身代わり出頭

 帝国印刷のテスト印刷フィルムが処分委託されていたニシキ・パワーエナジー福島処分場の蓼科所長は、不法投棄には関与していないと電話口では言下に否定しながらもあわてた様子で環境事務所に駆け付けてきた。産廃業者の番頭格にありがちな海千山千の風貌はなく実直なサラリーマンという外見だった。

 「東洋シーグラムの社名の入ったパッケージフィルムは帝国印刷から廃棄されたものだと判明しました。御社が焼却を受託されたようですね。不法投棄現場に流出した理由はわかりましたか?」喜多が理路整然と説明した。

 「当社が契約している業者がそんなことをするとは思えないんです」蓼科は真顔で首をかしげた。嘘を言っているようには見えなかった。ただただ今回の問題に焦っていることが顔に出ていた。

 「収集運搬はどちらとご契約ですか」

 「般若商会という会社です」

 「どんな会社ですか」

 「栃木や福島では名の知られた大手の収集運搬業者なんです」

 「そこに委託した産廃が犬咬に来てしまったということですね」

 「はっきりしたことはまだわかりません」

 「それを調べていただいた後で現場は撤去してもらうことになります」

 「福島県庁には通報されるんでしょうか」

 「それは撤去が終わってから考えます」

 「わかりました」

 蓼科は肩を落として帰っていった。

 翌日、蓼科は里中という中年の男を連れて再び出頭してきた。収集運搬の許可がない里中に従業員のよしみでダンプ一台分の処分を頼んだといういかにもとってつけた釈明をするためだった。

 「犬咬にはよく来るんですか」今回は伊刈も指導に同席していた。

 「いやそんなには」里中の答えははっきりしなかった。直感的に身代わりだと伊刈は思った。

 「里中さん本業はなんですか?」

 「土建屋です」

 「土木と産廃じゃダンプの形が違うでしょう。どんなダンプを持ってるんですか」伊刈の突込みが始まった。

 「砂利のダンプです」

 「それじゃ産廃はいくらも積めないでしょう」平ダンプでは産廃用の深ダンプの五分の一しか積めない。そんなダンプでわざわざ福島から犬咬まで来ることはありえなかった。

 「仕事がないんで産廃もやってみるかなと思って」

 「それで犬咬にはどうして」

 「たまたま犬咬を通りかかったら棄て場があったので」福島の土建屋がたまたま犬咬を通りかったという説明は信用しかねた。しかし、伊刈はその点はあえて追求しなかった。

 「捨て場の料金はいくらでした」

 「一万円です」過去に不法投棄現場に出入りしたことがあったのか価格だけはきっぱり答えた。しかし平ダンプ(六リューベ)で一万円は高い。不法投棄現場での深ダンプ(三十リューベ)の相場は二万五千円だから五分の一しか積めない平ダンプなら五千円が相場だ。

 「ニシキさんからはいくらもらったんですか」

 「それは」里中は言いにくそうに蓼科を見た。おそらくニシキ・パワーエナジーの仕事など受けていなかったのだろう。

 「まだ払っていないんです」蓼科が代わりに答えた。

 「どういうことですか」

 「書類を作ってから払おうと思っていたんです。こんな不祥事になるとは思わないものですから」

 「書類というのはマニフェストのことですか。里中さんは許可がないのに作成できないでしょう」

 「許可があると思っていたものですから」

 「なるほど」

 「申し訳ありません」里中が駄目押しみたいに頭を下げた。誰が里中をダミーに仕立てたのかわからないが、この下手なシナリオを蓼科が書いたとも思われなかった。

 「工場に伺ってもよろしいでしょうか」伊刈は里中をそれ以上問いつめずに蓼科に向き直った。里中は伊刈の質問から解放されてほっとした顔をした。

 「工場とはうちの処分場のことですか?」蓼科は耳を疑うように伊刈を見た。

 「本日お伺いしたことを書類で点検させていただきます。立入検査を実施しますので日程調整をお願いできますか」

 「それは私の一存ではお答えしかねます」

 「これからすぐに伺ってもいいのですよ。でもご準備もあるでしょうから一週間以内の日付でご回答ください」伊刈は問答無用で言明した。

 「わかりました。さっそく持ち帰りまして社長と相談いたします」

 「今回の検査は当事務所の単独で伺います。ただ問題があれば福島県庁に通報しないとは約束できません」

 「わかりました」蓼科は顔色を変えながら里中を連れ帰った。

 「班長いいんですか。福島県庁に連絡しないなんて約束しちゃって」喜多が心配そうに尋ねた。

 「まだ不法投棄に関与したかどうかわからないんだから通報のしようがないだろう。調査結果が出てから報告すればいいよ。福島県庁に通報されるのが嫌みたいだから切り札にとっておこう。ほしいのは首じゃない。撤去だよ」地元の県庁に通報すればいつでも首を取れるということが現場を撤去させるための切り札になるということを伊刈ははっきりと自覚していた。

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