第五章、その二
驚くべきことに
「そんなことしてだいじょうぶなの。すぐにバレちゃうんじゃないの?」
「平気よ。私つきよのまねがうまいんだから。おばあさまたちだってだましてみせるわ」
「いや、そうじゃなくて。そもそもろうやのかぎなんかはどうするの?」
「あら、かぎなんてかんたんに手に入るわよ。私だってつきよのご飯を運んだりしているのよ」
そうなのである。座敷牢に入れているからといって、罪人みたいに監禁しているわけではないのだ。あくまでも大切な
むしろ
「だからといって、さすがにつきよを外につれ出すのはまずいわけなの。第一この子、私がついていなかったら右も左もわからないありさまだし。そこでうしおちゃんの出番てわけなのよ」
たしかにそうだよな。
しかし何でそれが、僕の出番につながるのだろう。
「決まっているじゃない。つきよが外に出るときはかならず、うしおちゃんが『ぼでぃーがーど』としていっしょに行くってことよ」
「ええー! 『ぼでぃーがーど』⁉」
「そうよ。うしおちゃんがずっとそばにくっついていて、つきよがおかしなことをして正体がばれないように見はっているわけ」
それは『ぼでぃーがーど』ではなく、『かんし』では?
「でもぼくだって、本家のことをまだよく知らないのに、だいじょうぶかな」
「しっかりしなさいよ。あなたはしょうらいの『もりやく』なんでしょ。私がついて行くわけにはいかないんだから、たよれるのはうしおちゃんだけなのよ!」
『もりやく』とか『たよれる』とかの言葉を聞いて、
「うん、わかった。ぼくがんばるよ!」
ひなちゃんが『そうめい』なのか、ぼくが『たんじゅん』なのか。
日向が生まれつきの『女王様』気質なのか、僕が『犬』体質なのか。
「ようし、さっそく今からやるわよ!」
「うん。ぼく、二人の着がえがすむまで、蔵の外で待ってるね」
「何言ってるの、こっちに来ててつだいなさいよ。着物っていろいろめんどくさいのよ」
「いや、それは、ちょっと」
「ほら、帯をひろって」
「うわっ、つきちゃん、下に何も着ていないじゃないか!」
「ばかね。これは『ひとえ』と言って、もともと下着なの」
「でもひなちゃんは、それを下着の上から着ているじゃないか」
「うるさいわね。個人のこのみはいろいろあるのよ! さあ、帯をむすんでちょうだい!」
どうやら生まれた時から日常生活のすべてを周りの人たちに任せっきりで過ごしてきた、『お姫さま育ち』の日向たちは、人前で着替えたり裸になることに
これは
こうして僕は、日向の青いワンピースを着た(ただしノーパンの)月世のエスコートを、この時初めて
たしかに日向の言葉は正しく、僕らが屋敷の中をうろちょろしていても、誰ひとり一緒にいるのが『月世』のほうだと見破る人はいなかった。
それに対して僕のほうは、姉妹が二人一緒にいるところを見ることが多いせいか、いつの間にかその微妙な差異がわかるようになっていき、たとえ片方がもう片方のふりをしていても、見間違うことがほとんどなくなっていったのである。
ただし月世個人については、せっかく自由に外に出られるようになったというのに、相変わらず人形のような無表情のままなのであった。
それでも僕はどうしても、彼女の笑顔が見たくてしかたがなかったのである。
きっとそれは、あの
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
それから一年後の夏休み。僕は再び『
もちろんその
そんなある日の、真夜中のことであった。
「──うしおちゃん。ねえ、うしおちゃんってば!」
中庭に面した
「う、う~ん」
「いつまで寝ぼけているのよ。もう、おいて行っちゃうわよ!」
わけもわからず半分眠ったままで部屋を出た時、一瞬にして眠気が吹っ飛んだ。
「ひなちゃん。しかもつきちゃんまで!」
「さあ、夜のさんぽにでかけるわよ。ねまきのままでいいから、くつだけはいてついていらっしゃい」
「いや、でも、二人ともいっしょだなんて。蔵の中を見られたら、まずいんじゃ……」
「もうみんな寝ているわよ。いいから来なさい!」
「うわっ!」
強引に腕をとられ、そのまま
「あははははははははははは」
そのまま反対側の手で自分そっくりな姉の腕もつかみ、
──空にはまんまるお月さま。青一色に
そして結局僕は、お嬢様のハイテンションがだんだんと自分にもうつってきたことを夜の女王のせいにしながら、覚悟を決めて屋敷の門をくぐり抜けたのである。
「……うわあ」
そこには満月の光を一面に浴びた、鏡のような
「どう。これぞわが一族のほこる、『
「あまがいけ?」
「そうよ。何百年も前に、この泉にねむっていた『りゅうじんさま』と、当時のてんどうの姫ぎみがむすばれて双子の女の子が生まれたの。それが『とおみのみこひめ』のたん生の伝説なのよ」
とすると、僕もあなたもドラゴンの子孫というわけですか? くそっ、いつの日かWeb小説の主人公のお約束として異世界に転生して、勇者になる夢が破れた………って!
「ひなちゃん、何を!」
「うふふふふ。うしおちゃんも早くいらっしゃい!」
少女は何のためらいもなく身につけているものをすべて脱ぎ去り、続いて姉の
派手な効果音とともに舞い上がる、激しい水しぶき。
「着がえなくていいって言ってたくせに、ねまきが水びたし……」
「ばかね、あなたもぬげばいいじゃない。それより早く来なさいよ。気持ちいいわよ!」
だから僕はしかたなく(?)、その言葉に従うことにした。
もたもたと衣服を脱ぎ捨てて、恐る恐る
しかしそんな
「きゃはははははははは」
月光を浴びきらきらと輝く
「……つきちゃんが、笑っている」
そう。それは、ずっと一人っきりで
彼女の笑顔は僕の想像通り日向にも負けないほどの、極上なる天使の微笑みであった。
「うしおちゃんも、いらっしゃいよ!」
「うん!」
元気よく答えて、二人の水合戦の間に割って入った。
「──うしおちゃん。ひなちゃん。うしおちゃん。ひなちゃん。うしおちゃんひなちゃん。」
「つきちゃんが、しゃべった!」
その声を聞くのは、初めて会ったあの日以来だ。
「……私たちの会話、ちゃんと聞いていたのね」
それからぼくらは時を忘れて、一晩中泉で遊び続けていた。
──幸せだった。
考えてみれば、こうして三人一緒に蔵の外で遊ぶのなんて、初めてのことだったのだ。
本当は、これが当たり前の姿なのである。
いつか僕らがもっと大きくなった時、『
いつまでも、この『三人の
僕らが、ずっとずっと、一緒にいられるようにと。
──しかし、崩壊の日は、あっさりとやってきたのである。
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