第五章、その六
それから
……まったくこれじゃ先が思いやられるよ。トホホ。(ちなみに、僕が寝たのは客室ですよ)
まあ、詳しく話を聞いてみると、月世は既に寄宿制の女子校の中等部に入学しているらしく、
とにかく問題は、そんなことではなかった。
さっき試しに『ひなちゃん』の名前を出した時の、過剰なる反応を見て確信した。
彼女は間違いなく、月世ではなく『
いや、『日向』
今や彼女の中には、『日向』であった時のパーツは
それだけ彼女は悩み苦しみ闘い、その果てに勝利したのである。
彼女が自分の罪を隠し通すためには、完全に『月世』になりきるしかなかったのだ。少しでも『日向』である部分が残っていてはならなかったのである。そんな存在はけして認めてはいけなかったのだ。
たしかにあの事故以来彼女の周囲には、どんなに親しい者も含め
しかし、
当然である。いくら表面的なことばかり取りつくろい周囲を
だから彼女は自分自身である『日向』を殺し、完全に『月世』になりきろうとしたのだ。
『日向』という存在をこの世界のすべてから──自分自身の意識からさえも消し去ってしまえば、これ以上『
こうして彼女が
ただし、残された唯一の問題は、僕という存在であった。
彼女は『月世』になりきっている今も、過去に僕が二人をけして見間違わなかったことを覚えており、その結果本能的に、僕に対して強い
だからこそ再会して
さしずめ僕は彼女にとって、『
僕が彼女のことをあくまでも『つきちゃん』として接し続けているうちは、月世としてその存在が認められるものの、もしも仮に面と向かって『ひなちゃん』と呼んだりしようものなら、『巫女殺しの大罪人』として断罪されてしまうことになるのだ。
「……皮肉なものだな」
いろいろ
彼女は、狂っている。
しかし狂っているからこそ壊れているからこそ、彼女自身も周りの人々も、みんなみんな幸せになってしまったこの状態。果たしてこれ以上の皮肉な話があるだろうか。
だからといって、他人が口をはさむ権利なんてない。特にあの『月世』の無邪気な笑顔を見せられた
幸せの本当の価値は、本人にしかわからないのだから。
まあいい。一応『守り役』になることを承知したんだ。唯一すべての事情を知っている僕がずっと
それにさっきの、あのポルター・ガイスト現象のような『力』のことも気になるし。
あんなこと、『本物の月世』だってやったことはなかったはずだ。
──まさか、『かつての
天堂本家に代々生まれてきた双子の姉妹の片割れである『巫女』たちは、実は彼女たち自身に力があったわけではない。『初代の遠見の巫女』──つまりは、竜神の落とし子だと言い伝えられる本物の
巫女とは本来そういった存在であり、神や霊魂やその他超常なる者を我が身に
もちろんそれは一時的なことにすぎず、それぞれの巫女にはちゃんとした『
しかし、日向の場合はどうであろうか。
彼女は
そんな彼女が、強大なる『遠見の巫女』の力を使おうとしたら、どうなるであろうか。
自分自身の自我を守ろうともしない者など元祖巫女姫の霊力からすれば、その身を乗っ取ることぐらいたやすくできるのではなかろうか。
竜神の血を直接その身に
その神の力をあくまで人間のために使う『装置』が、
もちろんすべては僕の
とにかく、ここしばらくは『月世』のことを注意深く見守っていよう。『遠見の巫女』自体の知識に関しては、本家の大人たちのほうが断然詳しいんだから、僕が先走ってあれこれ余計なことをしなくても、よほど重大な事態にならないかぎりは大丈夫であろう。
僕は自分にそう納得させて、とりあえず今回は何も言わずに本家を
しかし、この時の自分の甘さを思い知るには、それほどの時間を必要としなかったのである。
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
「
「ええ、そうなのです」
中学最後の冬休み。いつものように本家へバイト──いや、『
「変とはいったいどういうふうに? 先ほど恐れ多くも玄関にてご本人にお出迎えいただいた時には、いつものご調子かと思われましたが」
というか、変なのが通常形態ではなかったのか?
「いえ、屋敷ではいつもの通りなのですが、実は学園での様子が少しおかしいとのことで」
「何か、問題でも?」
「ああ、ええと。それが学業成績も生活態度も共にすこぶる優秀で、何やら生徒会でも一年生ながら中心的活躍をしているらしくて」
──それはおかしい! とは、いくら何でも言いませんでしたよ。はい。
「まあ、そのことは別に構わないのですが、担任の先生がおっしゃるには、『何やら人が変わったようだ』と。何だかそれが気になって」
「人が、変わった?」
……まさか。
「それであなたには『守り役』として、現在の中学校を卒業したあと月世の通う学園の高等部に進学してもらい、様子を見守っていただきたいのです」
「ちょっと待ってください! 月世様の学園て、たしか寄宿制の女子校では⁉」
まさか僕に女装して潜入しろと? あり得る。いや、頼まれれば嫌とは申しませんよ。
「その点は大丈夫です。元々月世が中等部に入った時から、ゆくゆくはあなたに『守り役』として学園生活の補佐を行ってもらおうと思っていたのであり、理事会には当初からそのための了承を得ていて、段階的に男子生徒や通学生の受け入れを実施しており、晴れて来年度の四月から、正式に共学校として再スタートすることが決定しているのです」
──そう。我が『
しかしさすがは天堂本家、巫女姫様のためなら金も権力も
「わかりました。もとより守り役を引き受けたからには、どこまでもお供いたす
どうせ、分家には最初から拒否権はないしな。それに月世の学園の様子というのも、たしかに気になるし。
「当然、入学手続き等はこちらで手配しておきます。もちろん推薦入学ということで入試も不要です。それからあなたの住居については、新築のマンションの一室を借りる予定であり、家賃等は一切本家でもちますので。まあ一応2LDKですが、二人で住むには十分でしょう」
「二人?」
「ええ、あなたには春から、月世と一緒に生活していただきます」
「はあ?」
すごい。お
「何を驚いているのです。そもそも守り役とはそのすべてにおいて巫女姫を補佐するものなのであり、むしろこれが正しいあり方なのです」
まあ、仮にも守り役たるものが、巫女姫様に手を出したりするわけもないしね。
「それにこれは、月世本人のたっての願いなのです」
「月世様の? ──うわっ!」
「
いきなり入口の
「早よう
「いや、その、あれ?」
なんだ、いつもの月世じゃないか。
「ほほほ。ほんに潮殿は月世のお気に入りですこと。もうここはいいから、二人で遊んでいらっしゃい」
「さすがはお祖母様、話がわかるのう。さあ、行くぞ潮」
「は、はあ」
何だかうやむやに押し切られたようだが、まあいい。何もなければいいが本当に問題があるようなら、本家と離れて二人きりの環境のほうが、対策がたてやすいこともあるだろう。
何せ、本家の連中はいまだに、この月世の『正体』に気づいていないのだから。
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