第83話 宇宙からの襲来15
「安心しろよ。痛めつけるとは言ったが、殴ったり蹴ったりはしないぜ。そういうのは野蛮なやつらがすることだからな。俺はもっとエレガントにやる」
『なにをする気だ?』
ヒカリの声には答えず、ダークはわたしに一度顔を近づけて笑ったあと、立ち上がって歩き出した。
その直後――
指先にとてつもない痛みが走る。
人差し指の先になにか鋭くて細いものを無理やり押し込まれるような感覚――しかし、強烈な痛みが走っている部分を見てもなんの傷は負っていない。
これは――
「どうだ? 爪の間に針を押し込まれる感覚は。なかなかリアルだろ?」
ダークは嗜虐に満ちた声を上げている。痛みに悶えているわたしの姿を見るのを心から楽しんでいるのが理解できた。
「普通に痛めつけると、生物ってのはわりとあっさり死んでしまうし、それに血やらクソやら垂れ流されると汚いしな。それで俺は新しい拷問として痛みだけを与える術を編み出した。俺らしいエレガントさがあると思わないか? まあ、いまのところお前らみたいな下等生物にしか使えないのが難点だが」
指先に走る痛みはさらに増していく。その想像を絶する痛みで指がなくなってしまったと思うほどだった。だけど、指はなに一つとして傷ついていない。そのちぐはぐさがわたしをさらに混乱させる。
「いやあ、それにしても使う機会があってよかった。やっぱり作ったものは一度くらい試してみたいもんだからな。こんなクソ田舎にも来てみるもんだ」
これだけの痛みを与えられても――わたしの声は出なかった。出せなかった、のかもしれない。
「ふむ、随分と痛そうにしてるのに声は出さないのか? なかなか強情だな。一本やれば可愛らしく泣いてくれると思ったのに――アテが外れたな。もう一本いくか」
『やめろ』
ダークはヒカリの制止などまったく気に留めない。相変わらず嗜虐と余裕に満ちた笑みを浮かべている。
いまもなお人差し指に走り続ける痛みが中指にも発生した。なにか細いものが無理矢理押し込まれていく感覚。さらなる痛みにより、もはや自分の手がどうなっているのかもわからないほど痛くて、わたしは少しでも痛みから逃れたくて床をのたうち回った。
それでも――わたしの声は出てくれない。
痛くて痛くて叫び出したいのに――泣いてしまいたいのに、声にすらならない息が漏れるばかりだ。痛みに泣き叫ぶことすらできないわたしはとても無様だと思う。
「……どうやらきみが喋らないのはなにか別の理由あるようだな。声を出してもらえないのは少し残念だが――痛みにのたうち回るのは見れているからよしとするか。じゃあ、次の指に行こうか」
『やめてくれ!』
ヒカリは懇願する口調になってその声を響かせる。しかし、ダークは気に留める素振りはまったく見せない。
今度は親指になにか細いものを押し込まれる感触が広がった。三本目ともなると、もうどこが痛いのかもわからなくなってくる。
『お前が狙っているのはぼくだろう? 彼女に手を出すのはお願いだからやめてくれ』
「お願い――ねえ。面白いことを言うじゃないか。お前らの口から『お願い』なんて言葉を聞く日がくるなんて思わなかった。くくく。実に愉快だ」
ダークは大声で笑っている。
だが、わたしに与えてくる痛みを緩める気配はまるでない。
次は薬指になにかを押し込まれる感触が広がる。これで四本目。もう二度と手が動かなくなってしまうのではないかと思うほどの痛みだ。
痛いのは事実だ。
この痛みから早く逃れたいと思うのも事実だ。
だけど――
あの日――あの黒い人影に与えられた苦痛に比べれば、こんなのたいしたものではない。
わたしがあの日に与えられた苦痛は――人の理解を超えたものだった。
いまのこれは――痛いけれど、人の理解を超えたものではない。
だから――
――ヒカリ。
わたしは痛みに堪えながらも自分を保ち、ヒカリに語りかけた。
〈どうした?〉
――あいつをやっつける手段を思いついた。聞いてくれる?
