少女が生まれ変わって魔王になる物語
あじぽんぽん
プロローグ
影操りの魔王
それは、旅の途中のことであった。
植物もろくに育たぬ黄土色の乾いた荒野。
そこに生首が一列に置かれていた。
その数は八つ。
砂まみれの風の吹く中、八つの桶の上に生首が八つ置かれている。
アタシは無言でながめた。
そんな奇異な光景を作りだしたのは、生首の後ろで胸をそらして並ぶ人族の男たちだろうか。
それぞれが鍛えあげられた逞しい肉体をもち、いるだけで周囲を威圧しそうな大男たちだ。
しかし彼らの胸ほども背丈のないアタシが視線を向けると、どの男も怯えたように目をそらす。
アタシは彼らにどれだけ恐れられているのだと、思わず苦笑する。
とはいえこのままでは埒が明かない。
一番威厳がありそうな初老の男に問いかけてみることにした。
「あの……これは、どういうことですか?」
「この者たちは、かつては貴方様の仲間で、そして貴女様を害した者どもです」
緊張した様子で返答する男。
しかし、アタシの質問の意図は伝わらず、どうにも会話になってない。
並べられた生首を再びながめた。
どれも血の通わぬ青白い肌だ。
微かに漂う死臭から察するに、首は切断されてからそれなりの時間が経っているはずだが腐敗した様子はまったくない。
入れ物の桶に腐敗防止の術式でも掛けられているのだろうか。
髪が短く切られ耳が片方……もしくは両方かけてたりする以外、顔立ちが判別できる綺麗なものだ。
だが、どの顔もひどい形相であった。
全員、元の顔立ちが整ったものと察しられるゆえに余計際立っていた。
断末魔というのものだろうか……死ぬまでに酷い拷問でもされたのかな?
「あのですね、アタシが聞いているのは、これでどうしろということなのですが?」
「……貴女様が我ら人族に対して深い恨みを抱いていることは重々承知しております。ですが、魔の国での虐殺行為を行った勇者たち重罪人のその首で、お怒りを鎮めて国に戻っていただけないでしょうか……魔の国の陛下」
アタシは腕を組み、う~んと考えるポーズをとる。
初老の男をちらり見て。
「それだけですか?」
「は、はっ……?」
「まだ、なにかほかに言うことがあるのでは?」
初老の男は震える指で額の汗を拭った。
そして観念したかのように胸元から一枚の羊皮紙を取りだす。
縛り紐に施された蝋の封には、ある国の紋章が見えた。
それは神を祭る宗教国家ものだ。
今現在において、人族の中で最も力を持つ国家からのアタシ宛の手紙であった。
封を切った羊皮紙を掲げ、読みはじめる初老の男。
しばらく聞き。
「あなたも中々に大変ですねぇ?」
途中でさえぎった。
「はい? 魔の国の陛下、なにがでございましょうか?」
「その手紙、小難しい言葉をもっともらしく並べてますけど、書かれていることの大筋は『魔の者は、自分たちに無条件で従え』とか、そんなところではないですか?」
「え、いえ、決してそのようなことでは……」
「そう? 今までの蛮行は水に流して許してやるから、とか上から目線で書かれていたりして?」
「……………………」
図星のようだ。
というか、どの国も考えることが一緒で芸がなく、ため息も出ない。
巨人的というか……相手が自分より力がないとみると、まずは脅迫まがいの要求をし、どれだけ譲渡を引きだせるか計ろうとする。
ほんとうに傲慢である。
しかし、それが通じるのは人間同士のみ。
「……陛下、貴女様の悲惨な境遇は隅々まで聞き及んでおります。これらの条件を飲むのは確かに難しいかもしれません……しかし、これ以上の戦いを我が国は望んでおりません。いいえ、この悲惨な戦いを終わらせたいのは人族の総意であります。それはおそらく魔族も同じはずです。ここは互いの種族のこれからの未来と発展のためにも……」
何とか交渉を成功させたいのだろう。
必死さをにじませながらアタシを説得しようとする初老の男。
その姿があまりにも滑稽で堪えられなかった。
「ふ、あはははははははははっ!」
アタシは声をだして笑った。
