第88話 透明人間の逆襲4

「なんだ、一緒にいたのか。まあいいさっさと来い」


 京子は、いつも通りカウンセラーとは思えない態度で部屋を訪れた夏穂と命に向かってそんなことを言う。


「ええ、ちょっとなんかあったみたいで。ところで呼び出した理由は、最近校舎をうろついているという二メートルくらいある怪人の件ですか?」

「……知っていたのか。それなら話が早い。奥の部屋で待たせているからさっさと話を聞いてこい」

「わかりました」


 どうやら、夏穂が呼び出された理由は命がさっき見た怪人の件のようだ。


「ところで京子さん。その怪人についてなにか知ってます?」

「たいしたことは聞いていない。恐ろしい姿をしているとか、目が合った瞬間消えたとかそんな程度だ。

 だが、いま来ている娘以外にも何人か見たという話を聞いている。だから、本物だと判断した。ぐずぐずしてないでさっさと行け。他人を待たせるなアホ」

「…………」


 詳しい話はいま来ている生徒から聞けってことらしい。京子と口喧嘩をしてもなんの意味もないし面倒なので、夏穂は奥の面談室に向かって歩き出した。

 一度ノックして、「失礼します」と言ってから、面談室の扉を開けると――


「やっぱり、あんたなのね」


 と、どこかで見た覚えのある生徒の姿があった。


「あら、先輩じゃないですか。先日はお世話になりました」


 面談室にいたのは、この間の『悪魔』の件で協力してもらった原田志乃である。相変わらずどこか追い詰められているような感じが見受けられた。


「それでどうしたんですか? 京子さんからはとりあえず話を聞いてこいと言われてしまったので、どのような件でここを訪れたのかまだわかりかねているのですが――最近、学園内で二メートルもある怪人を見かけるとかいうのを聞いているので、それについてでよろしいのでしょうか?」

「……相変わらずよく回る舌ね」


 志乃は忌々しげな口調で言う。なにやらあまりいい感情を抱かれていない――彼女になにかしただろうか?


 ……少し考えて、特に心当たりは思い浮かばなかった。

 まあいいか、いつものことだし――と夏穂は結論づける。


「まあいいわ。話を聞くんだから突っ立ってないで座りなさいよ」


 志乃はこちらへの悪感情を隠そうともせず、顎で目の前の椅子を指した。


「ほら命。座っていいって。座りましょう」


 夏穂は命の手を引いて、志乃の前にあるソファに腰を下ろした。命は、当然のように夏穂の足の間に座ってくる。


「むかつくぐらい仲がいいのねあなたたち」

「羨ましいんですか? それはちょっと困りますよ先輩。羨ましがられても、この娘は誰にだってくっつくわけじゃありませんし。言うなれば私の数少ない特権です。諦めてくれませんか?」

「…………」


 夏穂の言葉に対し、志乃は無言のまま睨みつけて、質問に答えた。彼女の鋭い視線で、命が夏穂の手を握る力が少しだけ強くなる。


 うーん。


 この前はこんなに敵愾心を持たれていなかったはずなんだけど――一体なにがあったんだろうか? こんな風に嫌われる覚えは――たくさんあるけど。彼女なんか潔癖そうだし、話を知ったら嫌いそうな理由など有り余っているが。


「ふん。まあいいわ。話をしましょう」

「そうですね。そうしてくれると助かります」


 志乃になにがあったかなんて、これからする話には関係ない。こうやって敵愾心を向けられるのも悪くない。いまの夏穂にはなくなってしまった『人間らしさ』が感じられるから。


「確か、二メートルの怪人が出てくるとかなんとかは聞いていますけど、その話でいいんですよね」

「ええ。その手の噂には興味がないと思っていたけれど――意外ね」

「先輩の言う通り、基本的に噂話なんてまったく興味ないんですが――今回ご相談に来た二メートルの怪人をこの娘も見たらしいので、今回は例外ですね」

「…………」


 何故か睨みつけてくる志乃。さっきからなんなのだろうこの感じ。ただ嫌われているとかそういうのではないような――気がする。


 だけど、その奥にあるものがなにかよくわからない。わからないけれど――まあ別にそれほどたいしたことでもないだろう。気になることなんて気にするから気になってしまうのだ。


「それで、ここにご相談に来るってことはなにか被害でも遭いましたか?」

「……別にそういうわけじゃない。ただ――」

「ただ?」

「あれは、とんでもなくヤバいもののような気がしただけ。早くなんとかしないと、とんでもないことがまた起きるんじゃないかと思って」

「とんでもないこと、ですか」


 命も、先ほど噂話をしていた二人組もなにかされたなんて言っていなかった。

 しかし――それはいまはまだ、というだけである。


 この学園は怪異が生まれやすい場所だ。

 そして、怪異というのは人間に害を及ぼすものが多い。


 であるなら――今後、なにもしていなかった怪異がなにかする可能性というのは非常に高くなる。


 それに――

 この怪異の原因が人間であるならば――その可能性はもっと高くなるはずだ。


「一つ訊きたいのですが、先輩って今回の怪人以外に変なものとか見たことあります?」

「それっぽいと思うものはいくつかあるけど――どれも今回みたいにあそこまではっきりとしたものは見たことないわ。気のせいとか、見間違いで済むレベル」

「そうですか」


 嘘は言っていない――というか、そんな嘘をつく必要があまり感じられないので、恐らく嘘は言ってないだろう。


 ということは――志乃は特に霊感などない普通の娘ということだ。

 果たして――


「……なに。私のこと疑ってんの?」


 ぎろり、と夏穂を睨みつけてくる志乃。やはりそこには敵愾心と、余裕のなさが感じられる。


「そう言わないでくださいよ。この手の相談って、結構な確率で相談してきた本人が原因だったりするので。以前ご協力いただいた先輩がそんな人だとはまったく思っていませんので安心してください」

「……っ」


 ぎり、とこちらまで聞こえるほど大きく志乃は歯を軋らせていた。

 安心させるつもりで言ったのだけど、逆効果だっただろうか?


 まあいい。

 とりあえずのところ、夏穂は志乃を疑ってはいないのは事実だ。


 さて――


「ところで先輩、これから時間はあるでしょうか?」

「大丈夫だけど――なに? デートの誘い?」

「ええ、そんなところです。この娘や先輩や他の生徒も見たという二メートルの怪人を見ておきたいと思いまして」

「一人で行けばいいじゃない。どうして私を誘うのよ」

「なんといいますか、先輩が見たものってたぶん怪異の類だと思うんですけど――怪異の類は私だけだとあまり信用できないので。


「小さいときに色々とありまして、私は変なものを引き寄せやすい体質でして、必要以上に変なものを見てしまうんですよ。ごく普通の体質である先輩がいてくれたほうがいいと思いましてね。特になにかする必要はないので、一緒にきてくれませんか?」

「……そういうことならついていってあげるわ。あの怪人をなんとかしたいしね。あんなのがいると思うと、安心して受験勉強もできないし。本当になにもしなくていいのね?」

「ええ。なにかあれば私のことなんて見捨ててさっさと逃げていいですよ」

「ほんとあなた、頭おかしいのね」

「なに言ってるんです? そんなの当然じゃないですか」


 夏穂の言った言葉に対して、志乃は小さく「ほんと不愉快……」と言って、ぎりっと歯を軋らせた。

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