第108話 災厄を呼ぶ悪性9
自分が立っている足もとの地面が少しずつ削られている、そんな感じがした。
音もなく不吉が近づいてくる予兆――丈司はいまその中心の近い場所に位置していると思う。でなければ――
結局――あのあと、つかさとは会えずじまいだった。
彼女は一体――どうなってしまったのだろう?
なにかあったことは間違いない。
須田や部長に現れていた、あの黒い斑紋がなにか関係しているのも間違いないはずだ。
だけど――それがなにを意味しているのかまったくわからない。
その不可解さのせいで、丈司は身体の内側から腐っていくような気がした。
つかさが困っているのに、なにもできない自分がもどかしい。
なにかできることはないのだろうか? つかさに対してだけでも――なにか、できることがあれば――
そう思っても、あれからつかさと顔を合わせていない以上、できることなどあるはずもない。なにかしたいというのなら、まずつかさと顔を合わせなければ駄目だ。今日は――会えるだろうか? 会えなかったら――また家に行ってみよう。
そこまで考えて――
昨日、つかさの下宿先の前で会った藤井のことを思い出した。
つかさの実家で家政婦をやっていると名乗った彼女――個性や特徴が失せていて――どこか人間ならざる雰囲気をまとっていたあの女の人は――
一体何者なのだろうか?
正直なところ、丈司の印象ではただの家政婦とは思えなかった。
それに――
つかさの実家は一体なにをしているのだろう? つかさが実家のことについて話したがらなかったことがいまになってどうにも気にかかる。よくある耳にするような、親との折り合いが悪いなどとはどうしても思えない。
自分はどうすればいいのだろう?
彼女が困っているというのなら――彼氏としてなにかしたほうがいいのではないか?
このまま――彼女が元通りになるまで待っていたら、なにかよくないことが起こってしまう――ように思えてならない。
なにか起こりつつあるのなら――なんとかして止めないと。
そこには、彼氏だのなんだのは関係ない。
人として当然のことだ。
困っている人に手を差し伸べるのは――絶対に間違いなんかじゃない。
たとえできることがろくになかったとしても――できないからといってなにもせずにいるのは耐えられなかった。
そして――
なにかしなければ――という気持ちが丈司の心をさらに不安にさせた。
なんとも表現のできない漠然とした不安を抱えたままキャンパス内を歩いていると――
ふと、目に入った見知らぬ男子学生のふくらはぎにあの黒い斑紋があるのを見かけた。
「……っ」
それを見た瞬間、思わず声が漏れそうになった。
あの模様は特徴的だから――似たような模様のタトゥーを入れているとは思えない。そもそも、あんなところにタトゥーは入れないだろう。
あれは一体、なんなんだ?
なにかわからないのに、あれがよくないものに思えてしまうのは何故だろう。
そんなことを思っていると――
真正面から通りかかった見知らぬ女子学生の頬に黒い斑紋が現れているのが目に入った。
もしかして――
あの黒い斑紋は増えているのではないだろうか? あの黒い斑紋が身体に浮き出ている人はこれで五人。あのタトゥーを入れるのが流行っているわけではあるまい。
だとしたら――どうやって増えている?
またしてもわからないことが増えて、それが丈司をたまらなく不安にさせた。
やっぱり――つかさと話さないといけない。
きっと彼女は――いま起こりつつあることがらについてなにか知っているはずだ。
そして彼女が困っているのなら――手を差し伸べてあげなければ。
彼氏として、人として――つかさを助けてあげたい。
いや、まて。
そこで丈司は再び藤井のことを思い出した。
あの人も――つかさの身に起こっていること、そしてこの大学の近辺で起こっていることについて、なにか知っているのではないか?
そして――
昨日、藤井から言われた言葉を思い出す。
つかさに関わると不幸になる。後悔したくないのなら早く離れたほうがいい。
そんなことを言われたのが記憶に残っている。
だとすれば――
藤井もここで起こりつつある『なにか』について大なり小なり知っているはずだ。
それだったら――つかさよりも先に藤井に訊いてみたほうがいいのではないか?
とは言ったものの――丈司は藤井がどこに滞在しているのかわからない。恐らくここから近い場所にあるホテルだと思うが――それでは数が多すぎる。一人で探し当てるのは不可能だ。昨日の様子だとしばらくこちらにいるように感じられたが――また会えるだろうか?
そして――
また一人、黒い斑紋が身体に浮かんでいる人を見かけた。これで六人目。やっぱり――増えている。それは間違いない。
そこで――
もしかして自分にもあの黒い斑紋が浮かんでいるのではないか、と思った。
自分にもあの黒い斑紋が浮かんでいたのなら――どうなる? それを考えると、心から恐ろしい。
「宮本」
自分を呼ぶ声が聞こえて、背後を振り返ると、そこには自分よりも頭二つ半ほど小さい女子学生の姿があった。同じオカルト研究会に所属している里見小春だ。彼女は肩で息をしていて――
「どうした?」
「部長が失踪した」
小春の言葉は――丈司の心を銃弾の如く貫いた。
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