狂ったように笑いだしたアタシに、初老の男は戸惑いと怯えの表情を見せる。
アタシたちの周りを
それにすらおかしさを覚え、アタシは口とお腹を押さえて笑い続けた。
ああ、おかしい、久しぶりに笑えた……人間は本当にアタシを嗤わせてくれる。
だってね、こんな何もない荒れ地に、アタシのような小娘のためだけに、千人以上もの武装をした兵士が物々しくも集まっているんだもん。
「な、なにが、おかしいのですか……?」
「ああ、まずはそこから説明しなくてはいけませんか……いいですか? あなたたちは勇者という名前の殺し屋を召喚し、問答無用で魔の国に戦争を仕掛けました。それは魔族とは言葉の通じない、害獣同様の存在だと認識していたからでしょう?」
「お、お待ちください! 我々は決してそのように考えていたわけではなく!!」
「あら、そうなのですか? では今まで、魔族を理解するために話し合いをしようしてくれた国が一つでも、一人でも現れましたか?」
「……そ、それは」
「それどころか、人族の王や貴族、エルフの方々は、魔族のことを家畜呼ばわりしていましたよ? アタシも高貴な方々に畜生や犬だのと散々罵られましたね」
「ふ、不幸なすれ違いです……お互いの種族の相互理解のなさ、それが勘違いの原因なのです。ですから我々はその不幸を払しょくしたく……」
アタシは初老の男の目を見た。
すると彼は「ひっ!?」と短い悲鳴をあげて、それ以上の言葉を喋れなくなる。
特別に何かをしたわけではない。
アタシはただ男を見つめただけだ……この、おぞましい異形の目で。
「あなた方に危害を与えたわけでもない魔の国の者たちを、多くの無抵抗の魔族たちを惨たらしく笑いながら殺しておいて、アタシが人族に爪を振い始めたらやめてくれという、死にたくないから戦いをやめようと泣き叫ぶ」
「……………………」
「アタシを殺すことができないから、勇者とその娼婦たちの首を差しだして恥も知らずにもこれで手打ちにしてくれという……ねえ、これが笑わずにいられますか?」
石まみれの大地を素足で軽く跳ねるように歩いて男の前に立つ。
手を後ろに組む。
自分より頭一つは背が高い男の顔を下からながめる。
そうしてアタシは
彼の体臭から、汗の臭いから、アタシに対して隠すことのできない強い恐怖の感情がでていた。
「そしてなにより、アタシの提案した平和への道を蹴って戦いを望んだのはあなたたち人族でしょうに……?」
周りの反応も見るために一拍間置いた。
しかし、どの人族の者もアタシの言葉が理解できないといった顔をしていた。
アタシは両手両足の指では足りないくらいの国を滅ぼしている。
だというのにすべての国を、まさかすべての人族を滅ぼしはしないだろうと根拠なく思い、交渉ができると考えている。
その自分たちに都合のいい、モノの考え方がおかしかった。
「ねえ、ねえ、つまらないお話はそろそろ止めにして、
アタシは鱗に覆われた自らの尻尾で地面を叩いた。
風を切る音が鳴って、硬い土と石が簡単に抉れ土埃が舞いあがる。
途端にアタシにかかる多くの視線が殺気となり、物理的な形として圧が感じとれるほどに変化した。
取り囲む千人以上もの兵士たちが一斉に武器を抜き放つ。
鋼や鎖などの鉄同士をこすり合わせる重く滑らかな音が荒野に響く。
それは戦いの意思表示。
ようやく
彼らの行動はアタシの懐柔から殺害へと切り替わった。
「人族の男、最後に聞きますよ。あなたの目の前にいるのは何者ですか?」
問いかけるアタシに初老の男は……逞しい男たちは慌てて逃げだした。
彼らが人の壁に下がるのと同時に、千の兵士が雄叫びをあげて動きだす。
魔導師が魔術を使い、弓兵が矢を放つ。
騎馬兵が、歩兵が、剣や槍や斧などの様々な武器を構えて突進してくる。
轟音が響き重い土煙があがる。
千人もの人間が同時に動く振動で大地が大きく、大きく揺れた。
傍目に見れば、一大叙情詩に語られるような勇壮な光景だろう。
しかし常人からすれば正気を疑う光景でもあるだろう。
