第122話 妖精の愛6

「ねえ、どうしたら脱出できると思う?」


 つばさは薫子と小夢に向かってそう言った。

『魔女』は――先ほど別の教室に行ってから戻ってきていない。別にここに戻してやろうとは思わなかった。


 そもそも――

 あんなのが近くにいるだけ虫唾が走る。

 いなくなって結構だ。


 とりあえずは薫子をなんとか脱出させなければ。そうすればあとはどうにでもなるだろう。


「あの……いいですか?」


 薫子は恐る恐る手を挙げた。ずっと高圧的な態度を取っていたせいなのか、随分と委縮しているように見える。


「いいわよ。なに?」

「ここには――『妖精』はいないんですか?」

「はあ? 『妖精』?」

「えっと、その――わたしたちって『妖精』を追いかけていたらここに来てしまったわけじゃないですか。ここで『妖精』を見つけて、追いかけて行けば戻れるんじゃないかと思って……」

「ふむ……」


 確かにそれはあり得る話だ。

 あちらで見かけたものをこちらでは見られないという確証はいまのところない。

 だが――


「問題は――どこにその『妖精』がいるのか、よね」

「……はい」


 それなりの期間この場所にいるつばさも、この異界に来てからは未だに『妖精』を目撃したことはない。小夢が見かけていたら、つばさになにか言っているだろうから、小夢も見ていないだろう。


 それに――

 こちらに来る前、どうして『妖精』を見てしまったのかもよくわかっていないのだ。

『妖精』を見つけるには――なにか条件があるのではないか?


「でもまあ、ここからの脱出に、あたしたちがここに来る前に見かけた『妖精』が関わっている確率はかなり高いわね。もしかしたら、『妖精』さえ見つけられれば、ここから脱出できるかもしれない」


 そう言うと、薫子は嬉しそうな顔を見せた。

 どうやらこの娘、本当にここにいたくないらしい。そう思うのも当然だ。つばさだって小夢が来ていなければ同じように考えていただろう。


 つばさは小夢に視線を傾けた。

 小夢は、小動物みたいにつばさの身体に抱きついている。本当に可愛らしい。いままで見てきたどんな娘よりも可愛らしいと思う。


 早く――

 早く――前みたいに二人だけの満たされた世界に戻りたい。

 そのためには――脱出の手立てを考えなければ。

 二人の理想郷を邪魔した、薫子と『魔女』を排除する必要がある。


 ――殺してしまおうか。


 頭に過ぎるのは悪魔じみた考え。

 ここで殺せば――もとの場所に戻れるのではないかというある種の希望。


 だが――本当に殺せばもとの場所に戻れるのだろうか?

 それについては、まだなにも確証はない。


 しかし――

 ここで殺してしまえば、仮に戻れなかったとしてもつばさが罪に問われることはないだろう。


 この異界で起こったことはもとの場所には伝わらないはずだ。

 であるならば――ここで、この異界の中でやってしまえば……。

 ここにはつばさたちしかいないのだから、完全犯罪が完成する。


 どうする――

 つばさはごくりと唾を飲み、薫子に視線を向ける。薫子は相変わらず馬鹿そうに怯えているだけだ。だが、ここでやるわけにはいかない。うまく誘導して一人になったとき殺す――それは容易いように思えた。


 そしてもう一つ。

 あの『魔女』をどうするかである。


 いや――『魔女』だがなんだか知らないが奴も同じだ。背後からバットで殴れば簡単に殺せるだろう。取っ組み合いになったとしても、あんなひ弱そうな娘に負けるはずもない。これでもつばさは受験が本格化するまでは運動部に所属していたので体力にはそれなりに自信がある。


 まず必要なのは――

 自分が、奴らを殺そうとしていることを、奴らに感づかれないように、脱出の手立てを考える必要がある。


 そこで――

 当たり前のように殺す――なんて思っている自分に気づいて、つばさは少しだけ背筋が寒くなった。


 いくら、小夢を独り占めしたいからと言って、平然と『殺そう』なんて考えているのは少し異常だ。


 この異界がそうさせているのか――

 それとも――

 そこで――


 再び、小夢が薫子に視線を注いでいることに気づいた。彼女が薫子に向けている視線はやけに熱い――ように思えた。もしかして、あの小娘のことが気になっているのだろうか? いや、そんなはずはない。つばさの小夢がそんなことを考えるわけがない。


「もう、今日はだいぶ暗くなってきたし、ここまでにしましょう」


 つばさはスカートについた埃を払いながら立ち上がった。つばさが立ち上がると小夢も一緒に立ち上がった。


「あの……どこに行くんですか?」

「別に……どこだっていいでしょ。なに、あんた高校生にもなって一人で寝られないわけ?」


 つばさが露骨な嘲笑をすると、薫子は悔しそうな顔をしていた。


「別に、あたしたち以外には誰もいないんだから、別々に寝たっていいでしょ。文句あんの?」

「…………」


 薫子はなにも言わなかった。言えなかったのかもしれない。


「そんなに誰かと一緒にいたいのなら、あの『魔女』と一緒にいたら? 明日無事に起きれるかどうか知らないけどね」


 なにも言えなくなっている薫子を鼻でせせら笑ったのち、つばさと小夢は教室の外に出た。


 この異界には時計がないので何時かはわからないが、もうすっかり外に風景は暗くなり始めている。この異界には電気がつかないので、もうしばらくすれば真っ暗だ。なにもいないとわかっていても、真っ暗になると恐ろしい。


「どうなるのかしらね……」


 つばさはぼそりと言う。

 あの小娘は、ただ一人でここを満たす真の暗黒に耐えられるのだろうか? それで壊れてしまえば一つ手間がなくなるが――


 なんであったとしても――つばさと小夢の二人の世界を邪魔されなければそれでいい。


 もう少し、プランを練ってみよう。

 奴らをここから追い出すプラン。

 奴らを――小夢に知られずに殺すプラン。

 それさえできれば――またこの場所は二人だけの理想郷に変わってくれるのだ。


「ね、小夢」


 つばさは小夢に語りかける。


「あたしたち、ずっと一緒だからね」


 つばさがそう言うと――小夢は「うん」と小さな声で言った。


「今日も色々やってあげるわ。なにをしてほしい?」

「つばささんの……好きにしていいよ」

「ほんと? じゃ、今日はちょっとイジメちゃおっかな」


 つばさはこの場で小夢の唇を奪って――

 蜜の味のような秘め事にふけり始めた。

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