第3話
「おい『ジェーン』。『社長』からメール入ってんぞ、確認しろ」
「今お風呂ー! 急ぎっぽいの!?」
「いや、そうでもないが放っておくには危険らしい」
「髪乾かしたら電話するから、あんたは共用リビングででも待っててー『ロビン』」
「へいへい」
ベージュの扉をごんごん叩くのをやめて、俺――『ロビン』こと
俺と『ジェーン』、その他皆々様が住んでいるのは、表向きにはとある大企業の社員寮だ。しかし実質この寮は化け物屋敷で、俺も化け物の一人である。『ジェーン』や『レンジ』、『シュウ』といった一般人もいる事はいるが、一般人と言うより逸般人だろう。
大企業宇都宮コンツェルンの若き、本当に若き総帥は、一日で一か月分の仕事をこなすと言われている。その裏には俺達――『DOLL』と呼ばれる能力者が集まり、それらを分散して作業をしている所為だ。と言うと何だただの秘書軍団かとも思われがちだが、秘書は人殺しをしないだろう。テレポートもしないだろう。他人の夢の中に入る事もしないだろう。他人の人格を張り付ける事も出来ないだろう。俺達はそう言う、奇妙な特技を持ってしまったが為に社長に集められた奇人変人の精鋭なのだ。
勿論この能力にも種類があり、血脈から来るものもあれば、突然変異で『そう』なるものもいる。夢象徴学者を標榜する俺と大学の同期だったクリス――もとい『ヴァニラ』は、事故で両親の死と引き換えに他人の夢に手を加えることが出来るようになった。これは恐ろしくも頼もしい能力だ。何か嫌な事があったら彼女に頼めばすべてを夢として書き換えられ、やがて忘れられる。少し劣るが他人の夢を自分の夢と重ねられる『ユール』と『ノエル』の姉妹もいるが、こちらは血脈から来るものらしい。だから二人は虐待され、互いに互いの記憶を消しあったため、その人格はひどく不安定だ。時々『ヴァニラ』の治療を受けねばならないほどに。
テレポーターの『スノウ』は完全に突然変異であるらしい。しかしその能力に欠陥がある事は解っている。時間の短縮を行って目的の場所に向かう彼は、内臓の老化が常人よりも早いらしい。いつかその相棒兼主治医の『ヨル』が言っていたことによれば、一度のテレポートで一歳は年を取っているだろう、とのこと。『社長』はなるべくその能力を制限するよう厳命しているが、本人に生きる気がないのか、命令でなくても遠出の際はその能力を使ってしまう性質である。自分の体質が解ってからすぐに奥さんと離婚し、娘さんはそちら側に預けて自分はなるべく関わらないようにしているとか。酔った勢いで写真を見せられたが、ちょっと古い小学校の入学式の写真にうつる少女は、『スノウ』と同じく小さな八重歯が特徴的だった。今は五年生のはずだ。愛おしげに言われて、そっか、としか返せなかった俺は、『ジェーン』のように舌の回る性質ではない。
『ジェーン』の人外とは言わないまでも特筆すべき特徴は、その観察眼にある。長い髪をおさげにして、童顔に大きな目。まず人を怪しませない振る舞いと、無邪気っぽい演技。それは相手を油断させ、その外面を柔にする。そしてそれを容赦なく剥ぎ取るのだ、あの女は。そして『DOLL』内の情報すべてにアクセスできる権限を持つ、少ない一人でもある。彼女に掛かれば小学生の万引きだって引きずり出されるだろう。怖い怖い、思ったところで携帯端末が音を立てる。
「Hello?」
十七歳まで英国暮らしだった俺は、反射的に出る言葉がどうしても英語になる。
『髪乾かした。メールも確認した。共用玄関で待ってるけど、今回は銃が必要になるかもしんないから、持って来て』
「oui」
『あと英国人なんだかフランス人なんだか解んない喋り方止めて』
「第一外国語がフランス語だったんだ、許せ。こっちだってオッケーとか使うじゃねーか」
『それはそーだけどー……』
「まあ良い、とりあえず玄関だな」
『ん、お願い』
ぷちん、と通話が切れる。
「なんだ、夕飯も済んだというのに今から仕事か?」
『アヤ』の言葉に、俺は肩をすくめてこくりと頷く。
「連続女性殺人事件。あれに心当たりがあるから調べろとさ」
