第4話

「被害者たちは一様に同じ身長・同じ体重・同じ血液型・同じ体脂肪率の中から選ばれて狙われている」


 言いながら私、『ジェーン』……もとい、匂坂湍は思考する。考える時は言葉に出すのが一番いい。勿論誰もいないところで、と言いたいところだけれど、相方である『ロビン』と離れる事は原則出来ない。組織――『DOLL』にはいくつかの変わった罰則があって、それがバディの解消や崩壊も含んでいる。まあ、『探偵』の相方が『殺し屋』なんてのもちょっとは馬鹿馬鹿しいけれど、それにも慣れてしまった。父が事故で死んで、高校を辞めざるを得なくなった時から。


「やあお嬢さん、良い職があるんだけれど食いつく気はないかな?」


 十四・五歳程度だろう、真っ黒な服に身を包みシンプルな銀の十字架を首から下げた少年とも少女ともつかない中途半端な長さの髪をして、どんぐり色の大きな目を開き私を見上げにぃぃっと笑ったその子を、私は後に『社長』と呼ぶことになる。


「……子供が変なことしてると怒られるわよ。私、自慢じゃあないけれど地元の警察の信頼は厚いの」

「子安警部や緑川警視かい? 僕も彼らとは仲が良いんだ」


 少女は一人称を『僕』とした。

 なんでそんな事を知って。

 思わず後ずさると、いつの間にかそこには背の高い無精髭を生やした男が佇んでいた。

 道の前と後ろをふさがれて、走って逃げる事も出来ない。

 のちにその人がテレポーターの『スノウ』だと、知る事になる。


「何、怪しいが仕事は真っ当さ。失せ物探しに誘拐・殺人事件の解決。特に変な事もない、まったく真っ当な『探偵』業務だ」

「『探偵』……」


 『あんたは私を人殺しにしたのよ、湍!』

 ……真実を暴くことが遺族を慰めることに繋がるとは、決して限らない。私はそれを知っている。だから安易にその言葉を使うその子が、ちょっと憎らしく思えた。探偵。探り、偵うこと。昔からの聞き癖は私をちょっとだけ他の人より物知りにさせ、その知識は役に立った事がないとも言えない。でも、今はそんな気分にはなれなかった。双子の親友。殺された妹。だけど真に狙われていたのは姉の方だった。理由は、男と歩いていたから。自分が思いを寄せているというのに。でもそれは妹の方だった。妹には恋人がいた。出会い頭に容疑者を殴ってしまうような、恋人がいた。それだけ喪失を悲しむ、恋人がいた。

 姉にはそいうった相手もなく、むしろ恋愛を遠ざけている節があった。過去に手痛い失恋をした、とは噂で聞いたことだけれど、決して男の子からの告白に『Yes』とは答えなかった。あたしには雛罌粟がいるもんね、と笑っていた雛菊。私が人殺しにしてしまった雛菊。彼女達が双子であることは、学校では周知の事実だったけれど、校外では勿論そんなに知れ渡ってはいなかった。明るい方と穏やかな方。なんて曖昧な分け方。しいて言うなら二人が長い髪をサイドテールにしていて、雛罌粟が右側に、雛菊が左側にしていたことぐらいだろう。それも、結局は犯人を混乱させるだけだったけれど。双子だと気付いたのは妹の葬式の時だったと、犯人は証言した。商店街の二階に部屋を借りていた浪人生の彼は、明るく街を行く女子高生たちが殊更眩しく見えたのだという。中でも女友達に囲まれている雛菊が羨ましくも鬱陶しかったのだと。そうして間違えられて殺されたのは、雛罌粟だった。一卵性の双子。一人になった瞬間の殺害。腹にナイフを刺し、ご丁寧にそれを抜いて、去って行ったとは『目撃者』の証言。警察の初動捜査はその『目撃者』の所為で遅れてしまったけれど、『目撃者』の詳細なモンタージュですぐに犯人は捕まった。部屋に持ち帰っていたナイフから出たルミノール反応が出たの決定打だったのだと言う。


