女王から見た魔王の話

 ふむ、そうだな……では、今から私の母、魔王の話をするとしよう。


 彼女は魔族の偉大なる指導者、そして私が最も尊敬する、誰よりも気高く美しい女性だ。

 普段はかなり……いや、少しだけ抜けていて、たまに頭のネジが緩んでいるとしか思えない言動や行動を取ることもある。

 しかし、いざというときの指導力や実行力、そして他者を従わせる悪魔的とすら言える魅力は流石は魔族の王といったところだろう。


 先日の人族との間に起きた戦争では母自らが先陣を切り、高高度上空から自由落下して放たれる魔王キック(範囲)という荒業で、人族の軍を壊滅状態に追い込んでしまった。

 なにより恐ろしいのは人族を一人も殺さずに降伏させてしまったことだ。

 戦いにおいては殺すより生かすほうが遥かに難しい。

 武に少しでも関わったことがある者ならば、母の凄さが容易に想像できると思う。

 ちなみに余談だが母は魔王キック以外に、魔王チョップ(範囲)や魔王EXスラッシュ(範囲)といった技も持っている。

 海を二つに割る魔王チョップは別件で拝見できたが、もう一つの魔王EXスラッシュは残念ながら見る機会に恵まれていない。

 その奥義を見たいがために人族と戦争を起こしていては本末転倒だが、それでも見たいなと思うのは人の好奇心という名のさがであろう。



 さて、母について改めて話すとなると身近すぎて中々に難しいものだ。

 どう切りだしたものか悩ましいものだか……そうだな、まずは魔王ではない母としての彼女の話をしていこうかと思う。


 誰もが幼い頃の記憶などを朧げにもっていると思うが、覚えている最も古い記憶にはどのようなものがあるだろうか?

 見あげた空の色、もしくは手に取った花の香り? 