「心当たり……か」
「あんたにもあるのかい? 姫」
長い髪を高く結い上げ、いつも袴姿の同僚は苦笑いをして誤魔化した。その苦笑いですら優雅に見えるものだから、『ジェーン』辺りには顰でも倣って欲しい。誰もがコードネームの『アヤ』ではなく、姫と呼んでしまうような優美さ。それは少し、人工物めいているとも、時々思う。彼女の能力はいわゆる陰陽師らしい。実家の神社の守りに式鬼を何人かと、こちらにも二人、住まわせている。だが基本的に部屋から出てこない連中なので、
「おーそーい」
最初に待たせた『ジェーン』が玄関でぷぅっと頬を軽く膨らませる。
「そこで姫に会ってた。なんか知ってそうだったけど、多分口割らないな、ありゃ」
「社長からのメールもどっか曖昧だったしね。確信がないのか、あるいは逆か――」
目を伏せて、まあ、と『ジェーン』は大きく伸びをする。シャワージェルのオレンジの香りがした。
「とりあえずは現場検証、行ってみようか」
『ジェーン』こと
※
仕事で英国に渡っていた両親が俺を生んだのは、勿論英国だった。国籍は現在こそ日本になっているが、当時は二重国籍状態で、日本に帰る前に決めておきなさいと母には英語で話された。我が家の共用語は英語で、俺は日本なんて遠い島国の事は知らなかった。だからたまに内緒話のように日本語で話している両親を見ては、何、何、と聞いたものだ。一応ひらがなとカタカナの練習はさせられたが、どの字をどう纏めればどの単語になるのかは、週一である日本語教室に通うしかなかった。それでも俺の日本語は上達せず、逆に英語にのめり込むようになり、十六歳で大学に入った。その大学で起こった数々の変事は今語る事ではないが、俺はそこで『ヴァニラ』と『社長』に出会った。『社長』はとある条件下にある美術品の収集に、ついでに大学に。『ヴァニラ』はごくごく普通に飛び級をして、確かあの時は二人とも十六歳だったはずだ。自分より年下のクラスメートがいるのはちょっと落ち着いて、俺は背の低いその二人をよく撫で転がした。二人とも笑って、このまま大学を卒業するまでこんな感じの毎日が続くんだろうと、思っていた。信じ込んでいた。
だがそうはいかなかった。会社からの帰社命令。元々二十年も社員を英国に置いておく必要もない会社だったらしい。父は子どもの俺から見ても頭が良く、多分島流しになっていたんだろうと今なら解る。社長が代わってそれが解けたのだろう。日本語できゃっきゃはしゃぐ母親は別人に見えたし、俺の故郷はやっぱり英国だった。それでも強制的に捨てられる本や教科書は正直屈辱だった。十七年だ。それだけ暮らした『祖国』を簡単に捨てられる両親こそ異物に見えた。
奨学金や夜間アルバイトをするからこっちにいたい、言うとあなたはまだ子供だから雇ってくれるところはないわよ、と一刀両断された。せめて大学卒業まで、と粘ったら、先日不意に書かされた論文でそれはもう達成させられていたらしい。『ヴァニラ』も『社長』も受けていないというからおかしいと思ったが、俺が嫌がるのを見越していた両親は俺の周りすべてから未練を断ち切っていたのだ。流石に父の策謀にはかなわず、俺は二重国籍状態だった戸籍を日本に固定し、パスポートを取って見知らぬ『祖国』へと帰らされた。
十七歳なら高校生かしらねえと母親が言う言葉にきょとんとしていると、いい年して一日中家にいるつもり? バイトはこっちでも基本は十八歳以上よ、学校にでも通って日本語を鍛えなさい、とぴしゃり言われた。大学を卒業したのに高校に行く意味が解らない、反抗しても両親は取り合わなかった。かと言って学校では俺一人の為に黒板にはルビが振られ、ノートはへたくそなひらがなが並ぶばかり。テストは問題が読めず成績は常に底辺。頭の悪そうな奴らにゲラゲラと笑われた。俺より成績悪いとか、大卒なんて嘘じゃねーの。思わず殴り飛ばしたら、停学を食らった。別に良かった。高校を卒業したらまた英国に戻って、暮らすと決めていたから。
そしてテスト休みのとある午後。
勉強する気も起きない俺が見たのは、
