第51話 略奪の悪魔5
また一つ、俺の中に価値のあるものが積み上がった。
それは、ゴミではないもの――生きているものだ。生きているものを取り込むというのはなんと素晴らしいことか。俺の価値はまさにうなぎのぼりである。まわりにあるどんなものよりも、俺には価値がある――そんな確信があった。
それにしても――
人間が学ばない愚かな生き物であることは聞き及んでいたが、まさかここまで愚かだとは思わなかった。いくら子供だからといっても、ここまで愚かだと笑うのを通り越して呆れてしまう。どのように育てられたらこんなふうに考えるようになるのだろうか?
きっと――育てた奴らもこいつらと同じくらい愚かで馬鹿なのだ。そうでなければ、こうはならないだろう。
いまのところ俺にとってそれは好都合だが、なかなか興味深く、そして度し難い。いつかその愚かさが俺のもとに災いとなって跳ね返ってくるかもしれない――それだけは覚えておく必要がある。
愚かで馬鹿だからといって、御しやすいとは限らない。なによりも価値がある俺は度し難い愚かで馬鹿であってもだ。
ゴミばかりのここで俺は燦然と輝いている。死んだものしかいない世界で唯一生きている存在――それが俺だ。素晴らしいのは当然である。
だが――まだ足りない。
もっともっと積み上げなければ。そうしないと増え続けるゴミに俺は埋もれてしまう。それだけは我慢ならない。価値のある俺がゴミに埋もれてしまうなどあってはならなうことだ。コンマの時間で増え続けるゴミに埋もれないためにも、俺はもっともっと生きたものを取り込んで積み上げる必要がある。
自分の価値が高まっていくのはたまらない愉悦だ。果たして、この世にこれ以上の愉悦があるのだろうか?
いまのところそれは見つかる気配はない。たぶん、そんなものはないのだろう。そうとしか思えない。
俺はゴミばかりのこの場所で笑い声をあげた。死んでいるものしかないここでは、俺がなにをしても反応は返ってこない。
しかし、それがなんだというのだろう? ゴミに反応を返されたところで愉悦など感じられるはずもない。ゴミから反応が返ってきて喜ぶのは同じゴミだけだ。
ゴミではない、価値のある俺はゴミからの反応など知ったことではない。俺に反応を返していいのは、俺と同等の価値あるものだけだ。価値のないゴミは大人しくしていればいい。お前らには略奪する価値すらないのだから。
価値のあるものの収拾を始めてからまだ日は浅いが――浅いなりにそれなりのものを見つけられているのは、俺にはとてつもない価値があるからだ。価値のある存在は、価値のあるものを呼び寄せる。価値が価値を呼び、ひたすらプラスになっていく。なかなか素晴らしいではないか。
手に入れた報酬を俺はうっとりと眺めた。
これは――確かに生きている。絶え間なく姿かたちを変えながらどくどくと脈動するこれが生きていなかったら、なにが生きているというのだろう? 価値のある俺には持ちえなかったものだ。
どうして――価値のある俺が持ちえなかったものをあの愚かな生物は当然のように所有しているのだろう?
――人間。
どこまでも愚かでありながら価値のある、生きたものを当然のように所有するのはどういうことだ?
なんという不条理か。神という存在がいるのなら、どこまでも性格がゆがんだ、破綻したクズであるはずだ。そうでなければ、こんないびつな生物ができあがるわけがない。
はじめはその不条理に並々ならぬ怒りを抱いていたが――いまとなってはそれほどではなかった。
俺にはそれを奪えるからだ。己にないものであるのなら、奪って自分のものにすればいい。ただそれだけの話だ。生まれながらに持っている者はその価値には気づくことはないが、もともと持たざる俺はその価値を十全に理解できる。価値に気づくことすらできないものと、価値を理解している俺――どちらが価値のある存在か言うまでもないことだ。
愚かなる人間よ。価値のあるものを俺に寄越せ。その価値に気づくことすらできないお前らが持つものではない。俺がさらなる高みを目指すために、それを利用してやろう。その代わり――
――俺がお前らの欲望を満たしてやろう。
俺の目の前にメッセージがポップアップする。なにが送られてきたのは見るまでもない。やはりそうだ。メッセージの内容は『わたしの願いを叶えてくれませんか?』という内容。またか――と呆れると同時に歓喜する。価値のあるものを俺に寄越してくれる愚かな子羊がもう一匹増えてくれた。これで俺はまた高みに一歩近づいた。
だが、俺が目指すべき場所はまだ先だ。上は果てしない高さまで続いている。俺は、まだはじめの数段をいくつか上がったばかりだということを忘れてはならない。
俺は素早く返答のメッセージを送信した。
奪う意図は微塵も見せず、誰かに尽くすことを是と考える愚か者を装ったメッセージ。今度の奴は一体なにを望むのだろう。子供であっても、欲望の大きさは大人とそれほど差はない。
いや、子供ゆえに大人よりも遥かに愚かな望みを抱くとも言える。願う奴らの望みを聞けるだけでも、俺には糧となる。その味はなかなかに香ばしい。
さて。
願いを叶えた結果が出てくるのはまだ先になるだろう。いままだは絶対数が少ないから、影響も少ない。
だが、もっともっと俺に願う奴が増えていけば――破滅的に面白い茶番が見れるはずだ。そのときを考えれば、人間が垂れ流す愚かで汚らしい欲望を見るのも悪くない。
喜劇には多少なりとも不愉快さも必要だ。演出は多面的なものでなければ魅力的にはなり得ない。欲望に駆られた演者たちがどう転んでくれるのか――それは俺にも想像の外側だ。
――一つだけ懸念がある。
この学園で『魔女』などと呼ばれている娘がかかわってきそうなことだ。あの小娘だけは要注意である。情報が不足していて、未知数ではあるが――『奴』がつけ狙うだけのことはある存在だ。なかなか興味深い。『奴』がなにをしようが俺にとって関係ないが――それなりの義理はある。
興味深いが――高みを目指す俺にとってあの娘はあまり必要のない存在だ。あれにはおよそ俺が望むものを持ち合わせていない。
下手に突いて、厄介を呼び込むべきではないだろう。上を目指すのなら、上ばかりを見て、足もとを掬われるのだけは絶対に避けなければ。慢心は大敵である。
しかし――
邪魔するのであれば――高みを目指す俺の障害になるのなら排除する必要性もある。動向だけは注意しておかなければならない。
先ほど送ったメッセージに返信が返ってきた。こちらの指定通りに会う段取りが決定した。これで俺はまた一つ価値のあるものが得られる。さらなる高みへ。もっともっと上を目指せ。上り詰めるのだ。
俺は愚かな子羊と会うに当たって、必要になる道具を確かめていく。
すべて問題ない。
貴様はなにを望む?
より価値のある願いを、俺に見せてくれるだろうか?
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