闇の森への旅
バスに乗っているかのような心地よい振動に安心と眠気を覚えてしまう。
山の麓の村で、体をすっぽりと覆える外套を入手することができた。
私たちは野歩きには向いている格好ではなかったので、草や枝に引っかかることのない外套は本当にありがたかった。
本当は旅に適した衣服を確保したかったらしいのだが、小さな村では服に使う布地も貴重で他に回すほどの用意もないらしい。
そう報告してきたのは、安全のために単独で村へ行ってきた侍女である。
それでも三人分の外套を手に入れてきたのだから、素晴らしく有能だと思う。
しかし彼女は自分の力及ばずといった感じで残念無念な様子で伝えるのだ。
誇り高きプロ意識ではあるけど自己否定しすぎはよろしくない。
ここはなりたてとはいえ王族として、彼女たちの上に立つ者として少しでも苦労に報いてあげようと決意し、私は労いの言葉を口にしてみることにした。
「あのですね、生き物は裸一貫どころか全裸で過ごしてもまず死にはしませんよ。ここに数年もの間それを実際に証明した女がいるので。それに比べたらあなたが持ってきてくれた外套の素晴らしいこと。ほらほら見てください、引っ張っても破れない丈夫で最高の一品ではありませんか? これなら旅の間、それどころかちょっとした普段着としても十分に使えます! あなたには感謝感激です、本当にありがとうっ!!」
闇の森での体験を元にして、身振り手振り腰振りで話していくうちに何を言っているのか自分でも不明になり、最後にはなぜか小粋な紳士風になりつつ両手で万歳しながら褒めちぎった。
ふと気がつくと彼女たちは、偉い人の口には出せない特殊性癖を聞いてしまった侍女的な表情で固まっていた。
……私は何かを間違えてしまったのでしょうか?
人を褒めるという行為は私の想像以上に難しいものであった。
長い人生ですし若輩者は勉強していきましょう……そう考えながら、私はフリーズした侍女たちの前で手を振って再起動させていった。
問題は旅についてである。
三人ともこの地方の土地勘などはなく、地図も持っていなかった。
闇の森への方角は村で聞いていたが、大雑把な情報で移動するのは不安であった。
しかし他に手段もなく、私の帰巣本能を頼りに闇の森を目指すこととした。
侍女たちはとても胡散臭いものを見る顔になっていたが、最終的には従ってくれた。
私は出発する前に木の上にササっと登って辺りを見渡した。
闇の森に向かう方角には背の低い稜線が見え、いくつもの山が存在し、それらを越えていくには何度も野営をする必要がありそうだ。
そう確認して、生まれ変わる前なら余裕で自殺できる高さから飛び降りる。
侍女たちが悲鳴をだして駆け寄り、着地した私の体をあちこちまさぐって無事を確認すると今度は抗議の声をあげだして……。
こうして、私たちの闇の森への旅は始まったのだ。
朝早くから出発して日中は山々の道なき道を移動した。
有能な侍女が村で外套以外にも旅に必要とされる品を入手していた。
それ以外にも彼女たちは初日に泊まった狩人小屋で、毛皮や鍋といった野営に必要と思われる道具をしっかりと拝借していたのだ。
たぶん本当の女子力とは、こういうたくましい生活力のことをいうのだと思う。
うん、窃盗ですか……?
いえいえ、いくらかの銀貨を小屋のテーブルに置いてきたらしいので問題はありませんよ、たぶん?
日が暮れる前に野営しても大丈夫そうな場所を私が見つける。
草食動物でさえ恐竜の如く危険な闇の森育ちなので、そういう仕事は大得意である。
侍女たちもお妃様の野生児ぷりに対して理解が深まってきているのか素直に従ってくれた。
野営の準備を侍女たちがしている間に、私はこっそりと散策し小動物を何匹か獲った。
狩りの手段は人類の伝統ある攻撃方法、ジャイアントキリングもなした投石である。
呑気に地面を突いてる鳥とか兎とかが狙い目だ。
手持ちの食料は十分にあったが先の見えぬ旅、節約ができるのならそれに越したことはない。
「お、お妃様、いったいどのようにして獲ったのですか!?」
調理に使えそうな草や実と一緒に獲物を渡すと侍女たちが驚きの声をあげる。
それも無理はない、彼女たちは私が魔術を使えないことを知っており武器すら持たない無手だったから。
投石して獲ったと説明すると二人して歓声をあげながら手を叩き「流石はお妃様です!」「お妃様、お見事ですわ!」などと持ちあげて褒めてくださること山の如し。
冷静にフフンとポーズを取りながらも、うふーと大変よろしい気分になってしまいますね、もっとわたくしを褒めてくれてもよろしくてよ?
