第五章、その七
実際、その学園の入学式に
広大な敷地を
共学なのに生徒会長が女生徒なのも、まだまだ女子の数が
──しかし、なぜにそれが、『彼女』なんだ?
あの古びた本家の薄暗い蔵の中で初めて出会った時からこの春休みにいたるまで、一時期ブランクのあるもののほとんどずっと一緒に過ごしてきた
間違いない、あれは『
もはや何がどうなってこうなってしまったのか、さしもの僕にもとうとうわからなくなってしまった。
『日向』は、消滅したはずではなかったのか。
何よりも、彼女自身が存在していくために、
その
とにかく
……しかもサロンの中には例のオタク王子様『
その
まさか、今度は『月世』のほうが消滅したとでも言うのか。
考えてみたらこれは、元々の正常な状態に戻ったとも言えるが、それならばどうして彼女は『巫女殺し』や『両親殺し』の罪の
第一なぜ、天堂本家の当主たちを始め、学友その他身近な連中は何も言わないんだ。
様子が変だなんていう程度のかわいらしい問題じゃない。これではあの事故で死んだのは『日向』ではなく『月世』であることを、
僕は下校時間になると同時になぜだかいきなり放心状態となり、まるで
部屋に帰り着くやいなや、いまだ能面のような無表情の状態にある少女は、すぐに続いて帰ってきた僕が目の前にいるのにも構わずに、着ている服を全部脱ぎ捨てて普段着(?)の
「……なんと不用心な」
たしかに天堂家
しかしあの夢遊病的な状態は、いったい何なんだ。しかも家に帰り着くやいなや年頃の娘が、下着いっちょうの姿でだらしなく寝転んでしまったりして。
「ほら、月世様。お疲れならちゃんとベッドで寝てくださいよ」
「……うう~ん。何じゃ、ようやく晩飯か」
「ようやくって、僕も今帰ってきたばかりで──」
「ああー⁉ おぬし!」
うわっ、ちょっと⁉
何だ? いきなり人の胸元につかみかかってきたりして。
「
「え、だって、あなただってずっと学園に……」
「何わけのわからないことを言っておるのじゃ。巫女姫である
何が『愛の生活』だ。いや、問題はそこじゃない。わけのわからないのはこっちのほうだ。これじゃまるでお嬢様が二人いるような──
「……まさか、そうなのか?」
「何をぶつくさ言っておるのじゃ」
「月世様、つかぬことをお
「何じゃ」
「月世様はこれまで
「何を当然のことを」
「それではなぜ
「ふん、何を今さら。そんな腹立たしいことにわざわざ答えたくはないわ」
「いえいえ。是非とも
「そうじゃとも。おぬしの
「『あの女』、とは?」
「知れたこと、あの
やはり!「そうでしたそうでした。すっかり忘れておりました」
「ふん、とぼけても無駄じゃ。
「いえいえそんな、
さすが巫女姫様、的中率100%。すっかり他人になり切れば、自分のことでも
「そんなことはもうどうでもいいから、さっさと
「ははっ。かしこまりました」
適当な返事だけを残して、急ぎ足でキッチンへと向かう。
やっぱりそうだったのか。間違いなかった。
一見、今現在ここにいる彼女は、これまで通りの『月世』のようにも見えるが、その本質は根本的に変化してしまっているのだ。
一口に言えばこれまでの『完全なる月世』単独の存在ではなく、その身のうちに排除していたはずの『日向』をも内包している状態なのである。
言うなれば、今や彼女の人格は『二つに分裂』してしまっているのである。──しかもこの上もなく、完璧な形で。
つまり、どちらか一方に統一されたわけではなく両方共存在していて、しかも『月世』の時は完全に『月世』になりきり、『日向』の時は完全に『日向』になりきり、その上何とお互いにもう片方のことも、あくまでも『他人』という独立した存在として認識できているのだ。
考えてみれば、これほど理想的な姿はないであろう。