人が人を刺す瞬間だった。
え、と思って目をこすった。視力はもともとすこぶる良い方で、何メートルあるか解らない距離だって見渡せる程度に、俺の『視力』は良かった。同じ高校の制服、電柱の陰から出て来た男は彼女を刺して、手をタオルで拭いながら去って行った。俺は慌てて階段を降り警察の番号を思い出そうとしたが、思い出せずに出来なかった。肝心な時に役に立たない記憶力。どうしたの、と訊ねて来た母さんに早口の英語で何を見たのか話すと、まさか、と笑われたが、本当だと怒鳴るとじゃあまずそこに見に行きましょう、とのんびり言われた。ナイフが栓になっていれば失血死は免れるだろうが、内臓出血があったら命に関わる。早く救急車と警察を、と何度も繰り返すのに、母ははいはいと言うだけだった。で、どこなの。俺は必死に読めない漢字を思い出し、メモ帳に書き付ける。電柱に書いてあったその住所に、なんだか随分遠いわねえと母は言った。
早く、と母を急がせるがその足取りは軽くない。そして現場に着いた時には、もう人だかりが出来ていた。それを掻き分けて行くと、俺が見たとおりに女生徒は倒れていた。遠くから救急車の音。パトカーの音。英国とは違う音だ、なんて考えながら、俺は傷口をふさいで押さえ出血を止めようとする。サイドテールの長い髪をした女子で、見たことのある顔だった。確か芸術の授業が同じの――八月朔日――あれ? 思い出せない。頭の中には二人の八月朔日。双子、だったっけ?
「
悲鳴交じりの声で人垣を超えて来た女子は、叫んでへたり込んだ。
その顔は倒れている少女と同じだった。
救急車で病院に運ばれた
テスト明け、学校に向かうとみんなが俺の方を見ながらひそひそと話をしていた。内容は解らなかったが、良い物ではないのだとは雰囲気で解る。俺が近付くと女子は悲鳴を上げ、男子も後ずさった。何なんだ、と思っていると、この学校で唯一英語が通じる――しかしアメリカのテキサス訛りだ――ALTの教師に呼ばれ、なるべく気を付けた論調で椅子に座らされた。先生まで何なんだ、思っていると校長と学年主任と英語教師が入って来る。そして、あの日以来家事も放棄して泣いている母が。何なんだ一体。首を傾げると、母に思いっきり頬を叩かれた。そして言われた。この人殺し。
先生の訳では、俺か警察に第一容疑者として疑われていることが解った。母がそれを証言したそうだ。あんな遠い電柱の住所、見えるはずがない。貴方が殺して走って家に帰り、第一発見者を装ったに違いないと。学校にも普段の生活態度を尋ねる聴取があったらしい。それには俺の停学記録がある。暴力的で協調性のない生徒、と俺は警察に思われているわけだ。
早く自首して、日本の少年法ならまだ罪が軽くて済むから、お願い自首して。母はわあわあ泣きながら、女の英語教師にその身体を支えられていた。俺は冗談じゃない、と英語で怒鳴った。見えたものは見えたんだ。それを信じなかったのは母さんの方じゃないか。俺は殺してない。それを証言できるのは? 家族の証言は証拠にならないのよ。そんな馬鹿げた法があるか。俺は立ち上がって帰ろうとしたが、学年主任に殴られる。自分がしたことが解っているのか。ヒアリングは『社長』に鍛えられていたから、俺は早口の英語でがなり立てた。ふざけるな、生徒に暴行か、俺はやってない、証拠もなしに何でそんなに俺を疑う、そんなに俺を殺人犯にしたいのか。英語教師もALTの先生も俺の言っていることが早口すぎてわからないらしい。下らない茶番劇だ。俺はドアに向かう。そのまま学校を出ようとすると、何人もの生徒に悲鳴を上げられた。誰かが言いふらしているんじゃないかってぐらいの、情報伝達の速さ。
鞄を取りに教室に行くのも面倒で、俺は玄関に向かう。なんだって外履きと内履きなんてややこしいものがあるんだろうと思いながら玄関でもたついていると、
「待ってください! えーと、ウェイタミニッツ、ミスタ・ユノカ!」
下手糞な英語で声を掛けられ、動作を止める。
佇んでいたのは下級生と思しき少女だった。
典型的な日本人顔で童顔、でかい目は見たいものを確実に見る強さを湛えている。
