第五章、その四
この日は
事故の直接の原因は、おじさんの運転する車が急に中央分離帯を飛び出し無理なUターンをしようとしたからというのが、目撃者の一致した証言であった。
あの
僕はとる物もとりあえず、本家へと向かった。
分家の者として葬儀に参列するのは当然のこととして、何よりもひとり残されたつきちゃんのことが心配だったからである。
朝からのあいにくの、いやむしろこの場にふさわしい、冷たい
僕はあたかも古い映画にでも迷い込んだかのような
どうしてあの時ひなちゃんに、あんなにも冷たく当たってしまったのだろう。
彼女の望みを
まさか彼女と、もう二度と会えなくなってしまうなんて。
その時視界に飛び込んでくる、小さな背中。
ゆっくりと振り返る、長い黒髪。
「つき──」ちゃん?
中途半端に
しかしその時の僕は、
──どうして、『ひなちゃん』が、ここにいるのだろう。
遠目でもわかる端整で無表情な人形のような顔。その身に
でも、この僕だけは違った。たとえ彼女たちが同じ
間違いない。今目に前にいるのは、ひなちゃんだ。
もしかしたら僕は
しかし、
いったいぜんたいこれはどうしたことなんだろうか。なぜ周りの大人たちは何も言わず当たり前の顔をしているのだろうか。
この
その少女は、怒りと
そう、彼女も気付いたのである。僕が
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
実際当時の
次期当主親子三人を一度に事故で
──なぜ『
当然一族の中から、月世の巫女としての資質を疑う声も出てきた。
しかし事は天堂一族全体の
もちろん
その中で
こうして月世は
いやはや。考えてみればこれはごく普通のことであり、今までが異常過ぎたのである。それを自分たち本家の都合でころころと態度を変えるなんて。天堂の大人たちの身勝手さに、
しかし、誰よりも困惑し身も心もやつれ果てるほど悩み続けていたのは、当の月世──いや、『日向』自身であったろう。
そう、予言ができなかったのも当然なのだ。何せ生き残ったのは、巫女姫ではない日向のほうだったのだから。
僕があの日、蔵を訪れたとき月世の姿がなかったのは、既にピアノの発表会の会場へと向かっていたからなのだ。
そして、何らかの理由で月世であることが発覚し、門外不出の巫女姫を外に連れ出したことに気づいたおじさんが、慌てて家に戻ろうとしたことが事故の原因だったのではなかろうか。
では、なぜ当の『本物の月世』が事故のことを予言しなかったかというと、実は巫女といえど自分の死期に関することだけは、絶対に
たとえ巫女と言っても人間なのだ。自分の死期がわかっていて
だから一見矛盾しているようにも思えるが、巫女は自身に振りかかる
とにかく一番驚いたのは、生き残ってしまった日向であったろう。
何せ、たとえ本気ではなかったとしても、自分が月世の死を願った直後の出来事だったのだから。
もちろん彼女には、よもやこんなことになるとは、知るよしもなかったはずだ。
この日月世と入れ替わったのは、あくまでも僕と一対一で会い、秘め続けてきた自身の想いを伝えたかったからにほかならない。
そこまで彼女は、
この日大切なピアノの発表会があったことさえ、忘れ去ってしまうほどに。
さらに彼女に大きくのしかかったのは、これからどうやって『生きていく』かということであった。
万が一にも自分が『月世』ではないと、見破られてしまってはならないのだ。
自分は今や『巫女殺し』の大罪人なのである。こんなことを天堂の人間に気づかれたら、どんな仕打ちにあうか想像すらもできなかった。
特に大事な
自分が月世と入れ替わったりしなかったら、自分の代わりに月世が死んでしまうことはもちろん、元々父親が運転ミスなぞすることもなく、あんな事故自体が起こらなかったのだから。
皮肉にも日向が母屋に与えられた部屋は、自分自身がこれまで使っていた部屋であり、通う学校の
家ではこれまで一緒に暮らしてきた肉親や使用人たちが自分のことを『つきちゃん』と呼び始め、学校では無邪気な級友たちがいまだに
つまり不幸中の幸いとして、ごく親しい者たちですら日向と月世の区別が明確にはついておらず、とりあえずのところ自分の『正体』が
ただし、一人だけ、その例外が存在してはいたが。
そう。あの憎くて
そして少女は決意したのである、これから自分は『月世』として暮らしていくことを。
周りのすべての人々を──そして自分自身すらをも
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