四、『巫女殺し』の儀式。

第四章、プロローグ&本文その一

 その学園の入学式にのぞんだとき、僕は非常にめんらった。


 広大な敷地をようするためにへんな山の中に建てられているのは、まあよかろう。男子と女子とで校舎が別々でしかも大きく離れているのも、元々は女子校であったので無理もないと言える。

 共学なのに生徒会長が女生徒なのも、まだまだ女子の数が大勢たいせいめていることから容認できよう。


 ──しかし、なぜにそれが、『彼女』なんだ?


 あの古びた本家の薄暗い蔵の中で初めて出会った時からこの春休みにいたるまで、一時期ブランクはあるもののほとんどずっと一緒に過ごしてきたあいだがらから言わせてもらえば、あの世間知らずの旧家の秘蔵っ子のお姫様がああして式場の体育館のだんじょうに立ち、数百名の生徒の代表として堂々と胸を張って意見を述べているなんて、とても信じられる光景ではなかった。

 本来だったらぢかな少女のけななる成長にほほらして喜びをみしめるところであるが、なぜだかその時の僕には彼女のことが、この上もなくあやうげに見えたんだ。

 まるで不安定な足元を無視してまで、懸命けんめいに背伸びをしているかのように。


 無性に胸騒ぎがした。


 今にもどうにかたもたれていたバランスが崩れ、必死に守ってきた大切なる『日常空間』にひび割れが入っていくのを、ひしひしと感じとるかのごとく。

 だから僕はその時決意したのだ。今度こそ本気で『彼女たち』のやくになることを。


 ──これ以上、僕ら三人の『思い出』を、壊してしまわないために。




  四、『巫女みこごろし』のしき



 なたは嫌い。

 日向のことを好きなうしおも嫌い。

 でも、私から潮を奪おうとする『あの女』は、もっともっと嫌い!


「……日向お嬢様、どうかなさいましたか?」


 今日も私のそばにまとわりついている、『本家の犬』。

 憎くて憎くてそれでもいとおしい、おさななじみの少年。

 だが、うしおも気がつくまい。


 今、目の前にいる私が、本当は『日向』ではないことに。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


 おかしい。何かが変だ。


 今日のなたお嬢様は、何だか様子がおかしかった。

 昨夜のつき様のこともあるし、非常に気になってしかたない。


 特に、今日は生徒会の手伝いは免除するから放課後はそのまま帰っていいだなんて、こんなことこれまでにはなかった。まさか『解雇』前の大サービスだったりするんじゃないだろうな。

 万一の時のため駅前のハローワークへとこのまま直行したいところだが、その前にやらねばならないことがある。

「ふむ。五、六時限は自主早退とするか。やく㊙スケジュール帳によると、日向お嬢様のクラスは二時間ぶっ通しの体育の授業のはずである。となれば当然クラスメイトの運動嫌いの『あの方』は、さぼって『サロン』あたりにしけこむ可能性が高いというものだ」

 そうつぶやくとともに僕は、その足を女子専用第一校舎へと向けた。

 日向お嬢様抜きでやま副会長殿と本気の会話のキャッチボールを試みるという、単刀たんとう直入ちょくにゅうに本陣に突入する最終作戦を決行するために。


 今のご主人様二人の状況をかんがみれば、もはや余裕ぶっている場合ではなさそうだから。


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「──なぜです、なぜ僕たちの関係に波風なみかぜを立てることばかりしようとするんですか。結局なたお嬢様が傷つく結果になってしまうのに。あなたは何だかんだ言いつつも、僕なんかよりもむしろお嬢様のことを好ましいと思っておられるはずでしょう」


 しかし、せいレーン学園の誇る生徒会副会長やまゆう王子様は、詰問きつもんとも言える僕の問いかけにまゆ一つ動かさず、唇に笑みすらも浮かべながらのたまった。

「それはこっちのセリフなんだけどね。まあいいや。たしかに私は日向のことが好きだ、愛しているとさえ言ってもいい」

 ……やっぱりこいつって。いやそれより、そんなことを僕にカミング・アウトされても困るんですけど。

「それならなぜ、あんなことを」


「彼女を愛しているからこそ、壊すんだよ」


 ──なっ、ちょっと、あんた。

 慌てふためく僕に構わず、王子様は今度はいきなり天をあおぎ、悲劇の舞台へとワープした。

「ふふふ。私だって不本意だがしかたがたない。そうしないと女同士である私には、日向を手に入れることはできないからね。本当に君たち男性がうらやましい限りだよ、好きな女性ができたら押し倒すだけで自分のものにできるのだから。だけどどんなに日向のことをがれようとも、今の私には物理的に彼女を手に入れる手段はないのだよ。だから壊すしかないのさ。そうすれば肉体的には無理だけど、せめて心だけは私のものにすることができるからね」

 いや、男だからといって好きになった相手をむやみに押し倒していたら、身がもたない──て言うか『よう』ですがな。それに、心を自分のものにするって、どういう意味だ?