 人によって様々だろうが、私の場合は母の背中……正確に言えば母の流れるように艶やかで美しい黒髪だった。

 幼い私を片時もはなさず、母は魔の国をあちこち歩いて植物を植えていた。


 当時を知っている者から伝え聞いた話なのだが、私が生まれる以前、かつて魔族と人族の領域を分断する闇の森は今の半分以下の規模しかなかったそうだ。

 そのため我欲にまみれた人族たちが魔族領に幾度となく侵略行為を行い、魔族に対して暴虐の限りを尽くしたらしい。

 それを憂いた母は魔王としての力を総動員し、短期間で闇の森の木々を育て、人族の魔族領への侵入を困難にして魔族に平和をもたらしたのだという。

 その時期の行動が母にとって、後々まで続くライフワークになっているとか。

 素晴らしい偉業だと思うのだが、魔の国は母の熱狂的な信仰者ファンが多い。

 そのため誇張されている話も多いのだが、あの人の場合は話以上のことをやらかして……いや、行っていたりもするので正否判定が難しいところだ。


 他に強く覚えている記憶は……そうだな、おままごとだろうか。


 確か、あのときの私は、植林作業をしていた母のそばで土遊びをしていた。

 母に食べて貰いたくて一生懸命に泥ダンゴを作っていたのだ。

 もちろん普通に考えて土くれなどはとても食えた代物ではないが、当時の私はあまりにも幼く、そのような分別はなかった。

 できあがった泥ダンゴを母に差しだすと「美味しい!美味しい!」と、彼女は本当に口に入れて食べてしまった。

 美しい顔を泥まみれにしたその笑顔が強烈に印象に残っているのだろう。

 母が喜んでくれたことが本当に嬉しくて、私は浮かれて何個も泥ダンゴを作り、彼女は一つも残さずにニコニコしながら食べた。

 それでもピンピンしているのだから、我が母は鉄の胃袋の持ち主という以前に悪食や味覚音痴の類なのかもしれない。

 察するとおり、母は私に対して過保護で非常に甘い人だ。

 たった一人の肉親だとしても度が過ぎていると思うことが娘ながら多々ある。

 私にとってそんな母は呑気な父親役で侍女長が躾の厳しい母親役といったところか。


 あー……余談ではあるが、実はその泥ダンゴは私も食べた。


 母があまりにも美味しそうに食べるものだから、ついつい口にしてしまったのだ。

 結果は言わずもがなので省くとするが、今でも思い出したかのように母にからかわれる。

 そのときは母に泣きながら抱きついて、しばらく彼女の植林の手を止めてしまったのだから申し訳なく思っているよ。


 まあ、そのように私の幼い頃の記憶は母がらみのことが多い。

 なぜ? と聞かれてもな……そうだな、理由は母は幼い頃からの私の憧れであり、そして生き方としての理想であるからだと思う。

 追いかけて追い並び、いつか彼女が見ている風景を私も見たい、そんな気持ちがあるからだ。

 だから華奢で細いのに、しかし力強い背中がいつまでも印象に残るのだろう。



 さて、普段の母の生活は先に述べたとおりだが、今でも暇さえあれば木を植えている。

 ライフワークにしろ、何がここまで彼女を突き動かすのだろうか?

 その熱意は私が生まれる以前に起きた戦いが原因ではないのかと思う。

 そう、愚かしい人族が人魔大戦と呼称する魔族と人族の大戦争である。

 この戦いが起きた原因は長くなるので省くとしよう。

 ただ欲深き人族による、魔族に対しての許されざる行為があったことだけは忘れないで欲しい。

 母はこのとき酷く弱体化した魔族を守るためにすべての種族を、それこそ世界を敵にまわして十年近く一人で戦い抜いたのだという。

 これも伝え聞いた話だ……母自身からは戦争について詳しく聞かされていない。

 ただ以前、尋ねたときに、いつもは陽気な彼女が悲しげな顔をした。

 そのような普段とは違う姿を見せられると、たとえ肉親とはいえ深く聞くことができなくなってしまう。

 一方的な人族の侵略行為と先代魔王の戦死。

 そして、人族によって行われた……魔族の大量虐殺。

 そんな光景を目にして、その状況下で戦い続けた当時の母の心境を察するに、娘の私にさえ気軽に話せるような生易しいものではなかったのだと思う。


 ところで疑問に思ったのではないか?


 父である先代魔王が亡くなって、十年近く経ってから私が生まれたことについてだ。

 母の胎内にいた鬼子というにはあまりにも長すぎる期間である。

 これについては私も明確な答えがだせずに本当に悩んだものだ。

 ああ、母が不貞を働いたと疑っている訳ではないので勘違いをしないように。

 というか、彼女がそんな器用な人ではないことは娘である私がよく知っている。

 そんなことができるのならば母の側仕えの者たちも苦労などはしないだろう。


 少し話が外れるのだが、母は恐るべき美貌をもっている。

 特に女としての自分磨きをしているわけでもないのに魔族……いや、世界有数の美をもっているといってもまったく過言ではない。

 女ならば誰もが羨望し、嫉妬すら抱くのも無駄と思われる極上の美貌をもっているのに、当の本人はそれらのことに関してまったくの無頓着なのだ。

 周囲の者たちからは折角の美しさが勿体ない、もう少し相応しいお召し物を着ていただきたい……と度々声があがって私からも進言するようにと懇願される。

 彼らの発言が不遜であるとは思わない。

 権威的な観点からも魔の国の王が、そこいらの老人が好むような作務衣を嬉しそうに着ているのは如何なものなのか?


