6.はじめての精神科

 ようやくはじめてのせいしんかについて書こうかなという気になりました。

 初めて精神科に行く話です。


 とは言っても精神科とかメンタルクリニックって大体予約制ですよね。「まずはお気軽にお電話ください!」っていうけれども、そもそも電話は全然気軽じゃないってことをメンタル扱う方々ならわかっていただきたい。

 電話苦手な方多いと思うんですけど例に漏れず私もそうです。かけるまでに数日を要するし、かけ終わった後はうずくまって号泣するくらい苦手です。ダメ元で病院にメールじゃだめですかってメールしてみたんだけど玉砕しました。

 なのでとにかく内科でもらった薬がなくなる前に行かねばならぬという強い心と、電話できたら前から気になってた大人の塗り絵本買ってもいいというご褒美制度を用意して、電話をすることにしました。

 事前に話すことをメモしておいてはいるんですが、手は震える、目の前はチカチカしてくる、緊張で心臓を吐きそうだしもうめちゃくちゃな頭のまま、飛び降りるような覚悟で通話ボタンを押しました。あの呼び出し音、本当にいやですよね。死の宣告を待つドラムロールみたい。

 電話口に出たのは女性で、社会人然としたはっきり明るい話し方をする方でした。死にかけている私には少し眩しい。どのくらいの時間だったのかはわかりませんが、思っていた以上に根掘り葉掘り聞かれました。この電話の内容で担当する先生を決めるらしく、家族構成とか生活費のことまで聞かれて驚きましたが、主治医は女性がいいか男性がいいかを選ばせてくれたのはありがたかったです。

 結局予約が取れる日は最短でも一週間ほど後で、それだと薬がなくなってしまうと伝えると「もう一度内科に行って処方してもらってください」とのことでした。私はもう、ここしばらくの通院ラッシュや電話の恐怖でへとへとだったので勘弁願いたいところだったのですが、仕方がない。自分のためでもあるしそのくらいは妥協だ、頑張ろう……と思っていたら、もうひとつ爆弾が。

「そのときに紹介状を書いてもらえるか頼んでみてください。それでどうだったかまたお電話して教えてくださいね」

 すっごいハキハキ明るい! すっごいハキハキ明るく気軽に私を刺してくる!

 私はほんと泣きそうになりながら電話だけはもう勘弁してほしいと抵抗をして、結局紹介状を出してもらえなかった場合にだけ電話をかければいいというところにまで持っていきました。もう何がなんでも紹介状書いてもらうからなと思いながら。内科のほうは看護師さんがたみんな親切で話しやすい雰囲気の方が多かったので、電話より断然ハードルが低かったです。

 実際内科へ行ったら担当の先生がいなかったのですが薬も処方してもらえたし、看護師さんも親身になって話を聞いてくれて、紹介状のことも先生に話を通しておいてくれるとのことでした。医療従事者の方々には本当に助けられております……ありがとうございます……。

 後日無事に紹介状も受け取ることができ、電話回避に成功。少し元気を取り戻しました。


 予約日当日。

 そのときのことはあんまり覚えていません。めちゃくちゃ緊張して死にそうになっていたのは覚えています。

 病院はロビーが広くて、想像していたよりずっと静かで、あからさまにおかしい人もいない。ソファーにはそこら辺ですれ違うようなごくごく普通の人たちが雑誌を見たりスマホを見たり、付き添い人とおしゃべりをしたりしていました。

 私は女医さんを希望していたのですが、なんかこう、デキる女っていうかキビキビした感じの人だったら怖いなどうしようと思っていました。偏見まるだしではあるんですけど、そういう相手だったら自分が心の内を見せることは出来ないだろうという感じ。こわい。

 でも実際は地味といったら何ですけども、落ち着いていて物静かな先生だったので大変助かりました。

 そこで私は自分の症状のこと、内科から転科してきた理由、そして聞かれるままに生い立ちや現在の状況などを吐き出すように話しました。私がどんなに言葉に詰まって間が空いてしまっても、先生は私が話し出すのを黙って待っていてくれました。うん、うん、と小さく相槌を入れながら、たぶん支離滅裂で意味の通らないような話を最後まで聞いてくれました。最後に静かに「つらかったですね」と言ってくれたことで、私は本当に、本当に救われた気分になりました。

 私は本当はずっとつらかったんです。苦しかった、救われたかった。

 でもつらくて苦しくて救いを求める私なんて、誰にもどこにも受け入れられないし、許されないと思っていました。だってみんなつらいんでしょう。みんな苦しいんでしょう。それでも見回せば誰もがなんてことない顔をしているし、世界は明るさと元気さと、女にはちょっとのバカさや愛嬌を求めている。それに沿っていない私なんて許されないし受け入れられない。見捨てられてしまう、人間カーストの下層、下手すれば外側へ落とされてしまう。

 だからずっと自分の感情や感覚を無視していました。自分の感情や感覚ほど信じられないものはありませんでした。わたしは怠けたいからつらいふりをしているんじゃないか。甘え根性で救われたがっているのではないか。苦しくて苦しくて叫びだしそうになるくちを布団で押さえながら、頭を抱えて丸まって、嵐のような苦痛が去るのを毎晩待っていました。たいしてしんどい立場にあるわけではない私がこんなに苦しがっているのが見つかったら、糾弾されてしまうような気がして怖くて怖くて仕方なかった。たいしたことないはずなのに苦しがるなんておかしいから、私は私の感情を出来る限り無視し続けてきました。

 でも先生は認めてくれた。私がずっとずっとつらかったことを。まったくの他人が、私を許してくれました。

 先生が我慢強く私の話を聞いてくれたこと、つらかったですねと言ってくれたこと、これで私はこの先生ならきっと大丈夫だと思いました。それから2年ちょっと、今に至るまで私の主治医はその先生です。


 その日は抗うつ剤、抗不安薬を処方してもらって帰りました。

 その抗うつ剤の副作用がまたひどくて、5日か6日間くらいは吐き気に悩まされてまた食事が喉を通らなくなったりしたのですが、それ以降はすっと楽になって、以来薬の量が増えても変わっても副作用に悩まされたことはありません。

 相変わらず抗うつ剤飲んでますけど、効果としてはむやみやたらにイライラしなくなったことがいちばん大きいですかね。気が触れるようなイライラ感はほぼなくなりました。それだけでもずいぶん楽です。

 いまだに抗不安薬も手放せませんが、確実にパニック発作起こすであろう東京遠征も、処方してもらっている2種類を飲めばノー発作で乗り越えられたのでありがたいばかりです。

 私は「普通」を手に入れられなかったし、ここまで来てしまったらたとえ病気が完治したとしても「普通」の称号は得られないですが、それでも精神科に行ってよかったとは思います。


 次はもしかしたらとんでもなく暗い話をするかもしれません。暗いというか重いというか。適度に軽くしていきたいね。

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