〈なんだって?〉
ヒカリの声が驚きに満ちていた。恐らく、ヒカリもこの状況を打開できる策はなに一つ思い浮かんでいなかったのだろう。
〈どんな手段なんだ? 聞かせてくれ〉
――病院を覆ってる光の網って、ダークだけを倒すんでしょ? それを撃って。
〈おい。それは――まさか〉
――うん。あの光はなにかを犠牲にしないと使えないんでしょ。それならわたしのことを犠牲にしていいから。
〈それは……駄目だ。きみが犠牲になる必要なんてない〉
――そうかもしれない。
〈わかってるなら……どうしてそんなことを言う?〉
――わたしね、少し前にひどい目に遭ったの。この世にものとは思えないひどいものを見て味わって――生きているのを後悔したくらい。
――なにもかも否定されて無意味にされて――こんな思いをしたまま生きていくのは嫌だって数え切れないくらい思った。はっきりいえば死にたかったの。ヒカリに協力したのも――そうすれば、なにもかも否定されて無意味になったわたしでも、少しくらい意味のある死を迎えられると思ったから。
〈だからって……〉
――でも、あいつをなんとかしない限り、わたしもヒカリも助からない。それができるのは、ここで外にある光と同じものを使うしかないわ。
――だから、お願い。あなたのためにわたしを犠牲にしてほしい。そうすれば――無意味になったわたしが少しでも意味のあるものになれると思うから。
〈…………〉
ヒカリはなにも言わない。躊躇しているのか、それとも――
〈わかった。きみがそう望んでいるのなら――やろう〉
ヒカリの声にはいままで感じられなかった強い決意が感じられた。
「おや。どうしたのかな? また相談かい? それとも俺の話を聞く気になったのかな?ま、なんでもいいけど。どうせきみらには選ぶ道は残されていないんだし」
相変わらずダークは余裕の笑みを浮かべている。これなら――
〈……いくぞ〉
強い決意がにじむ声が響き、そして――
わたしの身体から、ダークに向かって色とりどりに輝く光が飛び出した。
「……なに?」
一本目の光はダークが寄生している医師の頬に掠めていった。当たっていない――と思っている間に、二本目、三本目と光がダークに向かって放たれて、徐々に取り囲んでいく。わたしから出ている光に当たっても、寄生先の医師の身体にはなに一つ傷つかない。
「くそっ!」
ダークはそう言うと、なにかが医師の身体から飛び出した。大きな蚊のような生物が一瞬だけ目に映る。あれが、ダークの本体か。
ヒカリは飛び出した蚊めがけて光を放っていく。
しかし――
ダークの本体は小さいうえに動きが早く、こちらが放つ光が取り囲む前に逃げられてしまう。
いつまで撃てるのだろう? 逃げられないくらい病院中をこの光で埋め尽くすことができれば、ダークを――
そのとき――
廊下の向こうから、誰かがやってくるのが見えた。
まずい、とわたしは朦朧とした意識でそれを直感した。せっかく寄生先から追い出したのに、別の人間に寄生されてしまったら――ダークを倒す前に、わたしが――やられてしまう。
どうして、誰もいなかったはずなのに――このタイミングでと自らの不幸を呪った。
やっぱり、わたしは――
ダークが現れた誰かに寄生すると、思った瞬間、
現れた誰かはとても人間とは思えない腕の速度で、わたし以外には見えないはずのダークを握り潰した。
『え?』
ヒカリの驚く声が聞こえる。
一体、なにが起こったのだろう? わたしには事態がまったく理解できなかった。
「なんか飛んできたから思わず潰しちゃったけど――なんだこれ? 虫? それにしちゃ随分でかかった気がするけど――」
そう言って青年が手を払うと、潰されたダークは追いかけていた光に当たってあとかたもなく消えていった。
「あれ? あんたなんでこんなところに?」
そこまできて、やっとわたしは誰がこの場所に現れたのか理解した。
少し前、昼間にぶつかった青年だ。どうして、こんな時間にこんな場所にいるのだろう、と思ったけれど――
どういうわけか――それを見たら安心できて――
「あ、おい。あんた大丈夫か?」
青年のそんな声が聞こえたのを最後に――わたしの意識は暗闇に落ちていった。
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