 その後の事は知らず、私はただ二人の親友を失い、父まで事故で喪ってしまっていた。そんな私に『仕事』なんて、馬の前に人参をぶら下げるような行為だった。それでも、その言葉は嫌だった。『探偵』。私はまた、人殺しを作ってしまう。考えると恐ろしくてぞっとした。雛菊は学校を休学している。彼女たちの両親は離婚するかしないかの話し合いをしているらしい。妹二人は自殺しようとしているところを未遂で見つかった。葉桜ちゃん。夜桜ちゃん。弟達二人は極端に外出を怖がるようになり、友達がいないと外に出られなくなったと言う。躑躅つつじ君。柘榴ざくろ君。六人の姉弟と一組の夫婦を、壊したのは私? 犯人? どっちだったって言うんだろう。


「なんで……私にそんな話を、持ち掛けるの」

「僕はイル」


 私を無視して少女は名乗る。


「情報ネットワーク『DOLL』の最高責任者にして統括者だ。その僕が君に目を付けた理由が知りたいかい? 匂坂湍君」

「『DOLL』……」


 噂には聞いたことがある、隣のマンモス校を牛耳っている情報ネットワークの事?


「君は実に優秀な人材になる。そんな卵を高校中退のままでいさせるのは惜しい。だから僕が君にやってほしいのは、ちょっとした勉強と、『探偵』としての仕事さ。簡単だろう? 数学は人を裏切らない。人は数学をよく裏切るがね。そうしてそうだな、大学――学部は勝手に決めてくれて構わない、そこまでは行ってもらいたい。学校は人の入り混じる場だ、君の観察眼は磨かれ生かされるだろう。だが少し特殊な大学だ。だから特殊な事件が起こるかもしれない」

「……どこの、大学?」

「私立十波ヶ丘大学」


 変な噂でいっぱいの、とびっきり難関な私学だった。



「『ジェーン』、口が止まってる」

「え、あ、うん、ごめん」

「別に悪くない」

「うん」


 組織――『DOLL』に加入するために必要とされたのは、コードネームぐらいだった。いくら知った顔でもそれと解らないように。私も『DOLL』内であんなに知った顔に会うとは思っていなかった。勿論知らない顔もいて、そういう人達はコードネームで覚える方が早かった。私のコードネームである『ジェーン』は、英国の推理作家であるアガサ・クリスティの著作に度々登場する老嬢探偵から取ったものだった。相棒の『ロビン』は、『殺し屋』なのに殺される方――駒鳥、ロビンを取っているのがちょっとだけ滑稽だった。と初めて会った時に言ったら、俺は社会に抹殺されたんだ、なんて肩を竦めて言った。薄い茶色に染められた髪、夜でも外さないサングラスは組織の端末だ。見ているものをすべて記録して、『本社』にある数台のスパコンに保存しているらしい。目線の方向さえも。それにしても、いくら馬力のない電気自動車だって、夜にサングラスで乗せられるのはちょっとした恐怖だった。最初は。今はもう、慣れちゃったけれど。


「体脂肪率まで解るのは――誰だ? 学生ではない。会社もバラバラ。健康診断――」


 私は手持ちの携帯端末に、眼を落す。


 連続女性殺害下半身持ち去り事件、と呼ばれているこの事件が気になると言っていたのは『社長』だけど、世間の皆が気になっていることだろう、こんなのは。それ以上に気になるのは、まあ、プライベートな事だ。あまり言及したくない。被害者は四人、犯人は捕まったら確実に死刑コースだな。なんて考えながら、弁護士も抱えている組織の奥深さを思い出す。検事はいないな、そう言えば。まあ警察がいるから必要ないと言えば必要ない。この前の雪山以降会ってないけれど、諏佐警視――もとい『セノオ』もこの事件には頭を悩まされているだろうな。