『本当にちょろいですわね……』『しっ、聞こえるわよ!』
なんて声は聞こえませんので……そのあと、勝手に出歩かないようにと釘をさされました。
彼女たちは私が持ってきた獲物を手際よく処理して調理してくれた。
本当は一晩ほど血抜きしたほうがいいらしいけど、急ぎの旅ではそこまでの時間はなく、なにより血の臭いは他の獣を引き寄せる危険があった。
最高に美味しいという調理方法で食べれないのは少しだけ残念である。
もっとも私は血の滴る生肉をそのままでもいけるし、生食大好き日本人の血を引いているので火を通してあるだけでも十分な御馳走だったりする。
もう日本人は関係ないというか、リザードマンお母さんの因子の影響な気がしますね?
それらのことがなくても侍女たちの料理の腕は確かなもので、外で調理したとは思えないほど丁寧で繊細な料理にありつけた。
こんがりと焼け味付けされた鶏肉と、その身が入ったスープはお代わりをしてしまうほど美味しいものだった。
夜の見張り番、最初は侍女二人だけで行う予定であった。
彼女たちにおんぶに抱っこでは申し訳なく、断固とした態度で手伝うと主張すると、やらせてもらえることとなった。
お妃様命令を発動し初めてそれが通った……私は手に入れた権力に酔いしれた。
ただその際、彼女たちが駄々こねる子供を見るような表情をしていたのが不思議でならない。
ちなみに私の見張りは最初と最後の短い時間だけで、侍女と一緒に行うという条件つきである。
うん、ふらふらとどこかに行かないように警戒されているらしい。
暗い木々の合間で身を寄せ合うようにして三人で眠りにつく。
そして朝方には私が侍女たちの胸に強く抱きしめられ、安眠を提供する抱き枕状態になっているのはなぜだろう?
私のプニプニわがままボディは、それほどまでに抱き心地が良いのだろうか?
溜息、私は彼女たちに抱かれたまま星を見た。
……猟師小屋に泊まって以来、夢は見ていない。
昼間に山中を歩いてると魔獣によく遭遇した。
先に気がついたときは避けたが、私の察知にかからぬ魔獣がいて戦うこともあった。
闇の森では食物連鎖の頂点である私を恐れ、ほとんどの魔獣が近寄る前に離れていくので、昔ほど警戒していなかったのも遭遇率の高い理由だったかもしれない。
戦うとはいえ彼らの縄張りに踏み込んでいるのは私たちである。
普段の私なら魔獣に出会っても、お腹が空いてない限りは走ってその場から離れるが、野歩きに慣れていない侍女二人がいたのでそれも難しかった。
私たちが美味しい獲物に見えるのか魔獣は迷いもせずに襲ってくる。
最初に襲ってきた獲物……ではなく魔獣は巨大な蛇。
水平チョップで両断して三枚おろし、生では大味だったけど焼くとそれなりに美味だった。
次に襲ってきたのは巨大狼の群、垂直チョップでスパンスパンと首を飛ばした。
数が多かったので片づけるのに手間取ったけど、三人とも怪我がなく無事であった。
犬肉は侍女たちのお口には合わなかったようだ。
森でばったり出会ったのは巨大な熊さん。
ジャンプからの斜め四十五度の角度で入る家電叩きチョップにて真っ二つにした。
熊肉は臭みがあるけど癖になる味だった。
そのように私は自慢のチョップで魔獣を屠り、食料確保にほくほくしていた。
彼らは外の世界では強力な捕食者なのかもしれない。
だけど闇の森では、穏やかな草食獣にさえ踏み殺される程度の強さで話にならなかった。
そう驕る私、戦うたびに思いださなくていい野生スイッチが入ってしまい非常に困った。
……がるるるるるる。
それに対して侍女のお二人は頑張っていたと思う。
「お妃様、危のうございます!」「後ろにお下がりくださいませ!」
最初のうちは私を庇うように前にでて勇ましく武器を構えていた。
メイド服に武器という、一部の人に確実に需要があるだろう姿に少しだけ見惚れてしまった。
しかし、私が作業のように魔獣を切断しだすと彼女たちは驚愕し、毎日のように繰り返していくと魔族特有の切れ長の瞳から徐々に光が失われていった。
そして最終的には……。
「流石はお妃様でございます」「お妃様、本日もお見事にございます」
大切な何かを諦めてしまったような表情を浮かべ、綺麗な侍女の基本姿勢を取りながら、戦う私の背後で淡々と褒め称えるだけの人たちになってしまった。
不本意だけど、どうやら私が悪かったみたい?
そんな旅を続けて十日ほどした頃、私たちは闇竜の広く硬い背中に乗っていた。
「ええ、ええ……この竜の背中についてる五本爪の傷跡は、お妃様の小さな手と丁度形が合うような気がしますわ」
「しっ! 余計な詮索はしないのよ、あなたはただでさえ失言が多いのだから!」
などという声が聞こえますが、私は気にしないです、はい。
闇の森の近くまで来たときのことだ。
大地を揺るがす振動と騒音が徐々に近づいてくるのを感じた。
この数日間の様々な出来事のせいで動じなくなっていた侍女たちも、流石に不安を覚えたのか私に問い掛けるような視線を向けてきた。
私は侍女たちに問題はないと頷く……その音の正体に気づいていたからだ。
そうして木々を薙ぎ倒しながら現れた巨大な影。
それは闇の森が、この世界が生み出した最強の生物……闇竜であった。
漆黒の鱗、大樹のように逞しい四肢。
巨大な体と高い知性を兼ね備えた偉大なる種族。
その中でも最強の一角であり、そして私の
私の姿を認識すると闇竜は天に向かって雄々しく咆哮する……彼女は雌ですけどね?
