第84話 宇宙からの襲来16
「本当によくなったね。うん。なにかいいことでもあったのかな?」
定期健診に来た鈴鹿医師が楽しそうな笑みを浮かべてそう言った。
よくなった――本当にそうなのだろうか? 自分ではよくわからない。でも、お医者さんがそう言っているのだから、そのように見えるのだろう。
「それとも――最近ここで起こってた変なことに命ちゃん関係してるとか?」
そう言われてどきりとした。はじめはバレているのだろうかと思ったけれど、どうやら違うらしい。
「でもまあ、ここ最近のことに命ちゃんが関係していようとそうでなかろうと――よくなったのは事実だ。たぶんきみは――うちの姪みたいにならないで済む。それがきみに本当に幸せかどうかは別としてね。ま、私としてはよくなってくれれば嬉しいんだけど。医者だし」
それじゃまたね~と気軽に言って鈴鹿医師は病室から出て行った。やっぱり、後ろ姿は白衣を着た小学生にしか見えない。
それにしても――鈴鹿医師の姪っ子というのはどんな人なんだろう? わたしと同じような目に遭った――同世代の子だって言っていたけれど――ちょっとだけ気になる。今度の健診のときに訊いてみるのもいいかもしれない。
そこでヒカリの言葉が聞こえてこないのを自覚して――本当にいなくなってしまったんだと改めて実感した。
ヒカリはもういない。あの日、ダークを倒したあの日――ヒカリはわたしの中から去っていった。ヒカリがいたのはわずか数日の間でしかなかったのに――それは、なにもかも失ったわたしにとってかけがえのない時間だったと思う。いまのわたしにあるのは確かなものを失った喪失感――でも、それは不思議と不快なものではない。
結局のところ――わたしの目論見はうまくいかなかった。死にたかった、という心からの望みはあの日ですら叶わなかったのだ。ヒカリのために――ダークを倒すために――自分を犠牲にしてもいいと心底思っていたにもかかわらず。
たぶんわたしは――運がよくないんだろう。だから、あの日も生き残ってしまったし、あの日も死ねなかったのだ。
視線を窓の外に向ける。
そこには――ヒカリが残した光の網がまだはっきりと見える。夜になればもっと鮮やかに見えるだろう。それは、わたしにしか見えない光。ヒカリという存在が確かにそこにいたのだという証拠でもある。それを見ていると、何故か胸が苦しくなった。
ヒカリがいるのが当たり前と思っていたけれど――それは違う。いまの日々が本来の日常なのだ。
動く死体に超能力、わたしにしか見えない宇宙からやってきた知的生命体――それらはすべて普通に生きる人々にとっては異常な出来事である。
窓の外に、そしてわたしとヒカリがダークと戦った場所に残っている光は非日常の名残。それもいずれ消えていくだろう。
それでも――わたしがヒカリと過ごした短い日々の記憶がなくなるわけじゃない。
年下の男の子みたいな声をしていたヒカリ。
わたしのことを心から思ってくれたヒカリ。
ダークに追い詰められてもなお、わたしのことを守ろうとしてくれたヒカリ。
この、とても短い夢のような日々を一生忘れることはないだろう。
違う、なにがあろうと絶対に忘れてはならない。
だってヒカリは――
わたしを守るために、自分を犠牲にしてダークを倒したんだから。
でも、ヒカリは死んだわけない。
ヒカリは――自分の特殊能力を犠牲にしてあの光を放った。
いや――もしかすると、自分の特殊能力を犠牲するだけでは足りなかったら、他のものも犠牲にしていたかもしれない。ヒカリがそこまでやってくれたのは――ヒカリがわたしのことを本当に思ってくれていたからなのだと思う。
わたしは死にたかった。
心からずっと死を望んでいた。
だけど――ヒカリはそこまでしてわたしのことを守ってくれた。
それなら、わたしは――
守ってくれたヒカリのためにも生きなければならない、と思う。
わたしを守りたいという、ヒカリの思いを無駄にしないためにも――わたしはちゃんと生きていかなければ。
すぐにできなくでもいい。
ずっと死を望んでいたわたしには――そう簡単にできるようにはならないだろう。
でもそれでいいじゃないか。普通の人だって、大抵のことはすぐにできるようにはならないんだから。
わたしだって、それほど変わらない。
今度――鈴鹿医師に相談してみよう。そんなことを言ったら、彼女がどんな反応をするのか楽しみだけど――きっと喜んでくれると思う。
わたしはベッドから降りて立ち上がり、歩き出した。
病院の廊下はとても明るくて――昨日の夜、あんな出来事があったとは思えない。
わたしにも――かけがえのないものが見つかるだろうか?
ヒカリと過ごした日々と同じくらい――かけがえのないものが――見つかってくれるだろうか?
何故かわからないけれど――見つかるという確信があった。
ぼーっと歩いていると、外にあるものと同じ光が張り巡らされている場所に辿り着いていた。外来の待合室。いまは、なにかしらの理由で病院を訪れた人がたくさんいる。病院の中に唯一残された――ヒカリがいたという証拠だ。
迷いそうになったときは――まずここに来てみよう。
わたしにしか見えない、わたしにしかない思い出だけど――それは間違いなく大切なものなんだ。ここにくれば――わたしは人から外れそうになっても元の場所に戻れる。
――生きていこう。
わたしはいずれ消えてしまう光を眺めながらそう決心した。
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