 共通点が身体だけの、ほぼ無差別な殺人。持ち帰られた下半身の使い道。レイプ願望をこじらせた異常性癖者ではないか、なんて言われているけれど、それはちょっと賛同できなかった。生臭いだけだ、死体なんてのは。それに欲情すると言われたら、どうなんだろうと流石にプロに意見を聞きたい。私と同じように後ろ暗い事情でまともに就学・就職出来ず十波ヶ丘大学を出されて精神科医をやっている『リィ』辺りにでも聞いてみるべきなのか。元は魔女だったのよ、なんていう彼女は確かにくるくると心のしこりを解いてくれるから、比較的気安く出来る方だ。と、閑話休題。


 私は『DOLL』の端末に、被害者たちの職場を入力していく。そして検索したのは、各社が健康診断を任せている病院だ。会社自体は五キロ圏内と、ちょっと大雑把ではあるけれど近いと言えば近くにある。なら健康診断だって、同じ病院を使っていてもおかしくない――思いながら検索結果を見ると、


「え」


 烏丸医院。

 プライベートと、繋がった。



 雛罌粟の恋人だった烏丸君は、事件のショックで暴力騒ぎなんてのも起こしてしまっていたけれど、停学にはならず逆に保護される形で生徒自治組織に残留を求められたという。そうして可愛い恋人を見つけた。一つ年下の、旧姓、泉谷紫雁いずみや・ゆかりちゃん。高校を出てからは医大に進み、仕事をいくつか掛け持ちして、父親が開いていた病院を継いだのは二年前だ。古くてあちこち改装してたら貯金なくなっちゃったよ、言いながらも結構豪華なレストランウェディングだった。私が彼女に会ったのはその時が初めてだったけれど、知った顔がいくつもあって驚いた覚えがある。そしてその面子は、彼女のお葬式でも変わらなかった。

 雨の降った日、夫が傘を持って行かなかったのに気付いた紫雁ちゃんは徒歩ではちょっと遠い病院に、傘を届けに行ったらしい。らしいというのは雨でスリップした車に彼女が突っ込まれて、即死したことから、なぜ彼女が雨の日に外にいたのか解らなかったからだ。残された二本目の傘で、夫に傘を届けようとしたのだろう、と推測が立った。紫雁ちゃんは本当に烏丸君のことを好きだったから。愛し合っていたから。


 恋人も妻も両方を失った烏丸君は、見てられないぐらい憔悴していた。雛罌粟に続いて紫雁ちゃんまでだ。愛した人に先立たれる。しかもこんな人生の序盤で、二人も。眼鏡をかけていたのは、多分、現実逃避だろうと組織の仲間の一人が言っていた。あいつは目が良いのに眼鏡をつけて過ごしていた。現実を直視しなくて済むからだと言っていた。私の知ってる烏丸君は、裸眼でいつもニコニコしていた。怒ったのなんて雛罌粟の事があった時ぐらいだった。でも今度は、怒る気力すらなくしてしまった。犯人と呼ばれる運転手も全身打撲で死んでいたからだ。怒りのぶつけどころがない。

 でもどうして? まさか。いや、そんな。でも、検査結果は一致している。検索結果は一致している。主な損傷は下半身だった。だから顔は綺麗なものだった、紫雁ちゃん。おそらくは鋸で二つに身体を分断された女性達。半分にして、どうしようとした? まさかそんな。