 ただ、これらのことには理由がある。

 母は自らの評価が極端に低いのだ。

 絶世と呼べる美貌をもっているのに本気で自分は大したことがないと思い、着飾る必要性を感じていないようなのだ。

 それについては母は元人族で、ある事情で生まれ変わったという話で一応の納得はした。

 たぶん母の自己評価基準は生まれ変わる以前のものなのだろう。

 そして闇の森での長期に渡っての原始的な野人のような生活が、その思い込みに拍車を掛けているのだと思う。

 しかし、その割には母は自分とよく似た容姿の私を「本当に美人さんよね」と嬉しそうに、頻繁に褒めるのでいささかの矛盾を感じる。

 身内びいきがあるとしても、美醜感覚はもちあわせがら自身に対しての評価は極端に低い……そこまでいくと何らかの暗示の類ではないかと疑ってしまう。

 ああ、もちろん、私は自惚れではなく、自分が世界有数の美のもち主だと自覚しているよ。 

 ちなみに母と私の顔がどれほど似ているかというと……侍女長いわく、私の顔をぬるま湯に三分ほど浸して髪を黒く染めネジを緩めたら母の顔になるらしい。

 なぜだろう、比喩的表現が意味不明なのに、言っていることを微妙に理解できてしまうのが嫌すぎる。


 とまあ、私の炎を思わせる色合いの髪や瞳は魔族の中でも非常に希少で、先代魔王の特徴を色濃く残すものだとか。

 亡き父を知っている者ならば、私がその血を引く者であることは一目瞭然であるという。

 父が死んで十年近く経ってから私が生まれた理由については、母にもよく分からないらしい。

 ただその話をした際に「貴女は管理者からの贈り物なのかもね」と笑いながら母は語った。


 ……ふん、管理者か。


 ああ、すまん、不快なことを思い出してしまってな。

 管理者とは、その名の通り世界を管理する神にも等しい超常的な存在だ。

 かつて人族に神と呼ばれ、魔族が虐げられる原因を作りだした悪しき存在とは別物だとか。

 むしろ管理者がいるお陰で、この世界は存続できているのだという。

 母によると管理者である【彼女】は世界を支えるという役目に手一杯で、こちらにはほとんど干渉してこれないらしい。

 その母の口ぶりから管理者となんらかの繋がりがありそうだが、それに関しても詳しいことを口にはしない。

 ただ管理者を語るときの母は穏やかな表情をしており、【彼女】が悪しき存在でないことは確かだと思う。


 しかし、それはそれとして、許せないことが一つだけあるのだ。


 三十年ほど前になるだろうか、管理者が突然クラスというものを定めた。

 これは端的に言うならば、人の持っている特定の分野に秀でる資質を明確にしたものだ。

 まあ、実際のところはあくまで可能性のひとつに過ぎず騒ぐほどのものでもない。

 どのような資質だろうが成功する者はいるし、その逆もまた然りなのだから。

 例えば料理人の資質を持つ者が飯屋を経営して必ず成功するのか? という話だ。

 

 短命で愚かな人族にはクラスに引っ張られて人生を崩す者が多いらしいが、人族は魔族よりもクラスの影響を受けやすいようなので、それも仕方のないことなのかもしれない。

 我々魔族では、思いもよらぬクラスがでて楽しんでいる者が多い印象だ。

 侍女長のように女騎士のクラスを授かる者がいれば、武官長のような料理人のクラスを得る者もいる。

 侍女長についてだが……淑女然とした彼女には悪いと思うのだがなんとなく納得ができる。

 彼女を怒らすと怖いのは私と母の共通認識であるからだ。

 武官長の場合は本人も周囲も思ってもみなかったらしく、彼は今では料理が趣味となり奥方や周りの者達に振る舞っている。

 なぜ、クラスというものが出現するに至ったか、これは母にも分からないらしい。

 ある程度の推測はできるが、まだ話せるほどの確信はないのだとか。

 

 ちなみに、私の得たクラスは女王である。

 これについては正直どうでもいいし些細なことだ。

 ああ、母が「流石はアタシの娘ね」と喜んでくれたことに対しては私も嬉しい。

 問題は母が得たクラス。



 これが……植木職人だった。



 ……もう一度言おう、植木職人だ。




 百歩……いや、一万歩ほど譲って王あたりならばまだ分かる。

 だが植木職人とはいったい何事だっ!!