彼女が本来の自分であった『日向』を殺し『完全な月世』になった時、周囲もそれを認めてくれて一見すべてがうまくいっているように見えた。しかしだからといって『過去に実際に起こってしまった事件』は、けして消え去ったりはしなかったのだ。
たしかに『日向の』罪の意識は闇に
『なぜ巫女である自分が、両親や妹の不幸を事前に予知することができなかったのか』と。
心から月世になりきっている彼女は、またしても自分自身を責め始めたのだ。自分が巫女として
結局、いくら嘘に嘘をかさねて自分自身や周囲の者を
もはや彼女に残された『逃げ道』は一つしかなかった。『過去の事実』を消し去ることが無理ならば、今目の前の『現実世界』のほうを
死んだはずの『日向』のままでいても『月世』になりきっても、どうしても問題が
たとえば『日向』にしてみれば、もし今このとき自分も『月世』も生きているということになれば、あの不幸な事故など存在しなかったということになり、これ以上罪の意識に
しかも、実際の戸籍上や他人の認識上ではあくまで彼女は『天堂月世』であり、あの異常なる当主の務めなど果たす必要はなくなり、そのうえ事故以来巫女姫といえども人並みの暮らしができるようになっており、彼女のこれからの日常生活において、もはや何ら
さらに驚くべきことに、このように都合よく二つの人格を使い分けながらも、けして彼女自身が
僕はあえて彼女のこの『二重人格的状態』を、本家に包み隠さず報告することにした。
ただしあくまでも巫女としての月世の中に、死んだはずの日向の人格が
これを聞いたご当主様は、驚いたり疑ったりするよりもむしろ喜びを隠そうともしなかった。
巫女がその身に死者の霊魂を
そして自覚のない本人に合わせるため、一緒に暮らしている僕はもちろんのこと、天堂一族においても学園関係者においても彼女のことを、昼間は『天堂日向』として朝夕は『天堂月世』として、それぞれ別個の人格として
その結果として、彼女は『日向』としても『月世』としても、何の
……なるほどねえ。人間にとっての最大の幸せは自殺をすることか、さもなくば完全に狂ってしまうことだとよく言うけど、あながち間違ってはいないのかもね。
しかしこれは、非常に
たまたま
その時彼女を待ち受けているのは、過去の罪に対する断罪か。それとも、社会不適合者だという
しかもそうなる前にむしろ、こんな異常な状態を続けている彼女自身の精神が限界に達し、
彼女のアイデンティティが失われたあとに起きるのは、おそらくは『本物の
そして彼女は『魔女』の汚名を着せられ、その身を過去の
この
もし彼女の精神状態を正常に戻せたとしても、そこには過酷な現実と重大なる罪の意識が待ちかまえているだけであって、何の救いにもなりはしないのだ。
唯一できることは、彼女が自分の精神を守るために嘘で嘘を固めて
その方法はただ一つ。彼女の嘘の王国に、さらに
そしてそれができるのは、彼女の守り役であり、彼女の嘘と真実とをすべて知り
だからこそ僕は今も、彼女の忠実なる
──そう。すべては彼女が生きていくための、彼女だけの世界を
だから、ひなちゃん、君が悩む必要なんてないんだよ。
──悪いのはすべて、この僕なのだから。
一番の大嘘つきも、大切な
あくまでも僕が、僕自身のためにやっているのだから。
僕はただ、『僕ら三人だけの思い出』を、守り続けたいだけなんだ。
まだ僕らが出会ったばかりのころの、旧家の深窓のお嬢様でもなく、数百年来の伝統を誇る巫女姫様でもなく、分家の忠実な守り役の後継者でもなく、ただの
ひなちゃんはただ、君と僕が
ひなちゃんの罪も、絶望も、悲しみも、
だって僕は、ひなちゃんのためだけの、『
だから今はおやすみ、自分自身の夢の中で。
まだ『
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