それは獣の威嚇ではなく彼女なりの私への挨拶だ。
闇竜たちは声以外にも意思の伝達方法を持っている、むしろそちらが彼ら本来の話し方。
なのにわざわざ私に合わせた挨拶をしてくれる彼女は粋だなって感じる。
多分、人間なら同性がほおっておかないタイプ……うふー。
しかし、そのような事情を知らない侍女たちが私に抱きついて悲鳴をあげた。
それもまあ無理がないかもしれない。
彼女の顔はただでさえゴツゴツとした爬虫類系の強面なのに、眉間には抉るような斜め傷まである、常人なら恐怖を感じないほうがおかしい。
というか以前決闘をしたときに私が家電叩きチョップでつけた傷だけど、改めて見ると何やら照れくさくて恥ずかしい。
私は侍女たちを宥めると彼女にテテっと近寄った。
すると彼女は長い首をおろして鼻先で私の体を弄ってくる、くすぐったい。
悲鳴をあげる侍女たち、私もお返しにとばかりに彼女の顔を両手を広げ擦ってあげた。
おー、よーしよーし。
気分的には犬と戯れるムツ〇ロウさんだけど、大きさが桁違いなのではたから見ると私が食われかけてるといったところだろうか?
その光景に侍女たちは、もう悲鳴どころか声もだせない。
――お前の 気配 感じた 祭壇 送る 乗る よい 友よ
テレパシィのように声を発しない、彼女の種族特有の声が私に流れ込んでくる。
相変わらず単語を並べただけの会話ではあるが不思議と意味は分かりやすく、むしろ下手な言語より理解しやすく誤解も生じない。
あるいはもっと細かいニュアンスで伝えている可能性はあるけど、受信側である私の言語が足りていないだけかもしれない。
そのような能力だけでも闇竜が高度な知性をもった優れた生命体だと分かる。
「彼女が祭壇まで送ってくれるそうです、二人とも乗りましょうか?」
「「ええっ!?」」
闇竜の背中に乗るように伝えると侍女たちは二人で抱き合い、信じられないという泣きそうな表情を浮かべた。
闇の森の中を移動するなら徒歩より速くて安全なことを追加で説明した。
それは紛れもない事実である。
闇の森において闇竜や私と同じ速さで移動できる生き物を今まで見たことがないから。
私は渋る侍女たちを強引に引っ張りあげて、闇竜の彼女にタクシーをしてもらうことにした。
闇の森は、森という名前を使うのが場違いなほどに広大である。
魔族と人族の生存領域を別ける境界線にもなっていて、正確に把握はしていないが日本列島よりも長い距離を有しているのではないかと思う。
一度、興味本位で回ったが、休憩以外は殆ど走りでも端から端まで数ヶ月はかかった。
その間に闇竜の彼女と何度か遭遇して、背に乗せてもらって移動したことがある。
闇の森での私の縄張りは祭壇の泉から十キロ程度だが、闇竜たちは森の中を広範囲に分布して独自の情報伝達手段をもっているようだ。
そうでなかったらあれほど何度も闇竜の彼女と遭遇しなかっただろう。
そこで不意に思う。
ここを境として魔族と人族が別々に発生したのか、それとも森ができてから別れたのか?
今まであまり深くは考えなかったけど森の外にでてから初めて気がつく、この闇の森の在り方は明らかに不自然であると。
深い森と、ここだけに存在する闇竜のような強靭な魔獣……まるで誰かが何らかの目的のために造り置いたようだ。
それはなんの証明もできない、しかし確証に近いと感じる思いつきだった。
闇竜は私たちを気遣っているのか木々にぶつかることもなく、滑らかな移動してくれた。
バスに乗っているかのような心地よい振動に安心と眠気を覚えてしまう。
彼女の体からも温かい魔力の波動を感じる。
竜の魔術によって振動そのものを軽減しているのかもしれない。
そう、ぼんやりしていると先ほどよりも強く、そして不自然なほどの眠気が襲ってきた。
「お妃様、大丈夫でございますか? 辛いなら無理をなさらないでくださいね」
「はい、すいません……どうにも眠気が……少しだけ寝ていてもいいですか?」
「ええ、遠慮をなさらずに、私共がお体を支えますわ」
侍女たちの言葉に甘えて体を預けるとそのまま目を閉じた。
そして普段ではあり得ないほどすぐに、私は意識を手放して眠りについたのだ。
――――――
闇竜の彼女が何かを言っていた気がするけど、私にはそれを聞き取ることができなかった。
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