 本来であれば我が母は大魔王……あるいは世界皇帝などのクラスを授かっても、おかしくはない偉大な御方なのに、それが管理者のこの仕打ちだ。

 私はあまりのことに、管理者からのお告げで造られた魔導具を何度も持ちあげ、引っ繰り返して確認してしまったぐらいだ。


 当の本人は「あらやだ、流石は管理者ね」となぜか納得顔をしていた。

 腹立たしいことに周りの者たちもなぜか普通に納得した顔だった。


「流石は陛下です、美味しいところを持っていかれますな、ハハハッ」


 今思いだすと、ずいぶん意味不明な褒め方と盛りあがり方をしていて……腹立たしく思う。

 そのときの私はなにかの間違いかとそれどころではなく、母に鑑定しなおすように必死で懇願していた。

 困り顔の母が何度試してみても示されたクラスは植木職人だった。

 私は怒りのあまり、その場で魔導具を粉微塵に……塵一つも残さず破壊してしまった。

 野蛮な行為である、しかし、あえて言わせて欲しい、私は決して悪くないはずだ。

 それ以来、年に一度は母に確認してもらっているのだが、彼女のクラスは未だに植木職人のままだ。


 そして私は年に一度、全く同じ日に魔導具を一つ破壊している。


 なんとしても管理者を見つけだし、この件について一度じっくりと話し合わなければいけない考えている。

 そう母に語ると呆れた顔をされるが、これだけは決して譲れないのだ。



 ◇



「あら、今日はどうしたの?」


 普段は闇の森にいることが多い私が城の中庭に出向くと、母が呑気そうに声をかけてきた。

 私は母の姿をながめ見る。


 闇を切り抜いたように光る濡れ羽の黒髪。

 見る者によって印象を変える深紅色の瞳。

 万年雪のように透き通り絹のような手触りを持った玉の肌。

 何人だろうと目を奪われる、黄金律の顔立ちとスラリとした立ち姿。

 少女でも女でもない、本来ならばわずかな期間だけしか見れない奇跡的な容姿。

 竜のような角や尻尾の異形ですらも美麗な装飾品とし、おおよそ美人が必要とする要素はすべて余裕で持ち合わせている美しい人。

 極上の美貌、天上の美姫、傾国の美女。

 褒める言葉なら尽きることなく湧いてでる人知を超えた存在。

 自画自賛というわけではない、母と私は似ている容姿だがその性質は全く別物なのだから。


 とまあ、そんな風にジッと見つめていたら、母が「う、な、ナニかしら?」とたじろぐのを感じた。

 うん、ここまではいい、問題はここからなのだよ。


 頭にかぶった、ほっかむりと普段着と化している地味な作務衣。

 厚手の手袋に長靴と虫よけ用の裾のほつれた長袖。

 首には使い込んでボロボロと化した手拭と、まるで田舎で見かける老婆のような姿だ。

 普通はここまで野暮ったい農夫の格好をしていたら、どんな美人でも色気もなにもあったものではない。

 だが、それら一切合切を無視して物ともせず、人を魅了する妖しい雰囲気を放っているのがこの人の実に恐ろしいところだ。

 本人がそのことについて無自覚なので尚更である。


 新しく城勤めに来た者などは、この母の姿を見て――


「あのどう見ても農夫の格好をした、恐ろしいくらいの美人はいったい何者なのですか!?」


 と、恐慌をきたしながら周りの者に聞くという。

 この城において毎年の風物詩になっているらしいが娘としてはなんとも言い難い。


「特に用事はありませんが、お母様とお話をしたくなりまして」

「あらあら、珍しいわね。なににしても嬉しいわ」


 母は艶やかな微笑みを浮かべた。

 本人的にはニヘラ笑いという緩い笑い方のつもりらしいのだが、異性どころか同性すらも見惚れさせる魔性の微笑みだ。

 ちなみに聖女の微笑みという笑い方も教えてもらった。

 不安を抱えた者に対して効果の高い微笑み方だそうだが実際にはどう見ても……いや、多くは語るまい。

 ただ、魔族領に攻めて来た人族を脅すときに役立っているとだけいっておこう。



 中庭のテラスで母のいれてくれたお茶を飲みながら、二人っきりの会話をしばし楽しむ。

 今日も変わり映えがしない、しかしとても平穏で、とても素晴らしい日だった。

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