#1
第2話 透明人間と暴食1
人の肉を食べてみたい――そう思った。
理由は特にない。
ただ、どんなものか気になった――ただそれだけだ。
そんなことを思った私は、きっと『食べること』に執着しているのだろう。
大食いではないはずだけれど。
私のどこか――奥深くにある『なにか』がそうさせているのだろう。
そうでなければ『人の肉を食べてみたい』という禁忌を犯したいと思うはずがない。
そんな禁忌を抱く自分を不快には思わなかった。
誰だって、そのような禁じられた欲望の一つや二つ持っている。
それが当たり前だ。
私のような子供でも、大人であっても。
それは変わらない。
しかし、どうしよう。
人間の肉を食べるのなら、人間を殺さないといけない。
殺人について少しだけ調べてみた。
殺しについての本は簡単に見つかった。おどろおどろしい赤と黒の表紙の本。こんなに簡単に見つかるとは思わなかったので少し拍子抜けをした。図書館で、私のような子供が読むべきではない本を、職員の目を気にしながら斜め読みをした。
それによると、人間を殺すのはすごく大変らしい。
刺すのも斬るのも絞めるのにも力がいる。しっかりやらないと、ちゃんと殺せない。殺せなかったら、食べるのだってできない。
普段、牛や豚だって殺してから食べているのだから、人間だって同じだろう。それに、私はあまり運動が得意じゃない。凶器を持って襲いかかっても、大抵は返り討ちにされてしまう。
毒を使うのはどうか――と思ったが、子供の身で人を殺せる毒を手に入れるのは難しい。理科室にあるだろうか。あるのなら試してみたい。
でも――
殺すのはその気になれば私でもなんとかできそうだ。
人間という生き物は、しぶといわりに簡単に死ぬようだから。
やり方さえ吟味すれば、子供でもできるだろう。
本当に大変なのは殺した人間の始末だ。
読み進めてみると、確かにそれは悩ましいなと実感する。
巧妙に殺しても、多くの場合、殺したあとの始末がちゃんとできなくて事件が発覚するようだ。
自分より小さい子供を狙っても、軽くニ十キロはある。赤ん坊ですら四キロとか五キロだ。そんな量の肉、とてもじゃないけれど食べきれない。当然、家の冷蔵庫に入れておくわけにはいかない。これでも私は、家族からも先生からも同級生からも、真面目な子として認知されているのだ。この欲望を誰かに知られてしまうのはとてもまずい。私もいまの環境を壊したいと思っているわけじゃない。それを壊してまで、欲望に忠実でありたくはなかった。それはきっと正しくない、そのように思う。
さて、どうしよう。
なにかいい方法はないだろうか?
それについて考えながら図書館を出た。
殺人の本は借りてこなかった。借りようとしても、あんな不健全極まりない本を、職員は私に貸し出してくれないと思ったからだ。
読みたくなったら、またここにくればいい。
あのような本を借りる奴なんてそういないだろうし。
内容が内容だから、そのうち処分される可能性はあるけれど――それは明日明後日には起こるまい。まだ猶予はあるはずだ。それまでに何度も読み返して、しっかり内容を覚えておこう。うん。それでいい。
早く帰ろう。そろそろ帰らないと怒られる。これでも私は真面目な受験生なのだ。
傾きかけた夕陽に照らされた道を歩いていると、ふとそこであることに気づく。
食べられない分を処理するのは大変だが、食べられるように処理するのも同じくらい大変ではないか、と。
いくらなんでも、生でそのまま食べるわけにかいかない。下手をすれば病気になって死んでしまう。ただの興味本位が原因で死んではなにも意味がない。どうせ食べるのなら、美味しく食べるほうがいいに決まってる。
それに、練習もやったほうがいいだろう。いきなり本番なんてするものじゃない。なんだってそうだ。練習でできなかったことが、本番のときできるわけがない。
人を殺す練習。
殺した人間を美味しく食べやすいように処理する練習。
食べきれなかった人間を始末する練習。
必要なのはこの三つだ。
どれも難しい。
後ろ二つは特に難しい。
さて、どうしたものか。
練習のために人間を殺すわけにはいかない。
そんな事件が起これば、警察が出てくるのは目に見えている。私が姑息な手段をこねくり回したところで、警察はいともたやすくそれを看破するに違いない。
それなりに優秀だという自負はあるけれど、所詮は子供だ。自分が警察を上回れるなどと思うべきじゃない。
ああ。そうか――と、そこで私はある考えに思い至った。
なら、警察が本気にならないものを狙えばいいじゃないか。
うん。そうしよう。
人間とは勝手が違うだろうけど――なにもしないよりはましだ。人間でなくたって、人間を処理したときに応用できることはいくぶんかあるはずだ。勉強とそれほど変わらない。
なにをしようか。
そういえば。
以前読んだ本にこんなことが書かれていた。
犬は防犯にはならない。
警察犬などのように高度な訓練を受けていないのなら、餌を与えれば誰にだって簡単に懐くのが犬らしい。
これはなかなか面白そうだ。
試してみよう。
餌を与えて簡単に懐いてくれるのなら、殺すのだってそれほど難しくないはずだ。
こちらを警戒しなくなったとき、餌に毒でも混ぜて、それを食わせればいい。
そうだ――
近くには、農薬を杜撰に管理している年寄り農家が住んでいる。そこで農薬をいくつか拝借してくればいいだろう。学校の理科室に忍び込むより簡単だ。
餌づけするのは――隣に住んでいる成金が飼っている、ろくにしつけもされていないバカ犬でいいだろう。毎日朝になるとバカらしく吠えてうるさいし。近所の人たちも迷惑しているようだからちょうどいい。
できる、という確信を持った私は静かに笑い声をあげていた。
バカ犬を懐かせるための餌はなにがいいだろう。
考えるべきはそこからだ。
なにしろ、あまり高価なものは買えないし、買いたくもない。
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