一週間ほど前の討論会で提携先の塾からおかしな質問をされたんだ」


「と、言いますと」


 永嗣が相手の話を円滑に進めるべく合いの手を入れる。

 お茶を汲んできたお盆を両手で持ちながら近くに直立している琴葉もジッと聞き入っている。


「『そちらの学校で最近イジメは起きていませんか』と」


「へえ、それはまたよくある質問じゃあありませんか」


 永嗣の返答を聞いた佐倉は顔をしかめる。


「分かってないなあ探偵さん。確かに学校ならよく耳にする文言だが相手が学習塾ともなれば話は別だ」


「そんなもんですかねえ」


 永嗣の返事が少し乱暴になる。

 しかし佐倉はそんなことはお構いなしに話を進めた。


「生徒の素行まで面倒見なきゃならん学校とは違って学習塾は成績さえ上げればいいんだから普通はこの手の問題には手を出したがらないはずなんだ」


 そこまで言うと口が渇いたのか佐倉は出されたお茶を一口飲み、さらに熱弁する。


「そこでその学習塾で講師をしている知り合いに何があったのか問い質したところ、最近巷で起きている連続失踪事件の被害者たちは全員その塾の生徒だったそうなんだ」


「はあ、つまりその連続失踪事件はその塾に通っている生徒をターゲットにしたものだと言いたいわけだな」


「まあ、そんなところなんだが。この事件に関しては塾側にも生徒たちの通っていた学校側にも警察が捜査しにきたんだが、出身校はバラバラ。矢張り共通点は同じ塾に通っていたことだけらしいんだ」


 永嗣は首をかしげる。


「それとイジメがあったかどうかってのはどこで結びつくんだ」


「ああ、その塾は個人経営でね小さなビルのテナントを丸々借りて営業しているんだが、この事件での風評被害が激しいらしくてね。もう何人もの生徒が辞めてしまったそうなんだ。向こうさんとしては学校側にイジメという形で責任をなすりつけたいらしいが……どの学校でもその問いの答えはNOらしい」


「ま、そりゃそうだわ。そんなもん認めちまったら今度は学校側の存続が危うくなるもんな」


 佐倉は問題はここからなんだ、と眉間に皺を寄せ更に深刻な表情になる。


「その失踪した生徒たちが深夜になると、どこからともなく現れてまるでゾンビのように街を徘徊し、朝方になったらまた失踪するらしいんだ」


「それってただ不良になってヤバイ薬でもやってるだけじゃないの?」


 永嗣のもっともな反応に佐倉は語気を強める。


「そんなはずはない! 彼らの中には親に教師を持つ者もいた。そんな家系の子供たちが不良に成り下がるなど、断じて有り得ない。

 それに、教育委員会が警察に要請して一応町中の不良の溜まり場を洗ってもらったが彼ら彼女らの姿は見当たらなかったそうだぞ!」


「わかった、わかったよ」


 これ以上正論を振りかざしても佐倉は聞く耳持たないだろうと永嗣は一旦会話を終わらせる。


 永嗣はこの事件に自分が関わるべきかどうか悩んでいた。


 先述した通り、一条探偵事務所は警察や他の探偵では解決不可能だった不可解な事件を専門に扱っていおり、それだけが唯一のウリといってもいい。


 下手にどうでもいい事件に関わってしまえば、幾代も受け継いできた一条探偵事務所の名に泥を塗ってしまいかねない。

 そして何よりも、自分たち以外でも解決可能な事件の依頼が殺到してしまい一条探偵事務所でしか解決できない依頼が埋もれてしまうことを危惧していた。


 だが、もし本当に佐倉の言う通りに生徒たちの不良化が原因でないとすればこれは一大事だ。警察の捜査の手が入っていて最近不良化したガキどもの一人や二人見つけ出せないはずがない。


 永嗣はうーんと唸ってだめ押しでさらに情報を引き出そうとする。


「最新の警察の捜査状況を聞いているか?」


「いや、御堂という刑事さんが主体となって捜査されているのは知っているんだが、それ以上の情報は下っ端の私には降りてこないんだ」


「……そうか、わかった。この依頼を引き受けよう」


 この質問で永嗣のこの事件への疑惑は完全に晴れていた。


 理由は……勘のいい人なら予測できただろうが、ここでは後述することにする。

 永嗣の力強い決断を聞くと、佐倉は強引に永嗣の手を握りブンブンと握手をする。


「頼んだぞ探偵。依頼が解決したら報酬は被害に遭った学校と塾からたんまりと払わせていただく」


 そのまま残っていた茶を飲み干すと「くれぐれも宜しく頼むぞ」と再三言い残し、佐倉は足早に事務所を後にした。


 その背中が見えなくなると永嗣はおもむろに立ち上がり、執務机の後ろのクローゼットから鼠色のトレンチコート取り出す。


「さて、じゃあ俺たちも行こうかね」


「さ、早速事件の捜査に乗り出すのね。私、なんだか緊張してきたわ」


 両手で握りこぶしを作りながらやる気に満ち溢れている五織を尻目に永嗣は素っ気なく返す。


「いや、昼飯だけど?」


 その言葉に思わずお腹の虫が大きな声を上げてしまったことは楢崎五織の人生でトップ3に入る黒歴史となった。

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