魔王様の馴れ初め話
魔王さま
完成したばかりの苔盆栽を棚の上においた。
「ふふ、素晴らしい作品が出来たわね」
ごきげんようアタシは魔王です。
ニヘラと笑う。
かれこれ二百年は魔王をやっている。
昔はあちこちと暴れ回ったものだけど最近は丸くなった。
年とは思いたくないけど大きな娘もいるし、やっぱり年なのかしら?
魔王と言ってもアタシは国政には関わっていない。
この魔の国は王政ではあるけど、魔王とは力の象徴ゆえに政治に関わることはほとんど皆無で、またアタシより優秀な家臣がそろっているので丸投げしているのだ。
ええ、餅は餅屋よ、昔の人はいい言葉を残したものよね。
そんなわけで今日も家猫ほどに暇をもて余し、城の中庭で趣味の園芸をしながら過ごしている。
そんなとき、アタシより遥かに優秀な娘が訪ねてきた。
「こんにちは、お母様、いらっしゃいますか?」
娘の呼びかける声に棚の隙間から手をあげて顔を覗かせる。
あの子は思いもよらない所にいたアタシにちょっとビックリしていた。
そんな表情でも十分に見れるんだから美人さんは本当にお徳よね。
娘はいつもの通りの動きやすそうなシンプルな黒のドレス姿。
背中に流した炎のように赤い髪と同じ色あいの澄んだ瞳は、彼女の凛とした顔立ちと雰囲気には良く似合っていた。
私が生んだとは思えないほどの恐ろしい美貌である。
あの人の因子が頑張ってくれたのね……でも他の者がいうには容姿はアタシ似らしい。
似ているかな?
アタシはこの娘のように美人ではないと思うんだけど?
「ふー、驚かさないでくださいよ、お母様」
「ごめんごめん、ところで何か用かしら?」
「ええ、はい、本日はお母様にお聞きしたいことがありまして」
「あら、いったいなにかしら……あ、政ならアタシに聞いても無駄よ?」
「それは存じていますよ。聞きたいのは先代の魔王、お父様のことですよ」
ん、あの人のなにを聞きたいのかな?
「はい、お父様とお母様が、どのように出会ったのかを知りたいのです」
「あれ、それって何度か話したわよね?」
「そうなのですが……お母様の話は大ざっぱすぎて矛盾が多いのですよ」
「あ、あら、そうだったかしら?」
「ですので今度は正確に、詳しく聞かせてほしく思いまして」
この子にあの人のことは何度も話して聞かせた。
とはいえそれは彼女が幼い頃のことで『貴女のパパは拳一発で山を粉砕できたのよ~』とか誇張して子守唄代わりに伝えていたのだ。
しかし詳細まで話すとなると、あの人との黒歴史的なドつきあいまで語る必要がある。
「……まあ、貴女もいい大人だし、すべてを語るには良い頃合なのかもね」
「ありがとうございます、お母様」
「相変わらず堅いわね貴女は、娘なんだからこの程度は遠慮しないの」
アタシはニヘラと笑ってみせた。
すると娘は
「あ、あら、なにかしら?」
「………………」
無言で見下ろされる。
う、微妙にこの子のほうが背は高いから威圧感が……さ、流石は闇の森の女王ね?
「では娘として忌憚なく申しあげます。お母様はもう少し身嗜みというものに気を使われたほうがよろしいのでは?」
「ええ!? ……これでも、それなりに気をつかっているつもりよ!?」
「その格好のどこがですか!! 侍女長も、魔王陛下はあれほどの美貌を持ちながら淑女の嗜みに無頓着すぎて何とも勿体ない……と、私に会うたびに零しておりますよ」
「淑女よりも魔王をやっている方が長いのに、今さらそんなことを言われましても……」
ごにょごにょと言い訳したらキッと睨まれました……ショボーン。
というか今は趣味の園芸中で普段はもっと
「うん、しかし、あなたが親の馴れ初めに興味をもつなんて、好きな人でもできたのかしら?」
苦し紛れのごまかしに、娘さま、口に手を当てゴホンゴホンと咳払い。
おや、頬を染めていらっしゃる。
これは図らずとも正解だったのかな?
