第二章、その三
エレベーターのドアが
「
部屋の
あの大騒ぎの朝とはまるで別人のような、きょとんとした童女みたいな顔。
文字通り
しかしこれを見て、『ブラボー! コレゾ
「……何を、して、いるの?」
「
水ごりとは、神職にある者あるいはその信徒が
「そうじゃなくて。
「うしおちゃん、こわい」
「つきちゃん!」
もう
それに何だか向こうの様子も変だぞ。いつもの尊大な巫女姫
「だって、朝から血が、全然止まらないから」
はあ?
「生理なんだから、しかたないだろう」
「……せいり、って、何?」
なっ「ちょっと」待てよ、そういえばさっきから、何かいつもとしゃべり方が違うような。
いや、
「つきちゃんさあ、今年は平成何年「──これは、
あ、やばい。
何だか『人形』めいた顔つきになってきた。最初に出会った、あの蔵の中みたいに。
その紫色に
「こんなとこから血を出したりするから、私巫女の力を無くしちゃったんだもん。だから早く身を清め直して、力を取り戻さなきゃならないんだもん。だって、だって──」
やめろ、もうそれ以上は言ってはだめだ!
「私に『
気がつけば僕は、その
「お父様ごめんなさい。お母様ごめんなさい。わたしは……わたしは……」
「いいんだ、もういいんだよ。もうつきちゃんがこれ以上、悩む必要なんて無いんだから!」
シャワーから勢いよく
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
その夜、僕は泣き疲れて眠ってしまった
お断りしておくが、別にやましい考えもサービスシーンもない。冷水を浴びすっかり冷え込んだ彼女の
う〜ん。こうしていても案外、ベッドの中に大きなぬいぐるみを連れ込み抱いて寝ていらっしゃる乙女な皆さんの気持ちはわからないものだ。もっと毛深いほうがいいのかな。でもそれだと
しかしまずったな。『一日目』は特に要注意だということをすっかり忘れていた。本当に
たぶん、自分の
そう、これが『月世』だからまだいいんだ。もし『もう一人の彼女』が、あの日のことに目覚めたら……。
僕は目の前の少女を見ながら、同じ長い黒髪と純白の素肌と
いや大丈夫、彼女は『
しかし、こうして眠っていてまるで人形のような無表情でいると、『月世』も『日向』もあったもんじゃないな。何だか見ているうちに目の前にいるのがどっちのご主人様かわからなくなってしまいそうだ。ちょっと怖いけど同じ一日をシミュレーションしてみたりして。
日向お嬢様の家に押しかける→風呂場に飛び込む→抱きしめる→同じベッドで寝る。
たぶん一本目の『→』の時点でこの世から強制排除される確率87%という、コンピュータのお
「……う、うう~ん」
いかん。思いっきり調子に乗って妄想に意識をゆだねていたら、目の前のご
「──な、何をしておる!」
ようやく生気を取り戻したその
「何で
あ、いつもの状態に戻っている。
「よかった、すっかり元気になったようだね」
「よくないわ! 放さんかこの
「何だよ、いつもは自分からもぐり込んでくるくせに」
「それとこれとは話は別じゃ。いいから白状せい。いったいどんな
おお、いつもの巫女姫然としているより、こういうふうなのも新鮮でいいね。少しばかり意地悪したくなっちゃうほどに。
「たまにはいいじゃないの、こうして旧交を
「きゅうこう?」
きょとんとした表情で、暴動を沈静化する少女。
「そう。巫女姫だとか
「だめかい──いや、だめでありましょうか。それならば今からでも態度を改めまして、言葉
「い、いや、だめではないぞ!」
これまでで一番必死になって、僕のセリフをさえぎる月世。そしてまるで何か『お話』を期待する子供のように、口を真一文字に閉じた真剣な表情で、僕の顔を正面から
「つきちゃんはね」
「おう」
「少しまじめ過ぎるよね」
「むう?」
わずかに
「自分が巫女姫で無いと、『
「うぐっ」
「それで少しでも巫女の力を取り戻そうと、毎日毎日
「う、うむ」
「でもそれって、考えすぎだと思うんだ」
「考えすぎ?」
「たとえばね。僕やひなちゃんは、つきちゃんが巫女姫だったから仲良くしてたと思うかい?」
「そ、そんなことはなかろう。……たぶん」
「そうだよ。僕らはただ、つきちゃんという女の子と仲良くしたかっただけなんだ」
「──」
「巫女の力があるとか。天堂家で最も大切にされているご
「……」
「それは今この時だって、少しも変わってはいない」
「……」
「天堂本家の年寄りたちのことは知らないけど、僕はただつきちゃんやひなちゃんという、
すっかり無言化してしまっていた少女が、そっぽを向くように寝返った。あれ? 何か怒らせるようなことを言ったかな。
「……てもよい」
「はあ?」
「何度も言わせるな。
そう言って勢いよくこちらへと向き直り、すがりつくように僕の胸元にその顔をうずめる少女。
「こうしておると、何だか
ありゃ、そちら方面に行ってしまいましたか。たしかおじさんは分家からの婿養子だったから、案外僕の家系と近かったのかも。
とか何とか思っているうちに、お子さまな月世ちゃんはすやすやと再び寝息をたて始めました。そんなとこまで教育番組仕様にしなくてもいいのに。
まあいいか、今夜だけは『父親ヴァージョン』でも。
目の前には、安らかな寝息をたてている、まるで
やれやれ、眠っている時だけは『ツンデレ』も『ヤンデレ』もなく、これまた昔通りに素直そうで可愛らしいのになあ。
そう。眠っているということは、人間の中身である感情や欲望、そしてその人物を識別する個性や人格が、すべて機能停止しているということなのである。
つまり今この時だけは、僕の目の前にいるのは、『天堂日向そのもの』であると言っても過言ではないのだ。──あのあこがれの天堂本家のお嬢様にして、学園の女王様たる生徒会長の。
そんなよこしまな思いのままに、改めてその少女をじっくりと
僕の
更にはこすりつけるようにすり寄せている胸元や太ももは寝乱れた
──そして、僕の首筋をくすぐり続ける、
『ひなちゃん』、どうして君は僕に、こんなにも残酷なことをするのだろう。
その不実な唇は、目の前の女の子の寝顔を
なんて
こうして甘やかせば甘やかすほど、月世は巫女の力を失っていき、いつまでも天堂本家への帰還が果たせないままになることを、わかっていながら。
しかしそれこそが、僕の本当の『願い』なのだから。
忠実な犬のふりをして、大嘘をつき続けて、二人のご主人様を自分だけのものとするための──。
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