第50話 略奪の悪魔4
どうしてこう、次から次へと『なにか』が現れるのだろう?
その手のものが出てくるのは果たして自分のせいなのかこの場所のせいなのか――よくわからないけれど、まあどちらも原因なのだろう、と里見夏穂は達観するしかない。こんな身体になってしまった以上、それはもう避けられないことである。適当に諦めるしか他に手はなかった。どうせちゃんと死ぬことだってできないのだし。
今度は『悪魔』か。しかも願いを叶えてくれるという。悪魔を名乗る人間か、本物の悪魔かは不明だが――どうせろくでもないのは決まっている。お前の願いを叶えてやるなんて抜かす輩はその多くはろくでもない存在だ。
いい加減、ただより高いものはないという当たり前の現実を理解したほうがいい。
それにしても――
まさか、夏穂の前の席に座る委員長――阿黒きらからそんな話をされるとは思ってもいなかった。きらとはつい先ほどまで付き合いどころか接点もなかったわけだが、彼女が真面目な委員長であることは夏穂だって承知している。どう考えても、彼女が願いを叶えてくれるなんて、明らかすぎるほどよこしまな話を好んでいるとは思えない。
夏穂はきらのほうへと視線を向ける。
そこには、眼鏡におさげでおしゃれとはほど遠い娘がいた。不細工ではないけれど、これといって特徴のない地味な顔立ちである。
やっぱり、願いを叶えるなんて話に飛びつくようなタイプとは思えない。人を見た目で判断するなというけれど、付き合いがなかったのならわかるのは見た目だけなのだから、見た目で判断するなというのかおかしくないか、なんてことを思ったりもした。
夏穂の視線に気づいたきらは「あの、その、えっと……」と困った表情を浮かべている。どうして彼女はそんな顔をしているのだろう、と夏穂にはよくわからなかった。
「あの、もしかして里見さん、わたしのこと嫌い?」
こちらの様子を探るかのようにして、きらは恐る恐るそんな風に訊いてきた。
「いや別に。というかいままで話したこともないのに好きも嫌いもないと思うんだけど」
普通の人間は接点のない相手であっても嫌ったりするようだが、不幸にも夏穂はそんなことをしている余裕などない。誰かを嫌うというのは思っている以上に力を使う。よく知らない相手のことを嫌うなど無駄もいいところである。夏穂はとっくの昔にそんな無駄はできなくなってしまった。だから、委員長のことは嫌いでもなんでもない。世界にたくさんいる顔も知らないその他の人たちと同じである。
夏穂の言葉を聞いたきらは「あう、そうだよね……」と情けない声を出していた。やっぱり、彼女がどうしてそんな声を出しているのか夏穂にはわからなかった。責めるつもりなんてまったくなかったのに。どうして人間というのは複雑なのだろう。もっと単純にしたほうが生きやすいのではないか、とか思った。
「でもどうしてそんな話を? 委員長はそういう話、好きじゃなさそうな感じがするけれど」
「え、うん。そうだけど――どうしてわかるの?」
きらは少しだけ首を傾げた。おさげの髪が小さく揺れる。
「いや、ただそんな感じがするってだけ」
夏穂がそう言うと、何故かきらは恥ずかしそうにはにかんだ笑顔を見せて、「わたしのことなんて全然覚えててくれないなんて思ってたけど、違うんだね」と嬉しそうな声を出した。
「ま、話す相手がいなかったから、適当に誰かのことを眺めているのが趣味みたいなものから。まあ、それは置いといて。好きじゃないのならどうしてそんな話をしたの?」
「なんとかしたいと思って」
「なんとかしたい?」
「だってさ、願いを叶えてくれるなんてどう考えたって騙す気まんまんじゃん。それになんか嫌な予感がするのよ」
「ふうん」
確かに、願いを叶えてやるなんて言う奴が騙す気まんまんだというのには頷ける。見返りを求めていないのを装っているのならさらにその確率は高まるだろう。
「あと、それに私その――霊感みたいなのがあって、ここでもよく『変なもの』を見かけてるから、どうしてもうわさの『悪魔』がいいものとは思えなくて」
「ふむふむ」
夏穂はそう言ってきらに視線を向けてみる。
……どうやら、霊感があるというのは嘘ではなさそうだ。
というか、夏穂相手にそんな嘘をつく必要性がない。
「霊感を持つ委員長として、風紀を乱すその『悪魔』とやらをなんとかしたいってわけね」
「うん」
「で、そいつをなんとかするために私に協力をしてもらいたいと、そういうことね」
「うん――って、どうしてわかるのー?」
「なんとなく――ていうか委員長、わかりやすいよね」
普段、夏穂と付き合いがあるのは表情変化に乏しい無口と、表情変化が激しすぎて真実がつかめない両極端の娘である。その二人に比べるときらはとてもわかりやすい。なんとも微笑ましい限りだ。
「せっかくだし、その話を詳しく聞かせてよ」
それが与太でなかったら、近いうちに京子からなんとかしろと言われるだろう。そうなる前に潰してしまったほうがいい。
それに――
命が転校してきてから、怪異の類が頻繁に現れているのも気になる。命が転校してきてから現れた怪異は夏穂がかかわったものだけでも三件。この学園が怪異が発生しやすい場所だからといって、二ヶ月足らずでこのペースは少し異常だ。しかも、オーエンが言うにはそれらは全部なにかしら手を入れられていたみたいだし。
場当たり的に問題解決するばかりではいけないかもしれない――そんなふうに思う。
夏穂の膝に上でいつも通り座っている命に視線を向ける。この娘の健全に復帰させることを考えれば、このまま場当たり的な対処を続けるのはいただけない。
なにか――根本的な対処が必要かな?
