第136話 命の戦い3

 一体、なにが起こったのだろう?


 突如としてわたしの手に感じられていた夏穂ちゃんの体温がなくなったかと思ったら、夏穂ちゃんの姿そのものが消えてなくなっている。


 これは――

 明らかに普通ではない。

 わたしはそう結論づけた。


 夏穂ちゃんは、なにか大きなことに巻き込まれている――わたしはこの月華学園に転入してきてからずっとそのように感じていた。


 どこの誰がどうして夏穂ちゃんを狙っているのかは全然わからない。


 だけど、わたしが転入してから起こった数々のおかしな事件はどうにも夏穂ちゃんを狙っているように思えてならなかった。


 そして、いま起こったこれは――


 誰が、どう見ても夏穂ちゃんを狙ったものだろう。なにしろ、彼女自身が突然消えてしまったのだ。これで狙ったのが夏穂ちゃんでなかったなんてあり得ない。


 しかし――


 生徒が一人、いきなり消えてしまったというのに、廊下ではいつも通りの光景が繰り広げられている。それを見ていると、わたしが見たもののほうが幻かなにかではなかったのではと思えてしまう。


 じわり、と嫌な汗がさらに滲み出してくる。


 どうする――

 これは、どう考えても普通の出来事ではない。普通じゃないからこそ――

 わたしは――関わらないほうがいいのだろうか?


 夏穂ちゃんは――わたしに怪異などには関わってほしくないと思っている。わたしも、自分から関わりたいとは思っていないけれど――

 このままでいると、夏穂ちゃんがどこかに消えてしまう気がして――


 どうしよう。

 なにかしなければいけないのに、なにをすればいいのかわからない。

 わたしがどうするべきか躊躇していると――


「――――」


 なにか声が聞こえた、気がした。


 そちらに顔を向けると――


 先ほど、夏穂ちゃんがいなくなる瞬間、こちらを見ていた女の子の姿があった。彼女は――こちらに淡い笑みを浮かべてこちらに視線を注いでいる。その目からはやけに淫猥なものが感じられた。


 わたしは、彼女と目を合わせたまま――


 もしかして――

 夏穂ちゃんをどこかにやったのはあの娘なのだろうか? そんな疑問が湧き上がる。


 いや、しかし――


 そんなこと、できるわけがない、とは思うけれど――『選別現象』を浴びてから色々あり得ないものを見てきたわたしには、いま目の前に立っている彼女にそんなことができたとしても不思議ではないとも思っていた。


 彼女は――相変わらずこちらに視線を注いでいる。その目を見ていると、何故か心がざわめいてきた。ただ、目を合わせたまま――時間だけが過ぎていく。


 そして――


 彼女は驚いたような顔をして、わたしから視線を逸らし、踵を返して歩き出した。


 待て――と声を出そうとしたけれど、こんな状況であってもわたしの喉は震えてくれない。


 躊躇しているうちに、彼女の姿はどこかに消えてしまっていた。どこへ行ったのか――そう思って、先ほどまであの娘がいた場所に近づいてまわりを見渡しても、あの娘らしき姿はどこにもない。まるで、幻かなにかだったかにように消えてしまっている。


 どうする――わたしは三度そう思った。


 あの娘が、夏穂ちゃんが消えてしまったことになにか関係している可能性は高い、と思う。


 だが――


 もし、あの娘が怪異か、それに類するものだったのなら――わたしになにかできるだろうか?


 いまは病院のときみたいにヒカリがサポートしてくれるわけじゃない。特殊な力なんて――わたしはなに一つとして使えないのだ。わたし一人でなんとかするのは明らかに無謀だろう。


 それなら――


『あなた、なかなか面白いわね。わたしの魅了をはねのけるなんて』


 いきなり、どこかから声が響いてきた。さっきなにか言っていたあの娘の声だとわしは直感した。あたりを見回してみる。だけど、先ほどわたしと目を合わせていた女の子の姿はどこにも見られない。


『あなたのお友達はちょっといなくなってもらっているわ。ま、別に殺しはしないから安心しなさい。殺しても死なないそうだけど』


 どこかから響くその声を聞いていると、身体が痺れていくような感じがした。なにか、よくわからない力がこちらに向かってかけられているのかもしれない。


『というわけで、こっちのわたしはあなたと遊ぼうと思うの。どう? 一緒に楽しみましょう』


 一体、どういうつもりなのだろうか? 彼女が言う『遊ぶ』というのが、そのままの意味であるとは思えない。確実に、なにかよくない思惑があってそんなことを言っているのは確実だ。それは、一体――


『そう身構えなくてもいいのよ。抵抗しなければ痛いことはしないから。ちょっと協力してくれるだけでいいのよ』


 頭に響くその声を聞いていると、身体の内側から溶かされているような感じがしてとても不快だった。


 それに――


 この声の主はどう考えても悪意のようなものがある。協力してくれ、なんて言われて、はいそうですか、と言えるほどわたしはのんきでもお人好しでもなかった。協力なんて、してやるものか。


『ふふ。その顔を見ていると、協力してくれなさそうね。そんなに可愛い顔なのにむくれてちゃもったいないわ。それなら、頷いてくれるまで――ちょっと危険な遊びでもしましょうか』


 そう言い残して、頭に響いていた声は不快感だけをわずかに身体の中に残して一切聞こえなくなる。

 危険な遊び――それはなんだろう。そんなことを思っていると――


 目の前から、女子生徒が三人、ぼうっとした、どこを見ているかもわからない目をしてこちらに向かってくるのが見えた。


 あれを見て――わたしは即座に逃げ出した。いままで歩いてきた方向とは逆向きに廊下を走り、近くにあった階段を駆け降りていく。息が切れるまで、逃げれるところまで逃げて――わたしは息を整えるために立ち止まった。


 あの目は――病院で見たものを同じだ。何度も見て、恐怖を味わったものだからいまでもはっきりと思い出せる。彼女たちはあの娘によって操られているのだ。


 どうする――


 いまはあのときとは違って一人だけだ。協力してくれる者は誰もいない。一人で、なんとかしなければならない。


 いや――

 協力してくれる人ならいる。


 三神先生――

 彼女に言えばわたしのことを助けてくれるかもしれない。


 わたしは――カウンセリングルームを目指して速足で動き出した。

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