「まさか、そんな」

「『ジェーン』」

「あ」

「理屈で片付いたことに、『まさか』をつけるのは頭が悪い」


 『ロビン』の言葉はいつも適切だ。適当に私の思考を切り裂き分断する。私情と現実。現実。推理。『探偵』。私、私は。


「『ロビン』、烏丸病院に行って」

「カラスマ」

「多分、……そこには何もかもがある」


 そう、何もかもが。



 タブレット型の超音波測定器で敷地内に地下室の存在は確認できた。庭木の根を観察していくと、根が張らずにうねっているいる部分がある。地下室があるとしたらここだ。下に構造物があるから根が下に行かず剥き出しになっている。溶岩で根が地下に行かない、青木ヶ原樹海と理屈は同じだ。優しくて怒らない、良い先生だと評判だった。私は粘土型の物質を、病院の玄関の鍵穴にぐにぐにと突っ込んでいく。取り出して硬化スプレーを掛ければ、簡易な合鍵の完成だ。それをもう一度鍵穴に突っ込んで捻ると、玄関は開く。先に入ったのは『ロビン』だった。私はいつも、その陰で動く。


「木の根の様子からしたら、多分こっちに地下室がある。ドアか何か――超音波で辺りを検索してみる」


 タブレット型の端末を開くと、下に空間が広がっているのが解った。キッズスペースのカーペットを捲ってみると、そこには取っ手が見える。おもちゃをどかしていると、ああこれ結婚式の時に送った人形だな、と言うものがいくつも散見された。大事にされてたんだろう。ぽた、と汗が顎を伝って落ちる。

 扉は一メートル四方程度、『ロビン』はその取っ手を片腕で持ち上げた。銃を扱うこいつは、腕の筋力が強い。現れたのは階段だった。やっぱり先に『ロビン』が下りて行く。明るい室内灯を点けられたそこには、その部屋には。


「うぐ」


 吐き気が込み上げる。

 おそらくは液体窒素だろう霜の張った透明な水槽の中には、四人分の下半身のシルエットが見えていた。


「あれ。どうして先客がいるのかな?」


 後ろから響いた声に、私は振り返る。

 佇んでいたのは、烏丸君だった。

 その両肩には、女性の下半身を引っ掛けている。

 引き摺られて内容物を出していた大腸から、汚物が垂れていた。

 込み上げる吐き気を抑えきれず、私は夕食の殆どを吐いてしまう。


「人の研究室に勝手に入った挙句汚すのは止めて欲しいなあ――って君、そのおさげ、湍ちゃん?」

「烏丸君――」

「その声、やっぱり湍ちゃんだ!」

「烏丸君、烏丸君」

「何? 湍ちゃん」


 烏丸君は、度の強い眼鏡をかけていて、殆ど視界のすべてが歪んでいるようだった。

 真っ直ぐ過ぎたから、歪んでしまった。

 雛罌粟。紫雁ちゃん。

 あなたたちは本当に、愛されていた。

 愛されすぎるぐらい、愛されていたんだね。


「その下半身をどうするつもり?」

「紫雁ちゃんに付けるんだよ、勿論」

「紫雁ちゃんは――」

「ずっとそこにいるじゃない」


 指さされた方向を見ると、やっぱり液体窒素漬けの上半身が見える。長い髪がおよおよと漂っていて、新種のクラゲみたいだった。ふひ、と笑い声が出る。紫雁ちゃん。ああ、頭がおかしくなりそう。雛罌粟の時に烏丸君はもう一度狂っていたんだ。そして紫雁ちゃんのことで爆発してしまった。ふんふん鼻歌を歌いながら手術台に乱暴に下着だけ穿いた、その下着も真っ黒に染まった下半身を投げつけ、液体窒素の中から木製の器具を使ってその半分になった死体を取り出し抱き締める。


「今度の足は、合うと良いね。紫雁ちゃん」


 額にキスをする姿は本当に幸せそうに見えて、それが尚一層に、醜悪だった。


「……イクォール。ターゲット設定。場所。左脚」


 無感情な『ロビン』の声に反応して、そのサングラスが光る。ちりちり十字の座橋軸が固定されて、その懐から出されたのはモーゼルのC96だ。まさか。


「『ロビン』止めてッ」

「角度調整了解。発射」


 タァン、と狭い地下室に音が響く。ぼろぼろ涙が出た。射出された弾は烏丸君の左脛に当たり、彼は崩れ落ちるように倒れるけれど、紫雁ちゃんの死体を庇って自分が床に放り出されるのを選ぶ。死体。死んでいる。死んじゃったんだよ、烏丸君、雛罌粟も紫雁ちゃんも。でもそれはあなたの所為じゃない。不幸な偶然としか言いようがない。紫雁ちゃんの半分開いた眼は真っ白に濁っている。何も映らない。もうそこに何かが映る事は、ありえない。