長い髪をおさげにして垂らし、こいつは――ああ、
あの日悲鳴を上げていた女子をなだめ、一緒に応急処置をしてくれた子だ。
「キャンユースピークジャパニーズ?」
「……a little」
「十分です。雛罌粟を殺したのは、あなたですか?」
カッと頭に血が上る。
「NO! I'm not a murder!」
「解りました」
「え」
「私が真犯人を、見付けます」
胸の名札には、匂坂と書いてあった。もっとも当時の俺には読めなかったけれど。
学校からは停学を食らい、家には警察が毎日やって来た。言っている意味が解らなくて何も言えずにいると怒鳴られる。この国の人間は怒鳴って威嚇することでしか真実を探求できないのだろうか、思ったほどだ。父には毎晩滾々と説教をされ、母には怯えられ、居場所のない俺は夜の街にでも出かけるしかなかったが、財布は没収されていたので本当にただぶらぶら歩いているだけだった。居場所がない。帰る場所がない。あの家は俺の家ではなかったのか。英国に帰りたいが、『ヴァニラ』や『社長』にメールを出そうにも携帯端末すら没収されていた。ネットカフェ、と言う便利な所に入る金もない。せめて一万円札ぐらいはどこかに隠しておくべきだったか。靴下の中とか。麻薬の取引じゃあるまいし。ハッ、と鼻を鳴らすと、とんとん、と後ろから肩をたたかれた。
振り返ると同時に、拳を頬に叩き込まれる。
勉強ばかりで外遊びをしてこなかった俺は、簡単に吹っ飛ばされた。
痛む頬を抑えながら見上げれば、そこに立っているのは俺と同じ高校の制服を着た男子だった。
「
「雛罌粟を殺したのはお前か」
「What's……」
「雛罌粟を! 殺したのはお前か!?」
「違うの烏丸君、彼は関係者だけど、犯人じゃない!」
遅れてやってきたのは、匂坂だった。そして俺の前に立ちふさがり、目付きを鋭くしている男をなだめる。
「こら、何の騒ぎだ!」
わざとらしく出て来たのは俺をずっとつけていた刑事だった。
「ごめんなさい柚香先輩、烏丸君――He is a boyfriend of Hinageshi」
「こいつが! こいつが殺したんでしょう!? 雛罌粟を! 僕の雛罌粟を、こいつが!」
「それはまだ確定事項じゃないんだ、収まりなさい、君!」
「返せよ、雛罌粟を返せよ! 雛罌粟を……返せよ……」
わあああああと泣き崩れる少年――カラスマに、げらげらと笑い声が浴びせられる。
「PPSの精鋭がこんなところで喧嘩かよ」
「彼女殺されたって? あの世で泣いてるぜ」
「えーん烏丸君、なんで助けてくれなかったのー」
「ぎゃはははは!」
言葉の意味は相変わらず解らない。
だけど意志は解る。
俺はいつの間にかカラスマと一緒に、笑っていた連中を殴り飛ばしていた。
自宅謹慎とは言え部屋には誰も入ってこなかった。母親が食事をドアの前に置く音と、偶のバスルーム。と、トイレ、って言うのか、こっちでは。恥ずかしくないのかね、そんな直球な言い方して。母は完全に俺を犯人だと決め付けたらしく、徹底して顔を合わせようとしなかった。父は帰って来ては俺に自首を進めたが、何もしていない俺には自首する理由が何も見付からない。しいて言うなら学校でからかってきた奴らを殴り飛ばして停学食らったことと、カラスマと一緒に少女の死を冒涜した連中に制裁を浴びせたぐらいだ。後悔はしていない、どちらも。母さんだってこんなことになるぐらいなら俺を英国に置いてくるか、英語学校に入れた方が良かったと思っているだろう。六歳から始めた日本語はいまだにひらがなとカタカナしか書けない。漢字は全然解らなかった。だからぼんやり眺める地平線までを埋めつくすこまめな住所の看板は読めなかった。見えるけれど読めない、このもどかしさを何としてくれようか。
と、下階で何か動く気配がある。階段を上がってくる気配。また刑事が事情聴取とやらに来たのだろうか、うんざりしてコンコンと二度鳴らされる滑稽なノックにCome inと答える。
そこにいたのは、匂坂だった。
「You……」