なぜならそれは、たった一人の存在に対して行われていることなのだ。
その過剰な力のすべてはアタシ一人を殺すためだけに使われているのだから。
迫りくる殺意。
しかし、アタシは彼らを見ていない。
いつも通り、ただ、両手を広げる。
頭の上まで手をあげて、大きく振る。
まるで楽団の指揮者のように大げさに振る。
一瞬だけ【影】が伸びて広がった。
それだけ……そう、それだけだった。
音は生じない。
炎や雷といった魔術と唱え手の魔導師たち。
棘ついた矢と剛弓の撃ち手の弓兵たち。
逞しい戦士と軍馬、ありとあらゆる価値ある武器や防具の数々。
それらすべてが、元から存在しなかったかのように跡形もなく消えさった。
小石の一欠けら、土煙すらも残らない、あるのはただの静寂のみ。
不自然なほどに平らにされた黒い荒野に残るのはアタシと八つの生首。
そして尻餅をついて呆然としている初老の男が一人だけ。
後はアタシの【影】がすべて飲み込んだ。
やがて、場の失った物質を補完するかのように強い風が吹いて流れ込んでくる。
スンッと鼻を鳴らして空気の匂いをかいだ。
唯一の生き残りである人族の男の恐怖に満ちた視線に応えるように問いかけた。
「ねえ、人族、アタシは何者ですか?」
「か、か、か、影、あ、あ、操る……」
「うん、それで?」
「ま、魔王ううううぅぅぅぅぅ!?」
震える彼の返答に満足して
「あなたは生かしてあげます。国に戻って伝えなさい。これから先、あなた方が選ぶことができるものは自らの死に方だけ……と」
「ひ、ひぃ‼ ひいいいいいいいいいいいいっ!!」
年齢による威厳も捨て、初老の男は奇声をあげ何度も転びながら逃げていった。
彼の姿が消えるまで見送ったあと、地面に転がった八つの生首を改める。
男の首が一つと残りはすべて女のものだ。
「勇者と同郷の三人の女……それと勇者のために準備された女が四人か……」
勇者が関係をもった女はもっといただろう。
勇者の従者として旅をし、アタシをいたぶったのはこの女たちだ。
彼らの首をアタシの影に取り込むことはしない。
この広大な大地で誰にも知られず、墓標も立てられず、静かに朽ち果てて消えていく……英雄とまでうたわれた彼らの贖罪としては相応しいものに思えたからだ。
死者を晒して侮辱し貶める気はない。
それにアタシ自身、彼らに対して感じることはなにもないのだ。
いや、それはすべてにおいて言えるのかもしれない。
他者になにかを思い感じ取るには、今のアタシはあまりにも変質しすぎた。
頭部の側面から二本の角と尖った耳が生えていた。
腰と臀部の間から爬虫類のような尻尾が伸び、黒だった目は深紅色に染まって体のあちこちから鱗が生えている。
どう見ても異形である。
なまじ人の形をしているがゆえに、それは余計に目立つ。
この世界にアタシのような生き物は他にいない。
こんな姿をしたものはアタシ以外には誰もいないのだ……そう、魔族にさえも。
「そして、それ以上に、アタシの心は化け物となってしまった」
ああ、苦い感情と共に思いだす。
人として生きていた頃の記憶が朧げになっても、故郷への望郷の念すら消え果てても、それだけは鮮明に思いだせる。
彼との始まり、そして別れまで、アタシの行き場のない感情のすべてを。
枯れ果てた心でも、喜び、悲しみ、憎しみ、怒りすべてをはっきりと思いだせる。
そう、アタシは、今でも克明に思いだすことができるんだ……!!
「ねえ、アタシの愛しい人……あなたの花嫁は、まだこうやって、こうして、この世界で生きていますよ?」
空を見上げて、両手の指を高く伸ばしてアタシはささやいた。
黒い婚礼衣装を身にまとい。
この残酷な箱庭の世界から永遠に消えてしまったあの人に届くように。
アタシが唯一愛したあの人の元へ。
魔王の下へ、いつか向かうことのできるその日のために。
アタシはこの大地を一人生きて彷徨う。
一人生きて放浪する。
世界に滅びを与える唯一無二の
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