まあ、それは今後の楽しみに取っておくとして……仕方なし、昔話をするとしますか。
今のアタシとしての始まり、そしてあの人との出会いから別れまでを。
あれは確か、アタシがまだ人族だった頃……。
◇
あの頃のアタシは今とは違う世界……異世界に生きる人間だった。
その世界でのアタシは学生をやっていた。
唯一つ肩書きが入るのならば、ボッチなスクールカースト底辺の女だったかしら。
ん、それはなんのことですかって? まあ、とりあえず気にしないで。
アタシがこの世界に来た理由なんだけど……巻き込まれ召喚ってやつかしら。
選ばれし者たちを呼ぶ召喚魔法陣。
たまたま、その近くにいたアタシは手をつかまれて引っ張り込まれたのよ。
やったのはクラスでもカースト上位に当たる男と取り巻きの三人の女たち。
引っ張り込んだことに関して一切の謝罪はなし。
正直いけ好かない連中で、何かあるたびにアタシに嫌がらせや意地悪をするような奴らだった。
まあ、そうして巻き込まれたお陰で今こうしてこの場所にいるんだし、一応の感謝はするべきなのかしら。
彼らも最後には、それ相応の報いを受けたみたいだしね?
ええっと、召喚で呼ばれたこの世界、人族の国では様々なことを教えてもらったわ。
ワタシたちが、正確には同郷の四人が召喚された理由や果たすべき使命。
魔王という世界の絶対悪を倒すために神に選ばれたということ。
それから神殿に連れていかれて与えられた神の加護を調べられた。
アタシ以外の四人には戦うための力が宿っていた。
でも、アタシには何の力も無かった……ええ、無能力者だったのよ。
そのときのアタシは少しだけ、そう、ほんの少しだけね、期待していたの。
ダメなアタシでも別の世界なら、何か力が得られるんじゃないかって?
ふふ、現実はそんなに甘くはないわね。
落胆する周囲の声と、馬鹿にする同郷者たちの笑い声で泣きそうになったわ。
それでもアタシは異世界の転移者。
この世界の人間よりは高い魔力をもっていたから、魔王討伐の旅に強制的に同行させられることになったのよ。
平和な世界で生きてきて戦ったことなんて一度もないのに小娘だったのにね。
しかも魔王の討伐よ?
今、魔王をやっているアタシでも笑うしかない。
とはいえ当時のアタシに発言権や拒否権などはまったくなく、どうすればいいかなんて考えもつかず、流されるままに周りの者たちに従うしかなかった。
同郷の男は勇者としての力を授かっていてね、この世界の人間から従者を選ぶことになったんだけど見事に女ばかりになっていたわ。
エルフや獣人にドワーフもいる、いわゆるハーレムパーティてやつかしら。
うん、ハーレムってなんですか?
男が複数の女を囲い込むことかな?
男の夢らしいんだけど、アタシが唯一詳しく知っている男だと……あの人は女に興味が薄かったみたいだし……ごめん、アタシにも理解しがたいわね。
後々考えてみると随分と気持ちが悪い話なんだけど、そのときはアタシや一緒にいた女たちも、そのことに大して不信感も抱かず気にも留めない感じだった。
たぶん勇者の加護には人を魅了して意識を誘導する力なども含まれていたんだと思う。
勇者が召喚された理由を考えると確実にあったと思うのよ。
魔王の討伐、そして世界に神の加護を得た血を広めるための……種馬としてね。
旅の目的地は闇の森、その奥深くにある祭壇の泉だった。
ええ、あなたもよく知っている、あの場所ね。
泉で儀式を行えば魔王を倒すために必要な聖剣を手にすることができ、歴代の勇者たちも最初に向かう場所だった。
アタシは儀式の内容については特に疑問に思わなかった。
旅については語ることはないかしら……ううん、そうね色々とあった。
悲しいことにトコトン虐められたわ。
同郷の三人の女は元より従者の女たちにも、聖女のお姫様を中心に散々な目に合されたわね。
なぜって、彼女たちはこの世界では、それぞれ選ばれし頂点に立つエリートだったの。
そんな彼女たちでも、何があっても敬うべきなのが神の加護を受けた転移者たちよ。
勇者はともかくとして、実績もなく戦闘訓練もろくに受けていない転移者の女たちに対して、頭を下げなくてはいけない彼女たちの屈辱はいかほどのものだったのかしらね?
その中でアタシは卑屈でブスで頭もよろしくなく、神の加護も無かったから、見下して自尊心を満足させるには最適な獲物だったのでしょうね。
そう、彼女たちの都合のよい爪とぎ板がアタシだったってわけ。
え、お母様は気高くて美しくて強い、王としても非凡で稀有な存在?
