第五章、その三
──それは、僕が十一歳でひなちゃんたちが十二歳になったばかりの、ある夏の日のことであった。
本家の蔵へと呼び出された時、場所
しかもそれは
「あれ、ひなちゃんだけ? つきちゃんはどうしたの?」
日向がこうして月世の格好をして蔵の中にいれば、当然月世は日向のふりをして外に出ているわけである。しかし、それにはいつも僕という『お
「本当にうしおちゃんは、私たちのこと、絶対に間違わないわよね」
薄暗い
「入ってきて。
「あ、うん」
なぜだかこれまでにない
思えば、この暗く閉ざされた座敷牢の中で、日向と二人っきりになったのは初めてであった。
やばい、何だかいい匂いがする。
どこか遠くから、
緊張が限界に達し、僕はたまらず口を開き──
「あの」「私」
……お互い様だったようだ。
「お先にどうぞ」
「……ええ」
しかし再びうつむく少女。聞こえてくる蝉の声。突き刺さる人形の視線──。
このまま僕らはこの暗い蔵の中に閉じこめられて、無限ループをくり返すのかと思われた、まさにその時、
「──私ね、この前、『あれ』が来たの」
「え、『あれ』って……?」
ごくりと鳴ったのは、どちらの
「……
その瞬間、蝉の声が聞こえなくなった。
「うしおちゃん?」
「それは、おめでとう、というか」
こんなことを男の子に話すなんて、何だかひなちゃんらしくなかった。結局僕のことなんか、分家のはしくれとしか見ていないということなのだろうか。これがあの『天然』のつきちゃんならわかるんだけど……。
「──あ、ということは」
「うん。つきよにも、一緒に来た」
さすがは一卵性双生児、同一のDNAの持ち主。(実はこういうことには、個体差もあるそうだけど)
「あの子ったら、いくらお母様たちが説明しても理解できず、わあわあ泣きわめくばかりで、大騒ぎだったんだから」
ふむ、光景が目に浮かぶようである。
「……それにどうせ、
ぼそりとそう吐き捨てたのは、
「ひなちゃん?」
それはこちらに振り向いたとたん
「それでうしおちゃんには、お願いがあるの」
「え?」
まさか僕も、初潮のお祝いをしなくちゃならないのかな。やはり定番は赤飯だろうか。いやでも、あれは初日だけだろうし。
「私を」不意に立ち上がる日向。
「抱いて」すべり落ちる
さっきまで消滅していたはずの物音が、どくどくと頭を
目の前に見えるのは、
いまだ
だけど何よりも僕の目を奪ったのは、生まれながらの
おそらく、このような微妙な年頃になってから異性にその身をさらすことなど初めてであろうに、少女は端整な顔をわずかな
むしろ僕のほうがその堂々とした態度にひるみ、慌てて顔をうつむかせてしまう。
「な、何変なこと言っているんだよ。僕らはまだ子供じゃないか! それより服を着てよ!」
「私聞いたの、『当主の
──え?
「うしおちゃんも、知っているんでしょ?」
「……う、うん」
一応、
「私『初めて』は、うしおちゃんがいいの!」
そう叫んで、僕に
はじき飛ばされた人形たちが折り重なる。いつぞやの夜のぞき見た、両親の寝室のように。
正直に言って、その時の僕の下半身は、持ち主の表情以上に『
無理もない。視覚と触覚を
僕だって思春期まっただ中の男の子なのだ、
それでも
「そんなこと、僕にはできないよ!」
「なぜ!」
──だって、
「うしおちゃんは」
──僕は、
「私のこと」
──ひなちゃんのこと、
「嫌いなの⁉」
「──好きだから、できないんだよ!」
息がつまった。気がつけば、押し倒されていた。
「……きれい
能面のような冷たい顔で、心も
のど
「私はこれから好きでもない大勢の一族の男たちに、身を任せなきゃならないのよ! 初めてぐらい
いまだ
「──いやだめだ。僕自身がそんなことをひなちゃんとしたくないんだ。だってそれじゃ僕も、一族の他の男たちと同じになってしまうじゃないか!」
その瞬間日向の表情がわずかに
「うしおちゃんは違うよ。だってうしおちゃんは、私たちの『守り役』になるんだもん」
「もう僕、『守り役』なんかになるのは、ごめんだ!」
思わず僕の口から
そうだ、こんな狂った一族の狂った儀式の番人なんかに、誰がなるものか!
元々僕は『守り役』なんかになるべきではなかったんだ。これまでの僕ら三人だけの、ささやかなる『思い出』を壊さないためにも。
守り役と言ったところで、結局『家来』に過ぎないんだ。僕にとってひなちゃんやつきちゃんがただの
ここでひなちゃんとの間に何があろうがなかろうが、僕は永遠に分家の守り役でしかないんだ。
いや、それどころか、もしも今この場で
しかし、そんな想いは目の前の少女には伝わらず、
「何よ、『守り役』にならないなんて。私のことを捨てる気⁉」
「ちがう! 僕はいつまでも、君たちの
「うそよ! どうせ私が自分以外の男たちに
「ひなちゃん⁉」
「こんなことなら、私だって巫女として生まれたかった。男なんて大嫌い! 天堂の家なんて、おばあ様なんて、お父様なんて、お母様なんて、みんなみんな大嫌い‼ 私も月世になりたい。ううん、月世なんて死んでしまえばいいんだ! そうすれば、私が『
「
「出て行って。
僕は逃げるように、蔵から飛び出して行った。
一度も振り返ることもなく、泣き続ける少女だけを残して。
そう、僕は怖かったのである。
──幼なじみの『ひなちゃん』ではなく、女になってしまった『日向』のことが。
そして、その日の午後のことであった。日向とその両親が一緒に交通事故に
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