五、僕が『犬』になるまでに。
第五章、その一
五、
──僕がその少女たちと最初に出会ったのは、初めて訪れた
その日父親に
そしてうかつにも、お手洗いを借りたあと
小さな明かり取り用の窓しかないそのだだっぴろい空間は、夏のさなかだというのに薄暗くひんやりとしていて、いかにも『何か出そうな』不気味な雰囲気を
「……さすがは数百年の伝統を誇る旧家の蔵だよな。お仕置きでこんなところに閉じこめられたりしたら怖くて夜も眠れないよ。しかも明るいところから入ってきたばかりで視界もほとんどきかないし。いつの
まさに、その時であった。
「──あなたは、だあれ?」
暗闇の中からこぼれ出てきた、
思わず振り返り、だんだん目がなれてくるに従い、僕はあぜんと立ちつくしてしまう。
初めは、人形が口をきいたのかと思った。
何せその、ちょっとした宴会もやれそうな二十畳ほどの広い部屋は、三方の壁に設置された
僕は言葉を発することなぞ完全に忘れ果て、その自分と同じ六、七歳ぐらいの少女の姿にただただ見とれ続け、その場を立ち去ることもそれ以上少女に近寄ることもできずにいた。
彼女の天使か妖精かと見まがうほどの
その時の僕はまだ、『
しかし少女のほうはというと、こんな場所にいきなり現れた来訪者がよほど珍しかったのか、床に散らばる人形を押しのけながら迫り来て、格子
「あ、あの……」
横一文字に切りそろえられた髪の毛の下で
僕は文字通り
「そこで、何をしてるの⁉」
突然背後から響き渡る、少女の声。
思わず振り返った僕に、更なる
そう。そこでわずかに
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
少女のうちの一人とは、それからほとんど時を置かずに再会することになった。
あのあと屋敷の大広間で行われた僕のお
座の
まあ、ありていに言ってしまえば、たかだか六、七歳ぐらいの子供たちにとっては、本家だの分家だの、旧家の格式だの
特に、この古びた本家の屋敷の中でほとんど閉じこめられるようにして育てられてきた少女のほうは、初めて出会う同じ年頃の男の子である僕に対して、異常なほどに関心を寄せてきた。
「へえ、『うしお』ちゃんて言うんだ。年は六つか。私たちのほうが一つだけお姉さんだね」
「そっちは?」
「私は『ひなた』。こっちは『つきよ』よ」
「ひなちゃんにつきちゃんか。でも二人とも、すごくよく似ているよね」
「当たり前でしょ。私たち双子なんだもん」
「ふたご?」
「そう。『いちらんせいそうせいじ』って言うのよ」
なにそれ、おいしい?
「つまり、二人はきょうだいということ?」
「ばかね、女の子だから『しまい』よ。私が妹で、つきよがお姉ちゃんなの。でも生まれたのは一緒だけどね」
「はあ」
何だか女の子の世界はふくざつかいきだ。その時僕はよわい六さいにして早くも、『じょせいのしんぴ』に目覚めてしまったのだ……て言うか、結局彼女の言っていることが、その当時よくわからなかっただけである。
「ところでそっちの、つきちゃんだっけ、なぜその子はろうやなんかに入っているの? 何かいたずらでもして、おしおきされているの?」
「ちがうわよ。つきよは『とおみのみこひめ』で『もんがいふしゅつ』なんだから、外に出てはいけないのよ」
「何それ。どうして『みこ』だったら、蔵の中に閉じこめられたりしちゃうの。『みこ』って、そんなに悪いものなの?」
「何言っているの。『みこ』はこのてんどう家にとって、もっともたいせつな『しほう』なんだから。お父さまやお母さまや、『ごとうしゅ』であるおばあさまよりもえらいのよ!」
「それならなおさらおかしいよ! どうしてそんなえらい子を閉じこめたりしちゃうわけ?」
「そういえば……そうよね」
「だって、つきちゃん、なんだかさっきからずっとさみしそうだよ。つきちゃんだって外に出て、みんなといっしょに遊びたいんじゃないの?」
そうなのである。まるで先ほど僕にむかって呼びかけたことすら嘘だったかのように、その少女はあたかも人形そのものみたいに無表情のままで
少しの
「わかったわ、こうしましょう!」
「え」
「私たちで、つきよを外に出してやりましょう!」
「でも、つきちゃんは『もんがいふしゅつ』なんでしょう?」
いぜん意味はわからないけど。
「だいじょうぶよ、いいこと考えたの。でもそのかわり、うしおちゃんも手伝ってくれないとだめよ」
「ほんと? うん、やるよ。ぼくだってひなちゃんやつきちゃんと遊びたいもん」
「おとなの人たちには、ぜったいに言ってはだめよ」
「うん、ぼくら三人だけのひみつだね!」
『三人だけの秘密』──なんて
そしてこれこそが、僕にとって最も大切な、『思い出の日々』の始まりだったのである。
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