ふふ、ありがとう。
でもね、当時のアタシはそんなちっぽけな人間だったのよ。
旅の間は様々な雑用を押しつけられたわね。
朝昼晩と問わず、寝ていても呼びだされ召使あつかいされた。
戦闘では役に立たないからって、魔獣の前で肉壁にされて何度も死にそうな目にあった。
それにね、アタシが虐げられていた理由はそれだけではなかった。
今まで酷いことしかしてこなかった勇者が、急にアタシに優しく接するようになったのよ。
当時のアタシは慣れない環境と旅の中で孤立無援で追い詰められていたから、優しい言葉をかけてくれる勇者に好意すら抱いたわ。
本当にあの頃のアタシは馬鹿だったわね。
何でそんなことをしてきたのかって?
それは女たちの嫉妬を煽りアタシをより虐めさせるためよ。
勘違いしたアタシを勇者は同郷の女たちと一緒になって笑っていたのだと思う。
え、許せない?
ちょ、ちょっと落ちついてあなた、もう昔の話なんだから落ちつきなさいよ!
ハウスっ!? ハウースっよ!!
ええっとそう、そんなことがありながら闇の森の魔獣を避け何とか祭壇の泉まで辿りついた。
泉については省略するけど、凶悪な魔獣が徘徊してるとは思えないくらい綺麗で穏やかな場所よね?
それからアタシは勇者に泉の淵にある石碑の前に立つようにいわれた。
もちろん疑問なんて何ももたず彼の言う通りに従ったわ。
そして刺された。
ええ、背後から勇者に剣で刺されたのよ。
聖剣を得る儀式とは、泉の石碑に高い魔力をもつ生贄を捧げることだったのよ。
そうね、信じられなかった。
確かに虐げられていたし、決して仲が良かったとはいえない、それでも一緒に旅をしてきた者に殺されるとは考えもしなかった。
不思議とね……痛みはなかった。
振り返ったアタシが見たのは勇者とその従者の女たちだった。
泣いていたのは聖女のお姫様。
聖剣を得るための尊い犠牲です、とか言っていたわね。
でも嘘泣きだとすぐに分かった……だってアタシをいたぶるときと同じ目をしていたから。
同郷の女たちはお腹を押さえてアタシを指差して笑っていた。
殺し合いすら目にすることのない世界で生きてきた人間が、人が殺されようとしてるのに笑っていたのよ。
他の女たちも反応は様々だったけど、誰もが侮蔑か無関心の眼差しでアタシを見ていた。
まるで物でも見るような目で……ええ、助けようとしてくれる人なんて、救ってくれる人なんて一人もいなかった。
平然とアタシを殺そうとしている勇者はこう言ったのよ。
『本当にすまない、この世界を救うため、聖剣を手にするためにその命を捧げてくれ』
謝罪の言葉……白々しかったわ。
だって、罪悪感なんてこれっぽっちも感じてない顔をしていたのだから。
まるで物語に出てくる悲劇の主人公の真似事でもしているようだった。
ううん、むしろ笑って、目を輝かせていたのかも。
聖剣を得るという大義名分で、神が許可した罪に問われない人殺しができるのだから。
アタシと同じ世界から来た勇者と三人の女たち。
彼らにしてみたら、ここは何でも自由に思い通りにできる遊戯の世界だったのね。
アタシを殺すことすらも、その遊びの延長だったのかもしれない。
アタシが感じたことは何も、もう本当に何もなかった。
そして今はそのカラクリを知っている。
すべては勇者という物語を彩るために、神が用意した試練という名の……悪趣味な演出だったということに。
アタシは勇者に心臓を突き刺された。
アタシの胸から魂を材料にして出現したのは眩い光を放つ聖剣。
柄を掴まれると気が狂いそうなほどの激痛が体中に走ったわ。
勇者は無造作にそれを引き抜いた。
アタシは勇者に殺されて、呆気なく魂まで奪われた。
輪廻さえも許されず、人としての存在そのものを世界から消されてしまったのよ。
聖剣を手に高く掲げる勇者と歓声をあげる女たち。
ごみのように打ち捨てられ、崩壊し、灰となって踏みにじられるアタシの体。
看取ってくれる者は、目を向ける者は誰一人としていなかった。
ええ、アタシは聖剣を得るための贄として殺され、魂を奪われて死んだのよ。
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