桜letter

「なー和弘。知ってるか?桜木公園の噂」


そう話しかけてきたのは、葛城悠大。俺の親友。小学生のときから一緒だ。


「ああ、知ってるよ」


「悠大くんたちもその噂聞いたの?」


そう言って俺らのもとに来たのは、小田原梢。


梢も俺ら二人と同じ小学校だった。


「亡くなった人に手紙を届けられるんだよね」


「その上、返事まで返ってくるんだと」


「今の時期だよね?」


「......探さない?」


「......雅に送るのか?」


「......」


櫻木雅。俺らのもうひとりの仲間だった。


「......そんなの嘘に決まってんだろ!」


梢が驚いてこちらを見ている。


自分でも驚くほど、きつい声が出た。


「......ごめん、俺、帰るわ」



夢中で歩き続け、気がつくと桜木公園の前に来ていた。


雅が亡くなった場所。


名前も知らぬ通り魔に刺殺された場所。


今は美しく桜が咲き誇っている。


たとえ、誰かが死んでも、何も変わっていないのだとつくづく思った。


それと同時に梢の驚いた顔が頭から離れない。


でも俺は、もう雅と関わりたくはない。


合わす顔がない。



「カズ、どうして?──」



俺は雅を



見殺しにした。





その日の夜、梢から電話がかかってきた。


ーもしもし?和弘くん?あの、今日は──


「ごめん、俺が悪かった。怒鳴ったりしてごめん」


ーううん。......私、探そうと思うの、ポスト


「どうして?本当にあるのかなんて──」


ー可能性にかけたいの。私はどうしても、雅ちゃんに謝らなきゃいけないから。


「謝る?何で梢が──」


ーと、とにかく私は行くから。明日の昼1時に桜木公園で悠大くんと待ってるから!


ガチャン!


どういうことだ?


あの時のことを知っているのは俺だけのはずなのに──。


結局俺は桜木公園に来てしまった。


「揃ったな」


声のした方を見ると、悠大と梢が立っていた。


「探しに行こうか」


梢の言葉を合図に、ポスト探しが始まった。



2時間が経過した頃、


「あった!」


梢の言葉を聞き、俺も悠大も駆け寄る。


そこには、普通のポストより一回り小さい桜色の郵便受けとポストがあった。


そして、そのポストには小さな文字で何かが書かれていた。


「なんて書いてある?」


「えっと、『このポストは死者に手紙を届け、返事が帰ってくるポストです。郵便受けに入っている桜色の便箋に相手の名前と自分の名前、本文を書いてください。このポストは貴方たちが全員いなくなると消滅します。返事が来るまで、どうか見守っていてください。』だって」


