第60話 略奪の悪魔14

 人間という生き物は、俺が考えていた以上に早い速度で変化を遂げるようだ。

 それはなかなかに好ましいものであり、同時に愚かしいものなのだろう。早い変化をするがゆえに彼ら彼女らの文明に多くの悲劇が起こっているのだから。


 だが――俺にとって、変化が予想以上の速度であることを嫌悪する理由はまったくない。俺の想定よりも早くことが進むのは実に好ましい。


 情報が氾濫する現在において、早さはなくてはならない代物だ。それが、少女たちだけが暮らす閉鎖された場所であってもそれほど変わらない。まだ子供といっても、彼女たちは人間である。


 愚かで野蛮で学ばない――それでいておよそあらゆる願いを叶えるだけの素晴らしい可能性を秘めた存在である以上、人間の文明で起こり得ることは少女たちしかいないこの閉鎖された学園内でも起こり得るのは当然に帰結である。


 俺は――愚かしくも素晴らしい彼女たちに喝采を送ろう。きみたちは実によくやってくれた、と。


 それにしても――

 俺は学内に張り巡らせた目を使っていま学園で起こっている出来事を観察する。


 自らを律する力を奪われ、暴力と獣性に支配された娘たちがその狂気を次々と広げていく。自制心を奪われていないはずの娘も、奪われた彼女たちの狂気に感染して、自ら自制心を崩壊させていく姿はなかなか見ごたえがある。


 かつて起こり、そしていまもなお遠い場所で起こり続けている戦乱に比べれば、ここで起こっているこれは子供のお遊びであるが。


 しかし――

 子供のお遊びだからといって、劣っているわけではない。


 彼女たちを突き動かすものは、戦場に満ちる力学と同じものなのだ。一部の狂気に駆られた者と、それに感化され流される者、そしてそいつらから理不尽に暴力を振るわれ蹂躙される被害者――あの学園内を満たしているものは戦場を満たすものと同じである。


 無論、この場には船上で使われる武器はなに一つとしてない。銃もナイフも爆弾もない。そもそも規模も小さい。


 それでも――


 あの場に作用している力が――そこを満たす狂気が――戦場にあるものと同じである以上、そこにあるものは戦争らしい武器の有無だけである。武器がないからこそ子供の遊びを出ないだけだ。


 いまの彼女たちに武器を渡したのなら――間違いなく戦乱に満たされた地と同じ地獄を創り出してくれるだろう。平和な国に暮らす少女たちが地獄を創り出す――俺としてはその光景を見たいところであるが――あいにくと武器の手配はできそうにない。


 いや――やろうと思えばできるかもしれないが、それには時間が足りなすぎる。武器を供給したところで、供給した頃にはこの小さな戦争は終わっているだろう。


 それなら、俺にできることを変わらずにやっていこうではないか。


 こんな混乱が起こってしまった以上――きっと俺に願う者がまた増えてくれるはずだ。


 俺に願った結果、このような事態が起こったことも知らずに、縋るようにして、俺に願いを叶えてくれと言ってくるに違いない。


 しっかり準備は整えておかなくては。


 願いを叶えているときに、自制心を失った者たちの暴力にさらされてはたまったものではない。


 とはいっても、暴力から逃れるのは難しいことではないはずだ。なにしろこの学園は広い。いくらでも隠れてこそこそできる場所がある。それを有効活用してやろうではないか。


 学園内の様子を眺めていると、メッセージが届く。早速、この混乱によって願いを叶えてもらいたくなった奴だろうかと思ったら――


『どうやら、うまくやったようだな』


 というメッセージ。これは願いを叶えてもらいたい生徒からのものではない。これは――


 俺を価値のないものばかりの世界に解き放った張本人だ。


 こいつには恨みも感謝もある。俺が俺として産まれたのはこいつのおかげであるともに、俺が価値のないものに埋め尽くされてしまいそうになったからだ。いまとなっては、その恨みはどうでもいいのだが。


 俺はあいつに『なんの用だ』とメッセージを返答する。すると、一分ほどでメッセージが返ってきた。


『お前が好き放題やってくれたおかげでこちらも調整がなんとか終わりそうでね。その報告をしにきたのだ。お互い、利用し合う仲なのだから。それくらい当然だろう?』


 相変わらず鼻につく文章を書いてきやがる。奴がどんな人間なのかまったくわからないが、鼻つく文章を書いているのだし、鼻につく嫌な奴であることは間違いない。


『お前のやることなんて知ったことか。俺の邪魔をしないのならそれで構わん』


 あいつがなにをしようと俺には関係ない。俺が目指すのはさらなる高みだけ。その邪魔をしないのなら、他の誰がここでなにをしようと俺の知ったことではない。


『そうか。それならいいが――一つ忠告しておこう。里見夏穂が本格的に動き出すぞ』

『……ふん』


 それがなんだというのだろう。

 人から外れただけの娘が、俺になにをできるというのだ。外れているとはいえ、所詮は高校生の小娘である。俺をなんとかできるはずもない。


『お前も知っているとは思うが、彼女は怪異に対する絶対的な捕食者だ。あれに捕捉されたらお前も無事ではあるまい』

『ああ。そうだろうな。狙われたら俺であってもひとたまりもないのは間違いない。

 

『だが――あの娘は人から外れているが、人の皮を被っているがゆえに人としての認識によってその力を制限されている。であるならば、俺をどうにかできるはずがない。この俺は、この学園内のどこにでもいて、どこにもいない存在なのだから』

『随分と自信があるようだ。お互い不可侵を前提としている以上、私がこれ以上口出しをするのは野暮だな』


 なにか含みを持たせたあいつのメッセージが送られてくる。それが癇に障った。あいつは以前よりあの娘を狙っていたらしいが――俺が知らない情報を知っているのだろうか。


『彼女の目を盗んでなにかするつもりなら気をつけるといい。彼女の中に潜むあれは、我々の想像を超えている。人の文明と同じように』


 その後、あいつからのメッセージは送られてくることはなかった。

 それにしても――あいつはどうしてこんなメッセージを送ってきたのだろうか? 俺の上に立ったつもりか?


 それとも――


 ……まあいい。

 あいつの意図がどのようなものであったとしても、いまの俺にとって里見夏穂という人ならざる小娘が邪魔なのは確かだ。


 いますぐに排除に取りかかってもいいだろうが――その前に、あの小娘についてもう少しリサーチする必要がある。


 調べればすぐに有益な情報が出てくるはずだ。

 排除は――それからでも構わない。

 それができれば――俺の価値がまた一つ上昇すると思うと、さらに昂ってくる。

 いいだろう、人ならざる小娘よ。

 価値のある俺の邪魔をするのなら――相応の報いを与えてやろう。

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