終章、本日の天気は『晴のちシロ』♡

終章、本文(丸ごと全部)

  終章、本日ほんじつてんは『はれのちシロ』♡



「──ふ~ん、そんなことがねえ」

 僕の長時間にわたる愛憎と悔恨かいこん追憶ついおくにまみれた昔語りは、その何とも気の抜けたコメントでめくくられた。


 今僕の腕の中には、安らかに眠り続ける赤ん坊のようなひなちゃんの姿がある。


 そう。あくまでも『ひなちゃん』であって、『なた』でも『つき』でもない。

 彼女たちは今やいったんリセットがかかった状態となり、初期状デフォルである『ひなちゃん』の意識の深淵へと眠り込んでしまっているのだ。


 そこでしかたがないので、この場に唯一残っている話し相手に向かって、僕は念を押すように会話を始めた。

「だから彼女は昔のことを思い出す必要なんてないんです。むしろいっそのこと、すべてを忘れてしまえばいいんだ。なぜなら彼女が完全に壊れくしてしまうことも、『日向』だけになってしまうことも、『月世』だけになってしまうことも、けして許されないからです。何よりも『今のまま』というのが、彼女にとっては最低ではあるもののこれ以上したに落ちることが無いという意味では、最良の状態なんです」

「へえー、ああ、そういうことだったの。いやあまさか、日向と噂の『とお巫女みこ姫様』である姉上殿とが、同一人物だったとはねえ」

 照れ隠しというかどちらかと言うと後ろめたさからか、つねごろよりもいくぶん歯切れの悪い口調で、しきりに納得したことをアピールするやまゆう副会長殿。

 しかし急に何かにひらめいたのか、ぱっと表情を明るくする。

「ということは、つまり君は実のところは『姉上殿』とではなく、今までずっと日向本人とどうせいしていたというわけなんだ」

「……ええ」

 まあ、あれが同棲と呼べるかどうかは別にしてね。

「考えてみればすごいことだね、それは。私としては限りなくうらやましい状況ではあるけれど、むしろ君にとっては『生殺なまごろし』に近い状態とでも言えるんじゃないのかい?」

 図星だ。

「一緒に住んでいるからって、まさか寝込みを襲うわけにはいきませんからね。さっき話したアレやコレやのせいで『日向』お嬢様はすっかり根源的に、男性や『人間のいとなみ』といったものを忌避きひするようになってしまっていますから。たとえ表面上は『月世』になっている状態であってもうかつなことをしてしまえば、壊してしまうか大反撃をこうむるかのどちらかでしょう。それこそさっきのポルター・ガイスト現象なんて目じゃないほどのね」

「しかし結局日向って、『ツンデレ』なのかい? それとも『ヤンデレ』なのかい? あのたかしゃ女王様と天然巫女さんの月世ちゃんが同一人物だとすると、一人時間差攻撃の特大ツンデレにも思えるけど、一人の人間があんなにころころと完全に人格を入れ替えながらも、君に対する執着心だけは変わらないところなんかは、相当重度のヤンデレとしか思えないけどねえ」

 何だそのにやけた表情は。気楽にうらやましがるんじゃねえ。少しはこっちの身にもなってみろ。


「そんなこと、僕にとってはどうでもいいことなんですよ。たとえお嬢様が『ツンデレ』であろうが『ヤンデレ』であろうが本当はただの『大嘘つき』であろうが、彼女が間違いなく僕のおさななじみの女の子であって、これからもお嬢様がお嬢様自身でありさえすれば、それでいいんです」


「それで君は永遠の『おあずけ状態』というわけか。それはそれはお気の毒様」

「いえいえ、これも僕の望んだ結果ですから」

「もしかして君って、しょうしんしょうめいの『マゾ犬』?」

「……いくら何でも怒りますよ」

 人間は自分の本質をつかれた時こそ、最も怒りを感じる──というのが真理かどうかはともかく、なぜか発言者である王子様のほうが、ちょうするように唇をゆがませた。

「怒ると言えば、なぜ君は私を処分しようとはしないのかい? それこそが天堂てんどう家のやくとしての仕事だろうに。月世ちゃんとのけんげきを見た分では相当なだれのようだったしね。私は君の大切なお嬢様を無理やり壊して自分のものにしようとしたんだよ、千万回殺してもきたらないんじゃないのかね?」

