第三章、その三
僕が帰ってきてからずっと、いつものように暴力をふるってわがままなんかも言わないし。晩ご飯の準備ができたので呼びに行っても返事はないし。その
何と言うか、とてもまっとうにおしとやかで、まるで『ただの女の子』みたいなのだ。
……考えてみればこれが普通であるわけなのだが、
まあとりあえず、静かなこともいいものだ。たまには落ち着いて宿題にでも取り組むとするか。
僕だって
久々に訪れた平和なひとときを
「な、何だ、こりゃ?」
見覚えのない一冊のクロッキー帳。しかも中に入っていたのは──、
「
そこに挟まっていたのは、数々の
「盗撮か? いや、何だかみんな微妙にカメラ目線だし。まさかセルフポートレート?」
このパソコン・デジカメ全盛時代においては、もはや
──そう、今ここにある写真のように。
「うわあ。どいつもこいつもこれちょっとやばいよ。変にデジタル効果がかかっている分、強調されるべきところがより強調されているし。目のやり場に困るというか、どうしてもそこに目が行ってしまうというか。まあとにかく、副会長って着やせなさっておられたんですねえ♡」
なんて、まぬけなコメントをしている場合ではなかった。こんなことをなさりやがるのは王子様ご本人の他はない。サロンで密着してオタク談義やセクハラをやって人の気を引いているすきに、勝手に
「くそう、いったい何のつもりだ。明日にでもたたき返して、厳重に抗議してやる!」
もちろん、日向お嬢様のいないところで。こんなものを男嫌いで
とにかく宿題なんか
──そして僕は
「月世様、お風呂わいてますよ。寝る前にちゃんと入ってくださいねー」
せっかく自分の入った
運営様からの御指摘(前々回第三章第一話参照)を遵守し、最低でも十回以上自分のセリフを再確認しながら、何の気なしに自室のドアを開けると。
「──‼」
薄暗い蔵の中。閉ざされた
──そして、人形のような女の子。
一瞬にして僕は、十年前のあの日へと引き戻される。
しかし、電気もつけずに僕の部屋の中で能面のような無表情で立ちつくしていたのは、間違いなく『現在の
「月世様? こんなところで何やっているんですか………ああっと!」
しまった、写真をしまっとくのを忘れていた。慌てて机のほうに目を移すと、
「──な⁉」
思わず月世のほうへと振り返ると、改めてよく見れば彼女の右手には、護身用にいつも持ち歩いている抜き身の
「あの、つき「──誰じゃ」
「え?」
「この女は、誰なのじゃ」
初めて僕のほうへと視線を合わす少女。しかしその
「ああと、その、日向お嬢様のご学友で、生徒会副会長の久我山夕樹様とおっしゃる方でして」
「……日向の、学友」
「ええ、まあ」
「あの女の……」
急にこちらへと歩を踏み出す少女。
しかし、思わず首をすくめた僕の横をすり抜けるようにして通り過ぎたあと、彼女はまるで夢遊病者のようなおぼつかない足取りで、そのまま部屋を出ていった。
やはり、おかしい。あまりにも彼女らしくなさすぎる。
こんな写真を見つけようなら、もっと派手にエキサイトして、小型台風みたいにこの部屋全体を破壊しつくすはずだし、僕自身もただですむわけがないのである。
これでは普通のヤンデレではないか。……『
何だか妙な胸騒ぎがする。特に気になるのは、あのまるで人形のような無表情であった。
……まさか、『彼女』が?
僕は今や原形もとどめていない写真を手に、暗闇の中で途方に暮れながら、ひとり立ちつくし続けていた。
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
夜中に突然、目が
誰かに呼ばれたような、気がして。
目を開けるとベッドのすぐ横に、白っぽい影がたたずんでいた。
「……ひっ、出たあ」
などというわけではもちろんなく、それは同居しているおなじみの
「何を、しているの?」
返事は無い。
カーテンを
いや、今ちょうど
「しかと
少しもほころぶこともない作り物の真珠のような唇からこぼれ落ちる、プラスティックみたいな無機質で
何かが
視界の端で
ほのかな
そのとき僕はいつもの
──なぜなら彼女は、美しかったから。
たとえようもなく
「どうじゃ、これでわかったであろう」
「おぬしは
しかしその
──まるで
「さすればおぬしだけに、この世の快楽の限りを味あわせてやろうぞ」
月が落下してくるようにみるみる近づいてくる闇色の瞳。いつの間にか僕の両
「やめろ! 今のおまえは『月世』じゃない! ただの人形だ! 過去からさまよい出てきた『
少女の手を強引に振りほどき、ベッドの上に
「なぜじゃ、なぜそれほどまでに、おぬしは我を拒絶する。今のこの我こそが、おぬし自身が望んだ姿なのだぞ?」
「僕はそんなこと、望んではいない!」
亡霊が無表情のままきょとんとあどけなく首をかしげる。くそっ。いっそ
「おろかな。たとえどんなに日向に恋い
さすがに弁が立つな、『
「それもよかろう。じゃが我は、自分の意のままにならない
いきなり右頬に痛みが走った。続けざまに左腕、両の太ももにも。
気がつけば、本や文具類、CDやDVDやBD、衣類やクッション等が、部屋中を飛び回り、つぎつぎに僕へと襲いかかってきていた。
「やめるんだ、月世!」
「なぜその名前で我を呼ぶ。さっきは否定したくせに」
吹き荒れる突風の中で、のたうち回る
「ばかっ!
腕を取り力まかせにベッドに引きずり込み、その上に
日頃の恩義も忘れて激しくぶつかってくる、数々の愛用品。
それでも僕は必死に、月世の
「……しかたないのう」
胸元から聞こえてきたそのつぶやきとともに、突風がやにわにやみ、次々に品々が落下する。
「こうまでして
う。そっちのほうが、やばかったかも。
「
そう言って、最初から最後まで何の感情も見せず、僕の
ええと。この
しかし、
時を飛び越え、あの
──僕の最も恐れていた、『破滅の魔女』が。
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