「あ、そう言えば名乗ってなかったですね。マイネームイズ・ハヤセ・サキサカ」
「ハヤセ・サキサカ。オーケー」
「今日は貴方の誤解を、解きに来ました」
その後ろにはうさんくさそうな顔をした、刑事が三人立っていた。
八畳+ベッドの部屋に母も合わせた五人はきつかった。匂坂は何故か天体望遠鏡を持っていて、それを空ではなく町の方に向けて調整している。見えますか? と刑事に時々伺いを立てながらレンズを足していく。何だこれは。あきれて窓の外を眺めていると、殺人現場近くで制服の警官が旗を振っているのが見えた。
「あの旗振り、ナニ」
「!? 見えるのか、そこから」
「見えないの? そこから」
刑事たちがごくりと息をのむ。
「じゃあ、予定通りに旗振って行ってください」
匂坂は携帯端末でどこかに連絡を取っていた。そして俺の方を向き、まっすぐにその目で見つめて来る。
「今から現場にいる警官に旗を振らせます。アップ、ダウン、レフト、ライトでその方向を答えて行ってください。ちなみにコンタクトレンズの類はしていませんよね? 柚香先輩」
「してない。目の良さだけが昔から取り柄だ」
「そ、そうですその子、昔から目が良くて」
「今更擁護かよ、マム」
ハッと鼻を鳴らすと母はまた両手で自分の身体を抱き締める。
「それじゃ始めます」
それを無視して、ハヤセは合図を出した。刑事は望遠鏡を覗き込む。
「レフト。ライト。アップ。アップ。ダウン。レフト。レフト。ダウン。アップ。アップ。ダウン。レフト」
「あ、合ってる、どういうことだ、どういう事なんだね匂坂君!?」
「だから、彼には見えるんですよ。超的な視力としか言えませんが、病院に連れて行ったらもっと正確な数値で彼の視力が解ると思います。彼は見ていた。第一発見者でも犯人でもなく、目撃者だったんです。それと、彼の聴取には日本語と英英語の出来る通訳さんをつけてください。その方がスムーズです」
「ま、まずは病院だな、車の準備だ!」
「ありかとうございました、もう結構です、では失礼します――」
携帯端末を切ったハヤセは、母に向き直る。
「なぜ、知っていながら息子さんの視力を信じなかったんです?」
「だって、そんな、見えるだなんて」
「あなたが彼を信じて少しでも早く救急車を呼んでくれていたら、雛罌粟は助かったかもしれないのに。失血死ですよ?」
「そんな、そんなつもりじゃ、私、わたし」
「この人殺し」
俺は思わず、平手でハヤセの頭を叩く。
「……言いすぎだ、ハヤセ」
「良い人なんですね、柚香先輩。でも私は私の親友を殺した人を許せないんです。どうしても、どうやっても」
「親友」
「……多分今夜にでも、犯人は捕まります」
「おい! 早く病院に行くぞ、下りてこい!」
泣きじゃくる母の横を擦り抜け、俺は覆面パトカーで眼科に連れられた。
結果、俺の視力は7.0と言うことが解り、母からは土下座され父からも謝られたが、学校は在日英国人学校に変えてもらうことが出来た。しかも生徒ではなく教師としてだ。そのまま家を出て、一度も戻っていない。
犯人はハヤセの推理通り、その日の下校時間に捕まったそうだ。狙われていたのはどうやら双子の片方だったようで、犯人はカーブミラーを見ながら彼女を刺したようだったが、鏡でサイドテールの向きが違う事を失念していたらしく、間違えての犯行だったらしい。それを推理したのもハヤセだったというのだから、この町の警察はハヤセにもう頭が上がらないだろう。だが――
「私の代わりだなんて知りたくなかった! 雛罌粟を殺したのが私だなんて知りたくなかった! 私達が双子だったって、それだけでなんで雛罌粟が死ななきゃならなかったの!? どうして!? 答えてよ、教えてよ、湍!」
「キク姉、落ち着いて! もう終わったんだよ、事件は終わったんだよ!」
「そーにゃキク姉、湍さんに言っても仕方にゃーことだよ!」
「あんたは私を人殺しにしたのよ、湍!」
――ハッピーエンドとは、程遠いものだった。
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