 まあ、そりゃ気にするだろうな。僕が怒りをぶつけるどころか、天堂家門外不出の巫女姫の秘密や、自分の大切なお嬢様の個人的事情をべらべらしゃべりだすんだから。『めい土産みやげ』の宅配業者かとかんぐられても無理はなかろう。

「あなたに対する愛ゆえに──と言いたいところですが、普通にそんとくかんじょうが働いただけですよ」

「損得勘定?」

「ええ。お嬢様が学園生活等において『日向』であり続ける上では、『友人』というファクターは何よりも必要不可欠なものと言えるのです。しかし性格がこの上もなくなんありなお嬢様と友好関係を築いてくださるようなとくな方は、大変貴重な存在と言わざるを得ないのです」

「……人のことを、ちんじゅうなんかのように……」

「いえいえ。昼間学園内でのお嬢様は、巫女姫というよりはむしろ天堂本家の次期当主ともくされているお方なのですから、そのご学友となられる方も、学業成績や家柄、御本人の人望や行動力等が、一定程度以上のレベルでないとつとまらないのです。その点副会長はすべての点で十分合格圏内に達していらっしゃる、格好の人材と言えるのです」

「それはそれは、お眼鏡にかなって光栄です」

「というか、やっかいで手ごわい敵は、味方に取り込んだほうが早いというだけのことですよ。これだけの秘密を明かしたのです。もう裏切らせるわけにはいきませんからね」

「怖いね。つまり私もこれからは、天堂家の守り役殿の監視下に置かれるというわけか」

 むしろ面白がっているかのように、目を輝かせている王子様。あ~あ、これ以上面倒なお荷物を増やして、どうしろって言うんだ。

「でも、今さら日向があんなひどいことをした私を、引き続き友人認定してくれるものかねえ」

「その点に関しては大丈夫です。先ほどの僕の『ひなちゃん』という言葉を聞いて、彼女は今いったん『リセット』がかかった状態となっているのです。今度目覚める時はまた新たなる『日向』と『月世』としてまっさらな状態で再起動し、基本的な設定は押さえつつも新たな人間関係や生活行動を再構築するわけであり、副会長のことは『少し油断ならないかもしれない』という属性が増えるぐらいで、以前とほぼ同様の友好関係を十分に築けるかと思いますよ」

「そうだと、いいけどねえ……」

 と、せきの念からか、いまだにじゃっかんながらも渋い顔のままの王子様。

「副会長殿にとっても、『原状回復』という線がもっとも好ましいはずですよ。むりやり壊そうとしたところで、多重人格者のお嬢様にとっては無駄なことなんです。やぶをつついてへびを出すようなもので、いちいち天堂家伝説の巫女姫本人なんかをよみがえらせていたんじゃ、守り役である僕の身がもちません。むしろ本家次期当主のじゅうせきになってずっと孤独に生きてきた彼女にとっては、『ごく普通の友人』ほど渇望かつぼうしてきたものはないとも言えるのです。つまりあなたは今のポジションのままで十分に、お嬢様をご自分のものとすることができるのですよ」

「でも君としたら、日向が普通の女子高生のままでは、本来の『遠見の巫女の守り役』としての役目が果たせないのではないのかい?」

「僕としてはあくまでも天堂家の『守り役』ではなく、お嬢様の『びと』のつもりなんです。とにかくこの『日常』さえ守れていればいいのです。それがゆいいつの願いなのですから」

 度重たびかさなる説得がこうそうしたのか、ようやく落とし所がさだまったらしく、副会長が口端を上げた。

「わかった。これまで通り日向とは『普通の友人』を続けよう。この立ち位置も私にとっては、まんざら悪いものでもないしね」

 それからなぜだか僕のほうへとニヤリとほくそ笑み、意味いみしんちょうなことを言い出す。


「しかし何だかこうして話をしていると、君ってすごい善人のように思えてくるから不思議だよね」


 思わず吹き出しそうになった。

「──どこがですか。すべてまんですよ。自身に対しても他者に対してもね。本当なら、最後にヒロインの幸せを願いつつ緑の野にはなち自由にしてやるドロボーさんになれればいいんでしょうが、それではこの現代社会では生きて行けません。彼女にはこれまで通りどんなにしがらみにまみれようとも、『日向』と『月世』の両方を演じながら生きてもらわなければならないのです」