「本当にわからないのかい? いや、わからないふりをしているだけだろう。何せ君と私は『同類』のようなものだしね」

 あっにとられる僕にしたり顔で、一方的に決めつける副会長。まさか。僕には王子様趣味も、オタク趣味もございませんが。


「個人的な外見や性格や趣味趣向の同一性のことじゃないよ。あくまでも日向への想いに関してさ。私は日向のことをこの世の何よりも愛していると言える、場合によっては自分自身よりもね」


「……」

「だからこそ私は彼女を壊したいと思ってしまうんだ。彼女を永遠に自分だけのものにするために。他の何者にも奪われてしまわないようにね」

「………………」

「どうしたんだい、急に黙り込んでしまって。君にだけはわかってもらえると思っていたんだけどね」

 ふむ。彼女と僕が『同類』かどうかはともかく、守り役として確かめておかねばならぬことが一つある。

「今、お嬢様を自分だけのものにするとおっしゃい「──あ、心配しなくてもいいよ」

 いきなりぶち切られた。あんたはあいきの達人か。

「『同類』とは言っても我々は、けして一つのものを奪い合うライバル的な関係ではなく、むしろ対象物を仲良くでることのできる、『同好の士』的な関係を築けると思うんだ」

 勝手に築くな。僕はそんなあぶなそうなサークル活動に参加する趣味はない。


「だってそうだろう。壊すっていうことは当然その結果として、精神が崩壊して『狂ってしまった』日向とつきあっていかなきゃならないということなんだよ? そんなことができるのは知り得る限り、君と私ぐらいなものだと思うけど」


 急に目の前が真っ暗になり、過去の記憶の深淵へと引きずり込まれる。

 久しぶりに会った少女の黒金剛石ブラック・ダイヤモンドの瞳が、さいなむようににらみつけてきた。

「……いやに自信家なんですね。人を狂わせたあと、どんな状態になるのか知りもしないくせに」

 世にもおかしなことを聞いたと言わんばかりに、肩をらしてこうしょうする王子様。その姿に五年前のあの日の光景が、ピントの狂った映写機のようにだぶる。

「ふふふふふ。さすがに君は大嘘つきだね。今さら何を言っているんだい、日向ならじゃないか」

 雨にれた黒髪が、ふく用にあつらえられた漆黒しっこくのワンピースにからみついている。

「そんなに彼女たちを、ひとめにしたいのかい?」

 ここに彼女がいるはずはないのに。

「大丈夫。我々ならお互いを尊重しつつ、十分彼女を共有できると思うよ」

 いてはおかしいのに。

「それならいっそのこと僕のことなんか無視して、お嬢様を自分だけで独占すればいいじゃないですか」

 なぜ、周りの人たちは何も言わないのか。

「それでは私の目的の半分も達成できないんだよ。私にとっては君も十分に必要不可欠な存在なのだから」

 ……こいつもしかして、『りょうとうづかい』だったりして。


「だって君こそが、日向を本当に壊しくしてしまえる、唯一の人間なんだから」


 まるでいまのぼくはかうんたーぱんちをくらったぼくさーゆだんしていたあまくみていたなめきっていためのまえのいっかいのじょしこうせいのことを。


 ──彼女は、すべてを知っていたのだ。


天堂てんどう日向』の本当の正体も。僕がこれまで嘘に嘘を重ねて築いてきた『日常』も。


 今も壊れ続けている少女を、見て見ぬふりしていることすらも。


「返事は急がないよ。時間はたっぷりあるからね」

 そう言い残して役目を終えた王子様は、颯爽さっそうと舞台をあとにしていく。


 演出家のOKもアイラブユーも出ないまま僕はただ、呆然ぼうぜんとその場に立ちつくし続けていた。

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