「すなわち、泊まりってこと?」


「誰かひとりだけ残る?」


「それは......皆で待とう。雅ちゃんの手紙を」


「そうだね」


「キャンプセット、家から持ってくるわ」


「ひとりずつ取りに行こう」


「いや、先に悠大と梢が行っていいよ」


「分かった。梢、行こ」


「うん」


数10分して、二人は戻って来た。


「次、和弘、行ってこいよ」


「ああ」


家に向かって駆ける。


数分で家についた。


三人の中で家が一番近いのは俺だ。


「ただいまー、母さん、家にキャンプセットあったよね」


「あるけど......何に使うの?」


「借りてくね。それじゃ」


「ちょっと、和弘、キャンプって」


「雅のために、謝るために、どうしても必要なんだ」


「雅ちゃん?......分かったわ。無茶だけはしないでね」


「分かってる」


そう言って家からまた走る。



「おー、和弘、早かったな」


俺が持ってきたキャンプセットを受け取り、早速テントを立て始めた。


「適当に食料とか持ってきたから」


「俺らもあるぜ」


「あっ、そーいえば梢、お前寝るとこどーする?」


「えっ、ここで......あっ、そっか」


「俺らもう中3だからな......でも他に場所ないよな」


「このテント広いから、離れれば大丈夫じゃない?......和弘、そんなに心配なの?」


「そーゆー訳じゃない!」


「わ、私!端っこで寝るから大丈夫」


「取り敢えず、手紙書こうぜ」


悠大の一言で俺らは手紙を書き始めた。


全員が1時間ほどかけて書き上げた手紙をポストに投函した。


あたりは少しずつ夜の色を濃くしていく。


「今6時だけど。どーする?」


「......どのぐらいで届くんだろうな。手紙」


「わりと早いのかもよ。それまで飯食べておこうぜ」


持ち寄った食料を真ん中に置き、思い思いに食べ始める。


しばらく経った頃、


カタン


郵便受けに何かが落ちる音がした。


「まさか......」


恐る恐る郵便受けの扉を開くと、3通の手紙が入っていた。


「ほんとに、来た──」


封筒にはそれぞれ、『梢へ』、『悠大へ』そして『カズヘ』と書かれていた。


この筆跡は雅だ。それに、俺のことを『カズ』と呼ぶのは雅しかいない。


テントに入り、手紙を読み始める。


梢のすすり泣く声が聞こえた。


黙々と読み続ける。


静寂がやけにうるさく聞こえた。


「......それぞれが知ってること、公開しないか?」


「えっ......」


梢が泣き腫らした目を向ける。


「それが、雅の死へ向き合うことになるのなら」


「......あたしから話すよ」


そう言って梢が話しだした。



【梢side】


「梢!今日、いっしょに帰れない?ちょっと待ち時間があるんだけど......」


「待ち時間?」


「そ、カズが部活終わるまでなんだけど」


「和弘くん?和弘くんと待ち合わせしてるの?」


「うん。待ち合わせっていうか、呼び出したんだけどね」


「呼び出し?!」


「うん」


少し困ったような顔をしている雅はとても愛らしかった。


「ご、ごめん!私、今日用事あるから。......どうだったか教えてね」


「えっ!ちょっ、梢?──」


そこから先は何も聞いていなかった。


ただ夢中で走り続けた。


「はぁ、雅ちゃんが和弘くんに......」


雅ちゃんは可愛くて男子からかなり人気がある。


そんな雅ちゃんに告白されたら、誰だってオーケーするよな。

────────────────────



「一緒に、行けば、よかったって、後悔、してる。......っつ、ごめんね、雅ちゃん、ごめんね.......」


「梢......お前のせいじゃない。俺が、悪かったんだ」


「......どういうこと?」


「俺もあの日、雅に会ったんだ──」


悠大が話し出す。



【悠大side】


部活が終わり、桜木公園を通りかかった。


「悠大!」


公園の方に目をやると、雅が手を振っている。


雅のところへ向かう。


「こんなおそくにどうした?」


「カズを待ってるの」


「和弘?でももう暗いぞ」


「でもここに悠大がいるってことは、もうすぐ来るってことでしょ」


「まあ、な......それよりさ、和弘に用って──」


「秘密!」


そう言って無邪気に笑う雅を思わず抱きしめた。


「えっ!ちょっと──」


「好きだ」


「悠大──」


「雅のこと、ずっと好きだった。だから、和弘のところになんか......」


「......ありがとう。でも、ごめんなさい」


「......急に、悪かったな。......じゃあな」


公園を出て振り返ると、雅は泣いているように見えた。


いろいろ考えていて前から来る男性に気づかず、ぶつかってしまった。


「すいません」


その男性は、こちらを見ることもなく、桜木公園に入っていった。


「何だ?」

────────────────────



「その男、様子がおかしかったけど、俺ほっといたんだ。でも、雅が殺されたっていうニュース見て、あいつだったじゃないかって──」


「悠大──」


「俺があの時、もっと気にかけていたら、強引にでも家に帰せば、雅は、雅は──」


「悠大!」


俺の声に反応して、真っ赤な目を俺に向ける。


「お前のせいなんかじゃない。......俺のほうが、たちが悪い。......救えたのに、救えなかった」


「和弘くん?」


「......俺は雅を......見殺しにしたんだ」


【和弘side】


やっべ、約束の時間過ぎてる!


まだいるかな?


部活終わりに友達と話し込んでいたらすっかり遅くなってしまった。


「雅、まだいんのかな?」


約束の時間を30分も過ぎていたが、取り敢えず、桜木公園へ行ってみた。


「雅!まだいるか?」


声をかけると、桜の木の下のベンチに座っていた。


駆け寄って行く途中、背後に男の影が見えた。


手に持っているものが光を反射して輝いている。


それが雅に向かって振りかざされる。


その途端、それがナイフだと気づいた。


「雅ー!」


男は走って逃げ去り、雅が崩れ落ちる。


「雅、雅──」


抱き上げると、背中から生温かい液体が溢れ出て、俺の服を真っ赤に染めていく。


「血、血が、雅、雅──」


「カズ、どうして?──」


大きな瞳から涙を1粒だけ零して、俺の腕の中で息絶えた。

────────────────────


「俺がもっと早く行っていれば雅は死ぬことはなかったんだ。最後の言葉だって、完全に......嫌われたよな、俺」


「......手紙には?なんか書いてなかったの?」


「手紙?そー言えば......この二枚しかないよ」


「貸して」


梢に手紙を渡す。


「この封筒......二重になってる」


そう言って中からもう一つの封筒を取り出す。


そこにはこう書かれていた。


『私は、カズのことを恨んではいません。だって死ぬ運命だったから。私は病気で、余命が僅かでした。あの日はカズにそのことを伝えようとして、呼び出しました。カズだったら真剣に聞いてくれるんじゃないかって。

あの日、刺された時、運命だと思っておとなしくいなくなろうと思いました。それなのに、カズは私の前に現れました。後悔なく死ねると思ったのに、カズを見て、後悔を見つけてしまいました。それは、カズに告白できなかったこと。でも、この手紙で後悔は無くなりました。私を思い出してくれてありがとう。私のことで泣いたりせず、思い出して笑ってください。いつも笑顔でいてください。それが私の最後の願いです。バイバイ、カズ、大好きです。』


「み、雅......っつ、雅ー!」


「雅ちゃん、病気ってっ、知らなかったっ、雅ちゃん──」


「嘘、だろ」


俺も悠大も梢も泣いた。


只々泣き叫んだ。




僕たちがようやく落ち着いた頃、僕は静かに切り出した。


「......今日はさ、皆で語り合わね?......雅との思い出をさ。それで、笑おうよ。雅の願い叶えよ」


「そう、だね」




聞こえてる?


皆で雅の話をしたよ。


たくさん笑ったよ。


ねぇ、雅。


僕も君のこと、大好きだったよ。


君が息絶えたのはこの桜の木の下だったね。


僕は一生、君のことを忘れないよ。


君の大好きな桜が、今年も満開だよ。


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桜letter 夜桜アイリス @airis4097

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