 そして二人とも、僕がひとめにするってわけだ。……んでるよな、結局僕自身も。


「いやいや。なんか私もだんだんと、君のことが好きなってしまいそうだよ」

 げっ。やっぱり『りょうとう』だったのか、この人。

「……それはどうも。僕もこうして腹を割って話しているうちに、どことなく副会長のことに興味がわいてきましたよ」

れたね?♡」

「あくまで興味です!」

「だめかい? それならせめて私らも、『友人』ということで」

「普通の『先輩と後輩』で十分です」

「ガードがかたいなあ。そんなに『日向お嬢様』が怖いかねえ」

「一応『守り役』として言わせていただけるのなら、あなたはあまりふところ深く近づけるには、やっかいで要注意なのです」

「おめにあずかりきょうえつごく

「誉めてません!」

 まったく、これから先のことを考えると、究極の頭痛薬開発に先行投資したくなるよ。


 しかし、お嬢様のことを思えば、これほど望ましい状況もないのもまた事実であった。


 こういった刺激のある人物がつねそばにいれば、彼女の心をほどよくかしていき、いやおうなく『普通の女の子』へと近づけていってくれるだろうから──。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


「──うしお、何をしておる。早く起きんか!」


 すべてが終わってから数日後の早朝。僕のすこやかなる眠りは、突然のごうによってさままされた。


 苦心惨憺さんたん奮闘ふんとう努力の果てに、ようやく取り戻せたささやかなるこの『日常』──を満喫する余裕すらないのが、やくのつらいところであった。

「ほらほらどうした。今日もいい天気じゃぞ」

 年頃のお嬢様は何の遠慮もなく、同年代の男子の部屋にずかずかと乗り込んできて、情け容赦なくカーテンを引き開く。

「うっ」

 降りそそぐ鮮烈なあさ。とてもこれ以上ベッドに伏してはおれなかった。しかたなく僕は右足をゆかへと下ろし──

「て言うか、つき様?」

「おう、そうじゃ。見ればわかるだろう」

 窓際に立ち、まるで後光を放つ大仏様のように胸を張る少女。いや、まぶし過ぎて目が痛いんですけど。

 なぜだか得意げなしたり顔。しかもいつものひとえの上に、何の色気もないくすんだ青色のエプロン(僕のだ)をけていることが、この上もなく不安感をあおりたてる。

 しかしどういうことだ、これは。あの万年低血圧少女の月世様が僕より早起きをして、あまつさえ僕を起こしに来ただと?

「何をそんなに驚いた顔をしておる。われは心を改めたのだ。これからは何でもおぬしに頼り切ったりはせぬと。そんなことよりも早くリビングにやれ。朝飯あさめしもとっくにできておるぞ」

 ──朝飯?

 その単語を聞いたとたん、僕はだっのごとくリビングへと走った。別に猫が大好きなCMのまねをしているわけではない。むしろ未確認の爆発物処理に急行する工兵隊の気分だ。


 しかし時既に遅く、戦況は壊滅的であった。


 ガラス製のテーブルの上を我が物顔で占領している、朝食用には多すぎる食器群。表面張力が一歩およばずゆかにまでこぼれ落ちている、絶望系な色合いのスープ類。マスタード・ガスってきっとこんな感じかと想像させてくれる、殺人的な刺激臭。実際の制作現場であるキッチンの調理台や流し台等のほうの惨状は、確かめるに及ぶまい。

 さて中身はというと…………すみません。僕は前衛芸術には明るくないので、これ以上の情景描写は遠慮させていただきます。

 しかし、『なたお嬢様』のほうの料理の腕のたしかさは、家庭科等でご一緒なされている副会長から確認済みである。むろん天堂てんどう本家直系の令嬢のたしなみとして、有名な料理家の方々からご指導を受けてしゅうようを積んでいることも守り役の僕は把握している。(もちろん手料理を振る舞われたことなぞ一度もないが)

 なのにこれはいったいどうしたことであろうか。もう既に二人が同一人物であることはすべてつまびらかにされているのだ、わざとフェイクやブラフを重ねて真相をごまかす演出上の必要性はないはずである。単に僕はいじめられているのだろうか?