 身体を起こせないのを心底不思議そうに、動物の赤ん坊のようにしていた烏丸君は、軽く『ロビン』を見ながらむうっとむくれて見せる。


「痛いよ、柚香君」


 柚香?

 柚香――那岐?

 その名前には、憶えが、ある。


「『お前』は気付いたんだな。こっちは相棒にすっかり忘れられてたってのに」

「背が伸びて、声変わりして、挙句サングラスなんて付けてたら当たり前だよ。湍ちゃんも君も、何をしに来たの? 雛罌粟の事件は終わったんでしょう? あの時に」

「そうだ。だからこれは烏丸紫雁の事件だ。烏丸紫雁の為に殺人を続ける、お前の事件だ」

「理論上は彼女達の下半身をくっ付ければ紫雁ちゃんは目覚めるはずなんだ。体脂肪率、血液型、その他の情報が彼女に一番近い材料を使っているんだから。子宮はちょっと難しいかもしれないけれど――でも紫雁ちゃんは、生き返る。僕の妻は、蘇る」

「もう――やめてよ烏丸君。紫雁ちゃんは死んじゃったんだよ! 冷たいでしょう!? 心臓も動いていないし瞬きだってしないでしょう!?」

「でもまた動くようになる! そうして見せる! 僕の邪魔をするなら君達も、真っ二つにしてやる!」

「イクォール。ターゲット設定。場所。額」

「止めて柚香先輩っ」

「発射」


 烏丸君の脳天に穴が開いたのが見えた。

 遅れて血がにじむ。

 ぱたん、と倒れた二人は、まるでロミオとジュリエットみたいだった。


 モーゼルの安全装置を掛けて熱を逃がすように振ってから、『ロビン』は携帯端末で『清掃班』を呼び出す。すべての死体の始末をつける為に動く、彼らも『DOLL』の一員だ。私はへたり込む。スカートにリノリウムの床は、冷たかった。


「……何で。隠してたんですか。柚香先輩」

「お前が気付かなかっただけだ。それに今の俺達はどっちもそうじゃない。『ジェーン』と『ロビン』だ」

「世間に殺された、って」

「殺人の容疑が掛かったことのある人間なんて、どこだって雇いたくはないさ。イル――『社長』が拾ってくれるまで、俺は人生のどん底だったよ。だから何でもする。社長の命令ならな」

「何で烏丸君を殺したのッ」

「社長命令だよ。もしももう駄目になっていたのなら、いっそ殺してやった方が幸せだってな。そしたら何も失うものがなくなる」

「そんなのって……紫雁ちゃんも、烏丸君も、雛罌粟も、柚香先輩も、誰も幸せになれなかったなんてッ」

「真実は幸せじゃない。知ってたはずだろう、ハヤセ」


 しゃくりあげて泣きむせぶ。お化粧してこなくて良かったなんて馬鹿な事を考える。紫雁ちゃんなら烏丸君をまた幸せにしてくれると信じてた。結婚式、烏丸君は眼鏡を掛けていなかった。でも今烏丸君は眼鏡を掛けた。ずっと度の強い、歪んだ世界しか見えないものを。私は立ち上がって、ふらふらと血だまりが広がる二人の死体を見下ろす。烏丸君の眼鏡を取って、眼を閉じさせる。

 眼鏡を握り潰すと、ガラスの破片で切れた手のひらから血が出た。

 それも、血だまりに混じる。ゆっくり拒絶反応で浮いてくるそれを眺めながら、私は大声で泣いた。

 父の葬儀以来の、泣き方だった。

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