第102話 災厄を呼ぶ悪性3

 今日の授業が終わってすぐ、丈司は自分が所属しているオカルト研究会の部室へと急いだ。


 もうすでに四時を回っているので、キャンパス内にいる学生の数は少なくなっている。暗くなり始めた、夕方の不思議な時間――丈司はいそいそと速足で駆けていく。


 オカルト研究会は少し特殊なサークルである。

 まず、オカルトの存在をちゃんと認識している人間が集まっていることだ。


 オカルト――というか怪異を実際に遭遇し、知っている者だけが入部を許される形になっている。それは創設された半世紀前から変わっていないという。


 そして――


 このオカルト研究会は――学生がオカルト的なもの――いわば怪現象に遭遇した生徒からの相談を受けつけていることだ。


 無論、飲み会やらをやることもあるが――基本的に活動といえば、学生からの怪異がらみの相談を受け、それを解決すること。キャンパス内での評判はいい、という話は聞いている。


 そんなサークルに入った理由にはたいしたものはなかった。勧誘をしていた現在の部長に声をかけられ、興味を持ったからだった。


 それに――

 丈司自身も、怪異によく遭遇する身であったからだ。


 自分が見ているものの中に、自分にしか見えないものがあると知ったのは十歳のとき。小さい頃はまだ怪異などに対する耐性が強くなかったのか、寝ているときなどに変なことが起こったのをよく覚えている。


 いまでは困ることはなくなったが――小さい頃にそう言った経験が多かったために、現在でも怪現象に興味を持っている。コリン・ウィルソンの著作は愛読書だ。哲学科に入学したのもそのあたりが原因だった。


 とにかく――


 丈司は怪現象に興味を持ち、そして怪現象を調査、解決するサークルに属しているわけだ。


 とはいっても、最近は『本物』が出てくることは少ないようで、丈司が入ってからは数えるくらいしか活動していないが――それでも特に不満はない。


 だって――

 いつも自分のことをからかってくるつかさのことを思い出す。


 オカルト研究会に入っていなければ、つかさと仲良くなることも――いや、話す機会すらなかっただろう。それができただけでも、オカルト部に所属した甲斐はあったと言えるだろう。


 他のメンバーも気のいい人ばかりなので、ただそこに行って話をしているだけでも楽しく過ごせる。まさかこれだけ充実した学生生活を送れるとは思ってもいなかった。


 オカルト研究会の部室はキャンパスの外れにある。だから少し歩かないといけない。生徒の数が少なくなったキャンパスを速足で進んでいると――


 昼に声をかけた、ゾンビみたいな足取りで歩いている男が目に入った。


 丈司は足を止める。

 昼――彼は大丈夫なんて言っていたけれど――本当に大丈夫なのだろうか? あの重くて遅い足取りはまったく変わっていない。


 そもそも――

 昼からずっとああしていたのではないのだろうか?


 それなら――どう考えても大丈夫とは思えない。

 また、声をかけてみるか。


 丈司は男に近づいて、再び声をかけた。


 しかし――返ってくるのは大丈夫とは思えない「大丈夫」ばかり。どう考えても正常とは思えない状態なのに、彼はその一点張りだ。


 やっぱり、無理矢理なにかするわけにもいかず、丈司は男から離れてオカルト研究会へ足を向けていく。


 なんだかやるせない気持ちのまま歩いているうちに、気がつくとオカルト研究会の部室へと辿り着いていた。

 丈司は扉を開けて中に入る。


「お、宮本くんも来たか。早くこっちに座って」


 部室に入るなり、丈司は部長に促された。どうやら、他のメンバーは全員来ているらしい。部室の中を見渡してみる。


 そこには――つかさと、同じ学年で医学部所属の里見小春と、三神京子が座っていた。


「二人も来てたのか」

「二人もってなんだ。来ちゃ悪いのか?」


 京子は悪い目つきと悪い口調で言った。しばらく見ていなかったが、相変わらずである。


「来ちゃ悪いなんて言ってないけどさ。最近来てなかったから、忙しいんじゃないかと思って」

「その忙しいのが落ち着いたから来たんじゃないか。それとも、私らがいないほうがよかった? 邪魔者がいると、つかさといちゃつけないもんな?」


 丈司のことをからかうように言ったのは小春だ。彼女も相変わらず――小学生が飛び級しているのではないかと思うくらい幼い外見をしていた。


「そういやお前、つかさと付き合い始めたんだってな」

「な……」


 なんでそれを知っている、と言おうとして、動揺のせいで言葉が出てこなかった。どうしてしばらく来てなかったのにそれを知っているんだ。


「なにそんなアホみたいん顔してるのさ。私らだってつかさと仲いいんだから、そのくらい聞いてるに決まってるだろ。本当にウブだね丈司くんは。そんなんだと悪い大人に騙されるぞ」


 やれやれ、なんて見た目とはまったく裏腹に年寄りめいた口調で小春は言う。


 つかさのほうを見ると、ちろりと舌を出して笑って「言っちゃった☆」みたいな顔をしていた。


「う、うるさいな。いきなり言われたらびっくりするだろ普通。お前ら最近、顔出してなかったんだから」

「相変わらず扱いやすい男だね丈司くんは」


 人のいい部長にもからかうようなことを言われ、丈司は恥ずかしい気持ちになりながらも空いている椅子についた。


「それじゃ、全員来たことだし、話を始めようか」


 部長がそう言うと、場の雰囲気は一気に引き締まったものに変わった。どうやら真面目な話をするつもりらしい。


「なにかあったんですか? ここ半年くらいなにもありませんでしたけど……」

「ああ。まだ相談は来てないけど――最近ちょっと気になることが起こり始めているようなんだ。もしかしたら、見たことある人もいるかもしれないね」


 ごくり、と全員が息を呑むのが聞こえる。それから一拍置いたあと――


「最近、キャンパス内でゾンビみたいな足取りで徘徊しているのを見かけたことがあるかい? もしかしたらあれには怪現象がかかわっているかもしれないって思ってね。それについて話そうと思う」


 丈司はその言葉を聞いて――


 自分のまわりでなにか起こり始めているのではないか――なんて嫌な予感が過ぎった。

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