「さあ、遠慮のうしょくするがよい!」

 断る理由なぞどこにもなかった。拒否権がないとも言う。

 僕は覚悟を決めて手を合わせ心の中でせいとなえながら、巫女姫様の手作り料理にはしをつけた。見た目をこっぴどく裏切ってくれることをほのかに期待したが、月世様はそんな薄情な方ではなかった。

 考えてみればこのままこの状況が続けば、僕は彼女の本来の姿である日向お嬢様と同棲どうせいしたり、手料理をごそうしていただいたりすることは夢のまた夢なのである。そんなことに今さら気づいてしまったぼくは、そのやるせない想いと真っ赤に燃えるとうばんじゃん入りのみそしるあとしを得て、盛大に涙を流すのであった。

「おお、感涙かんるいするほどうまいか。そうじゃろうそうじゃろう。安心せい、おかわりならた~んとあるからな♡」

 身から出たさびとはいえ、この現況を果たしてどうしたらいいものやら。二人の昼夜の人格を入れ替えるとして、日向お嬢様はともかく月世様に学園生活なぞつとまるであろうか。

 ……ふむ。想像してみると、それはそれで面白いかもしれないぞ。

 とにかく明日からはさらに早起きをして、巫女姫様の破壊工作を未然に防ぐことが必要だ。

 自分のあるじの向上心をがいするなぞ守り役としては失格であるが、物事には限度というものがある。

 むしろ月世様は普通の家庭人としてではなく、もっと世の常識というものに変革をもたらし得る(文字通り天才と何とかとの紙一重の)アーティストとしての才能をみがくべきじゃないかと、少し逃避をしてみた。


 そんなこんなで大騒ぎ(というか四苦しくはっ?)しながら朝食を終え、とるものもとりあえず教科書をめ込んだかばんだけを手に玄関に向かったが、今日から見送りでもしてくれるつもりなのか、すかさず月世様がついてきた。


「……行ってきます」

 何だかこそばゆい気持ちになり、わざと後ろも振り返らずぼそっとそっけない挨拶あいさつだけを残してとっとと出発しようとした僕に、いきなり巫女姫様の託宣たくせんがおりた。

「あ、待つのじゃ。今日はかさを忘れてはならぬぞ」

「かさ?」

 あおぐまでもなく、頭上はピーカンより

「何をうたごうておる。我の『予報』がはずれたことなぞなかろう」

 ……たしかに。気象庁ですら的中率三割をえるかどうかというていたらくなのに、この月世様の天気『予言』が外れたことなぞはなかった。

 僕はそれ以上異論をはさむことなく、靴箱くつばこの上にあったたたがさかばんの中に放り込んだ。

 満足げにうなずく巫女姫様。守り役としては合格だったらしい。

 天気予報だけではない。このごろ『月世様』が本人の自覚のあるなしにかかわらず、なになく口にするごく日常的な『予言』は、そのことごとくが的中していた。


『月世』になりきり続けているうちに、本来の『憑坐よりまし』としての力がみがかれ、身のうちに存在する『とお巫女みこ』の血を制御することが、だんだんと上達していっているのであろうか。


 まあそんなこと、僕にとってはどうでもいいんだけどね。

 このことは本家のほうにも報告せずに、すべてにぎりつぶしているし。

 あくまで大切なのは、この何気ない日常を淡々と守っていくこと、ただそれだけなのさ。


 がんばり屋でたかしゃな『ツンデレお嬢様』がいて、てんほうでお子さまな『ヤンデレ巫女様』がいて、そしてゆうじゅうだんで本当は自分勝手な『犬のぼく』がいる。うん、これで完璧なのだ。


 自己満足にほほゆるませながら足を踏み出した僕のうなじに、何だかやけに明るい声が投げかけられきた。

「今日は『シロ』じゃぞ」

 は、何が。シロって、ボクの愛称? 城? 白?


 めんらい思わず振り返ったワンコロに、その巫女姫様はにんまりと笑った。


「おぬし前に何やら気にしておったろう。『日向お嬢様』の本日の下着の色じゃ♡」

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ツンデレお嬢様とヤンデレ巫女様と犬の僕 881374 @881374

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