第98話 透明人間の逆襲14
突如として宙に浮かび、圧倒的なスピードで机が夏穂に向かって飛んでくる。
しかし、夏穂は身体を屈めて自らに向かってきた机を避け、ぐちゃぐちゃに散乱している机を蹴りこんで、怪人がいると思われる場所に机と椅子を押し込んだ。
机がなにかにぶつかるのが確かに見え、夏穂は頷いた。
少なくとも、普通の物体については触れられるようだ。夏穂が触れるかどうかは不明だが。
夏穂は自分のバックを持って、迎え撃つために用意してきたものを確認する。
よし――ちゃんとある。
怪人が向かってきて、近づいてきたらすぐに使えるように準備をしておく。
机と椅子をぶつけられて怯んでいたらしい怪人がこちらに向かってきた。力任せに机を薙ぎ払ったのちに近づいてくる。
まだ遠い。もう少し近づいてこないと駄目だ。
が、当然のことながら姿は見えないので、勘に頼るしかない。
ごん、と腹になにか思い切り突き刺さる感触がする。棒状のものを思い切り鳩尾に叩きこまれた。まだ人の形式を保っている夏穂は一時的に息ができなくなって動きが止まる。
しかし――殴られるとはじめからわかっていれば、この程度なら耐えられる。たいしたことではない。
「へえ、この程度、二メートルもあるくせに貧弱なのね」
棒状のもので鳩尾を思い切り突き上げられたにもかかわらず、すぐに夏穂は息を整え、怪人を挑発する言葉を言い放つ。夏穂には見えないから、どんな反応をしているのかわからないのが少し残念だ。
怪人はなにも言わない。
なにか言ってるのかもしれないが、その言葉は夏穂には聞こえない。
次は夏穂の側頭部に衝撃が走った。今度は右から横に薙ぎ払われたらしい。夏穂は思い切り机と椅子の群れに突き飛ばされる。殴られて、頭がくらくらした。
だが――
夏穂はしっかりと意識を保つ。
姿が見えない存在の攻撃に耐えるためだ。
邪魔な机を薙ぎ払いながら怪人は近づいてくる。
そこで――
夏穂は自分の裡に溶けている怪異を外部へと放出した。一瞬で教室の半分ほどが暗黒に包まれる。自らの足もとに広がる暗黒を察知した怪人は机と椅子を蹴飛ばしながら教室のどこかへと消えた。まったく見えないが、どこに移動したのかある程度予想がつく。恐らく、夏穂のいる位置からもっとも遠い場所だろう。
「あら、どうしたの? 別にあなたがそれに触っても特になにも起こらないはずなんだけど――ビビってるわけ?」
側頭部を思い切り殴られ、血を流しているにもかかわらず、夏穂は一切ダメージを感じさせずに立ち上がった。
「どこにいるのかしらね」
そして、自らのまわりに暗黒を広げたまま歩き出した。
再び机が宙に浮いて、夏穂に向かってもうスピードで飛んでくる。夏穂はそれを避けなかった。顔面に飛んできた机が直撃する。
しかし――
夏穂の歩みは止まらない。
ただ悠然と、不可視の怪人に向かって暗黒を広げながら進んでいく。
「そこにいるんだ」
顔面に机を思い切りぶつけられたのが嘘としか思えないほどしっかりとした足取りで、机が飛んできた方向に歩いていく。
怪人がどうしているのか夏穂にはまったくわからない。
だが、怪人が恐怖していることはなんとなく理解できた。
夏穂が連れ歩く暗黒はさらにその色を深め、広げていく。その暗黒を見ていると、そのまま呑まれてしまいそうなほど深い。いつの間にか、その暗黒は怪人がいると思われる場所以外のすべてを覆い尽くしていた。
今度は椅子が宙に浮かんで轟音とともに飛んできた。またしても夏穂の顔面にヒットする。当たった拍子で少しだけ動きを止めたが、すぐに動き出した。
「だから大丈夫だと言ってるじゃない。なにをそこまで恐れているのかしら? もしかして、これに触れてなにか嫌なものでも見た?」
割れた夏穂の額から流れる血は暗黒に染まっていた。いまの彼女は、普段は最低限整えている体裁を取り繕うことすらしていない。それはまさしく、人の姿をしているだけの化物であった。
夏穂はゆっくりと近づいていく。
あと三メートル。
暗黒はもうすでに怪人に触れているだろう。それなのに、捕らえた感触がまったくない。やはり、オーエンが言ったように、あの怪人と夏穂の暗黒はほとんど相互作用をしないようだ。
それにもかかわらず、怪人があそこまでこの暗黒を触れようとしていないのは――そのわずかに引き起こされる相互作用でも、無視できないほどの影響を及ぼすのだろう。
以前、夏穂を襲撃したとき――それがわかっているから。
暗黒は教室のすべてを覆っていた。自分が立っているのかどうかすらもわからなくなるほどの暗黒である。
怪人がいると思われる場所まであと一メートルまで迫ったところで――夏穂は大事に抱えていた鞄からペットボトルを取り出して――怪人に向かって、ふりかけた。
怪人が呆気に取られたまま液体を浴びていたが――すぐに動き出して夏穂を思い切り殴りつけた。夏穂はそのまま殴り飛ばされ、教室中を埋め尽くしていた暗黒は一気に引いていく。
夏穂は、存在しないなにかのしかかれる。
「そういえば電気は使わないの?」
これだけ殴られても、夏穂の余裕は消えていなかった。それどころか恐怖のひと欠片すら感じられない。
そう言われて、なにかその存在を思い出したのか――夏穂の口に先ほどから何度も殴りつけていた棒状のものを突っ込んで――
以前夏穂を感電死させた電流を――青白い火花を瞬かせながら放った。
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