そこで、夏穂の手を握る力がわずかに強まったのが感じられた。命が表情の乏しい顔で「どうしたの?」と夏穂の顔を見上げている。相変わらず、二次元みたいに可愛らしい。夏穂は「大丈夫」とだけ言って頭を撫でてあげた。撫でると命は猫みたいに喜んだ。
「……どうかした委員長?」
「いや、なんかエロいなあって思って」
きらは少しだけ顔を赤らめてそう言った。
「エロいことなんてなんもしてないと思うけど――どうして?」
「二人ともなんか妙に色気があるというか――って、変なこと言わせないでよ!」
きらはぷりぷりとした声を上げる。それを聞いて、夏穂は「やっぱり人間ってよくわかんねえなあ」と思った。
「それよりも! 『悪魔』の話でしょ? 自分から言っておいてあれなんだけど、わたしも噂を耳にしただけだからそれほど詳しい話はよくわかっていないんだけど――」
きらの話をまとめるとこんな感じだ。
あることをすると、自分の前に願いを叶えてくれる悪魔と出会える。そいつに、自分の願いを告げると叶えてくれるとか。特になにか要求されるわけではない。無償で願いを叶えてくれる……という話だが――
「二つほど疑問があるんだけど――いい?」
「うん」
「本当に願いが叶うの? とても信じられないんだけど」
「わたしも信じられないんだけど――トークアプリのグループで流れてきた話を見ると、なんだか信憑性があるのよね。叶ったって言ってる娘の数も多いし。その中にはわたしの友達もいて――この前、顔を合わせたらなんか嬉しそうにしてたから、本当なんじゃないかって」
「…………」
付き合いのある友人が顔合わせたときにそんな様子をしていたのなら、信じてしまいたくなる気持ちも理解できる。
「それと、あることってなに?」
「それはよくわかんない。その娘も教えてくれなくって。もしかしたら、教えちゃいけないとか決まりがあるのかも」
「教えちゃいけない、ねえ」
この手の話ではありがちではある。
だが、それを教えたほうが人を集められるのでは? と思えてならない。
でもまあ、なんというか。
無償で願いを叶えるのなんて、その裏に悪意があって当たり前だ。悪意がないのなら、おとぎ話に出てくる妖精かなにかである。実際どんなものであったとしても、人らしい倫理観を持ち合わせていない。現代の女子高生がかかわっていい相手ではなかろう。
「ま、それが与太なのかどうかは、調べていけばわかるでしょう。委員長のなんとかしたいって話に付き合うわ。どうせ他にやることもないし」
「ほ、本当?」
「そりゃあまあ。嘘ついても仕方ないし。それに無償で願いを叶えてくれるなんて話、この娘に悪影響だもの」
「なんというか里見さん、結構過保護だよね」
「この娘、つい最近、ひどい目に遭ったばっかりだから。ケアが必要なのよ」
命がどんな目に遭ったのかきらに言う必要はないだろう。
だって、あれはなに不自由なく暮らしてこれた人間に聞かせていい話ではないから。
こちらの意図を察したのかどうかは不明だが、きらは「そうなんだ」と言って、少しだけ悲しそうな顔をした。
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